第十八話 導くということ——サンチェス・ディエゴ
「サンチェス・ディエゴ。出ろ」
独房の鉄製の扉が鈍い音をたてながら開き、ゲロマン説得官が命令する。
いよいよ殺されるのかもしれないと思った。王撰兵になることを拒否した時から覚悟はしていたが、とっくに私の心は折れかけていた。
稀人であることを隠していた頃、私は第三都市の学校の教師だった。街は整備され、公園くらいしか土の地面が無かったから、隠すのに苦労はしなかった。遠足でハイキングをしていたとき、不慮の事故で崖から落ちそうになった生徒を助け、稀人だとバレてしまった。
痛む身体を起こして見ると、ゲロマンのうしろに、メガネをかけた可愛げな少年と、少年とさほど身長が変わらない軍服姿の男が立っていた。
「今回こそは殺されるかもな」
独房を出ると、後ろ手に手かせを嵌められたイ・ソヨンが笑って言った。この男は私とおなじ、王撰兵になることを拒否した男だった。
王撰兵を拒否した者は監獄街の北区にある監獄に送られ、承認か死かを迫られる。
手錠をかけられ、先導されるままに歩くと、
「ねえ、私も仲間に加えてよ、獄長」
と、三番独房の口枷を嵌められた女がモゴモゴと聞き取りにくい声で言った。
「ミミヤ・ミチル。お前はだめだ」
軍服姿の男が言う。獄長? この小柄な男が監獄街を支配する獄長なのか?
「この人は、王撰兵を拒否した人じゃないんですか?」
と、少年が訊いた。
「彼女は元中級調弦官です。自らの能力を使って監獄街の一般市民を殺害し続けた罪でここにいる」
「へえ。じゃあ、このひともスカウトしたいと思います」
「調弦官が王撰兵になった前例がありません。それに、この女は危険すぎます」
獄長と呼ばれた男がためらうと、
「ひどいなあ、ガル。私はあんたの味方だよ」
と、女は白々しく言った。
女の名は、ミミヤ・ミチル。元中級調弦官で、罪を犯して独房に送られて来た女だ。
「ねえ、なんであんたはここにいるの?」
ミミヤ・ミチルが隣の独房に送られて来た日、無邪気な声で聞かれた。
「私は王撰兵などという、王のために罪を犯す人間にはなりたくない」
「でも、あんたは強い能力を持っているんでしょう?」
「私の能力は善きことのためにある」
「いいか悪いかはどうでもいい。使いたいとは思わないの?」
「使わずにすむのなら、使いたくはない」
「嘘つきね」
私の偽らず本音を、ミチルは鼻で笑った。
嘘ではなかった。私は本当に能力を使う気がない。
私の両親は農業に従事する第三都市に暮らす善良な市民だった。農家の父は実直なひとで、同じく実直な性格の母と結婚した。両親からは、慎ましく穏やかに生きるのが人間の本分だと教わってきた。
波風を立てずに生きる。それがサンチェス家の家訓だった。
「さて、僕と勝負をしましょう」
私たちが連れられてきたのは監獄の中庭だった。ミチルの口枷、ソヨンの手枷、そして私の足を覆う鉄の足枷が解かれた。
「僕は王撰兵のヒビ・タール。能力は『炎』、すべてを焼き尽くす炎を操れます。僕を殺すことができたら自由の身になります。できなかったひとは王撰兵になってもらいます」
「タール様、それはあまりに危険な——」
「——僕のすべての行動は超級五将のナナン・モッドの許可のもとにあります」
言われ、獄長が黙る。タールという少年は獄長よりも上の階級なのだろうか?
「私はパスしまーす」
手を挙げたミチルがのんきな声で言う。
「なぜですか?」
純粋に疑問だったのだろうタールが訊く。
「私が王から頂いた能力は『毒牙』、噛みつかないと殺せない」
言って、ミチルは両手で口を開いて牙を見せた。
「近づく前に焼き殺されて終わりでしょう? やる意味がない」
「じゃあ、王撰兵になるってことですか?」
「もちろん。調弦官が王撰兵になれるのならだけど」
「大丈夫です。僕が許可します」
「やった!」
喜びながらタールの横に立ったミチルが、
「王撰兵のミミヤ・ミチルです。よろしく」
と、私たちをバカにするように言った。
「俺は王撰兵にはなりたくない」
隣に立つソヨンが言って、地面に転がる小石を拾い出した。
「じゃあ、始めましょう」
タールが炎で包まれた。この距離でも火傷しそうなほどの温度だ。
ソヨンが投げた小石がタールに触れて爆発し、炎に包まれたタールが吹き飛ばされた。
「よっしゃ、俺の勝ちだ。いますぐ自由にしろ!」
嬉しそうに言ってガッツポーズをするソヨンの能力は「爆弾」、手のひら大までの無機物を爆弾に変える能力だった。あまりに危険な能力だ。タールも無事にはすまないだろう。
「吹き飛んだだけです。その程度の火力は僕に効かない」
何事も起きなかったかのように起き上がったタールが言う。
「くっ!」
ソヨンが爆弾にしたいくつもの小石を投げつけたが、タールが出した炎の壁の前ですべて爆発した。
「あなたは僕の下位互換です。王撰兵にならないなら処分します」
とても恐ろしい言葉を、タールは感情のこもらない声で言った。
「しょうがねえな。王撰兵になってやる。だが約束しろ」
「なにを?」
「誰も俺に命令するなってことだ。俺は誰にも命令されたくない」
「……大丈夫です。王撰兵になってから、僕はずっと自由にやってきました。ほんとにいい仕事ですよ、王撰兵は。能力を使い放題なんですから」
この少年は、心が壊れている。
大人が正しく導いてやらないといけない。
「あなたの番です」
タールが無邪気な笑みを浮かべる。
「王撰兵になってもいい。だがひとつ条件がある」
「へえ、なんです?」
「私が勝てば、きみは私の言うことを聞きなさい」
「……いいですよ。勝てるなら」
余裕を見せるタールの足元の土をうねらせ、一瞬にしてドーム状にして包み込んだ。
「なんだ、これは?」
ドーム越しにタールの焦る声が聞こえる。
ミチルとソヨンが感嘆し、獄長は我関さずという態度だった。
「私の能力は『土』、素足で触れた視界が通る範囲の土を操ることができる」
「こんなの、燃やしたら終わりだ!」
「知らないのか、少年。土は燃えない。試してみてもいいが、自身を焼くことになるだろう」
「……」
「覚えておけ、能力は強さじゃない。相性だ」
タールの沈黙が、私の勝利を証明していた。




