第十七話 恵まれるということ——ラッキー
たまたま生まれついたのか能力なのかは分からないが、僕はすべてに恵まれていた。性格と頭と顔と運がいいから、出会うすべてのひとに好かれた。
好かれるのが当たり前だったから、僕のことを嫌う人間に出会ったときは衝撃だった。
「なんで僕のことが嫌いなの?」
「分からない」
僕をはじめて拒絶したひとは、無能力の女の子だった。名前はヌフガ・ミヤビ。第五都市を治める上級調弦官のヌフガ・バレレの娘だった。平民の僕とは住む世界がちがう。
第五都市はバレレ様の意向で、平民と貴族が同じ学校に通うことになっていた。
学校のすべてのひとは僕のことが好きだった。
「私はあなたのことが嫌い。理由は私にも分からない」
ミヤビに否定されるたびに僕はミヤビを好きになっていった。僕は、僕のことを好きにならないひとが好きなんだろう。
はじめて女子と付き合ったのは八年生のとき。相手は学校でも人気の女子だった。名前は思い出せない。思い出す気もない。
「ほんとは誰が好きだったの?」
「ヌフガ・ミヤビ」
別れ話の終わりに訊かれて、僕は正直に答えた。
「あの子は、あんただけは絶対に好きにならない」
「だろうね」
「あんたが他人を愛せるひととも思えない」
「だろうね」
大きなため息を吐いて、学校でも人気の女子は僕の世界からいなくなった。
それから僕はミヤビのことが好きなまま、僕を好きになってくれた女の子たちと付き合って別れて、を繰り返した。
何人目か分からない彼女と別れた日、ミヤビに呼び出された。
「どれだけのひとを傷つければ気が済むの?」
言われている意味が分からなかった。好きだと言われたから付き合って、あなたが分からないと言われて分かれて来ただけだ。僕のほうが被害者じゃないか?
「心からひとを好きになったことはないの?」
「あるよ。僕はずっとミヤビのことが好きだ」
ミヤビは明らかに嫌悪の表情を浮かべた。
かわいいな、と思った。
「私は無能力者だけど、稀人が直感でわかる。みんな泣きそうな顔をしているから。稀人は怪物じゃない。能力を持ってしまったことに苦しんでいる普通のひとたち」
急になにを言い出すんだと思った。
「あなたは私と同じ無能力者。だけど私にはあなたが怪物に見える。いまはっきりと分かった。私はあなたが嫌いなんじゃない。ただ、怖い」
「……ってことは、絶対に僕のことを好きにならない?」
「なるわけない」
涙をこぼしながらミヤビが言った。
残念だなと思った。
僕のことを好きにならないひとはいらない。だから、ミヤビの首を絞めた。
殺人罪は漏れなく死刑だったが、王に提示されたある条件をのんで僕は監獄街に送られた。罪が軽くても重くても犯罪者は監獄街で生きることを許される。許されるというよりは、生きたまま地獄に落とされるというほうが正しいのかもしれない。罪を犯した人間と、生まれただけで罪になる稀人の地獄だ。
護送トラックで監獄街に送られているとき、気まぐれで隣の少年に話しかけた。
「君はなんで監獄街に行くの? 稀人?」
「稀人じゃない。盗みで捕まった」
「それだけで?」
「それだけで」
可哀そうだなと思った。顔も悪いし運も悪い可哀そうなヤツ。
「きみ、名前は?」
「名前はない。呼び名はキッド。あんたは?」
訊かれて、少し悩んだ。本当の名前はいらない。
「そうだな。僕の名はラッキー」
「監獄街に送られるヤツの名前じゃないな」
言って、キッドが笑った。
確かにそうだと思った、僕が幸せになれる場所——天国があればいいんだ。
「監獄街が逃げだせない地獄なら、せめて天国に変えたい」
監獄街が地獄なら、天国に変えればいい。どうせ、監獄街の人たちも僕のことを好きになる。ぜんぶ使って天国にすれば、僕は幸せだ。
「ラッキー、ディバロの奴らが攻め込んできた」
ゴリスケが慌てた様子で寝室に転がり込んできた。
「人数は?」
裸のままベッドから出て、窓辺に向かいながら訊く。
「およそ五十人。やつら、人間とは思えない怪力になってやがる」
「ラッキー、どうするの?」
古傷だらけの裸体をシーツで隠したヒマリが不安そうに言った。
幸福商会の最高戦力のテルは、リリーと共に東区にいる。
ゴリスケの能力は「硬化」、息を止めているあいだだけ身体を硬化できる能力。ヒマリの能力は「転写」、対象者の負傷を自らの身体に引き受ける能力。どっちも僕のためにそばに置いてある安全装置だから戦闘では役に立たない。絶体絶命というやつだ。
「うおおおおおおお!」
ディバロの連中の怒声が重なり合って、雷よりもうるさかった。
僕が築き上げて来た、南区の平和が脅かされている。だけどなにもできない。
ただ、ひとつだけ確信していることがあった。
僕は強運だから、どうにかなるだろう。
楽観じゃなく、確信だった。
「ぐぎゃぎゃっ!」
汚い声が聞こえて二階の窓から広場を見下ろすと、見知らぬ男がディバロの連中をなぎ倒していくのが見えた。奇妙なことに、男は小柄な女をおんぶしながら戦っていた。
ほらね。
わけが分からない光景だったけど、ほらね、と思った。
ディバロの連中はゴリスケの言うとおり、人とは思えない動きをしていた。だが、戦っている男はもっと怪物じみていた。吹き飛ばされていくディバロの連中が可哀そうだなと思った。ほとんど意味のない能力を持つ老婆に従う無能力のバカたち。
十分も経たないうちに、ディバロの五十人は地面に転がって呻いていた。ひとりも殺さなかったのかと、すこしだけ残念な気分になった。
「君、すごいね」
裸のまま二階から声をかけると、
「俺は幸福商会のラッキーを捜している」
と、言われた。
ほらね。




