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稀人ラ・ラ・ラ  作者: ノコギリマン
第一部 監獄街編
16/22

第十六話 後継者——ママ・マリア


 体育館の壇上。黒板の前に立つハイジマ・テンが、


「これから、監獄街の現状を教える」


 と言って、キャスター式のホワイトボードを叩いた。


 テンの横に立つ、キッドと名乗る男は自らを「黒いネズミ」だと言った。テンが連れて来た男だ。どこまで信用すればいいかは分からないが、本物ならばディバロの士気は上がる。


 席に座る私の子どもたちが不満そうに声を上げる。まともな教育を受けてこなかった子たちだ。長いあいだ席に座っていることすら難しい。体育館に集めるだけでも苦労した。二百人の子どもたちは、舞台上のテンのことをまるで信用していない。


「いいから聴け!」


 右腕のゲアの怒声で、場が静まり返る。ゲアにはずっと苦労をかけてきた。


「今現在、監獄街は大きなうねりの中にある」


 テンがホワイトボードの右上に「ディバロ」と書いた。


「ディバロ」


 文字の読めない連中のためだろう、テンが書いた文字を口にする。


 つぎにテンは左上に「王政府軍」と書いて口にして、右下に「幸福商会」と書いて口にして、左下に「黒いネズミ」と書いて口にした。


「これが監獄街の四つの勢力だ」

「殺人鬼が入ってないじゃねえか!」


 ラズが勝ち誇って取り巻きと一緒にブーイングをした。


「殺人鬼がすべての勢力のキーマンだ」


 テンがホワイトボードの中心に、「殺人鬼」と書いた。


「コロシアム事件は知っているだろう? あの場に殺人鬼がいた。ピアスマンもドロウイングも、だ。調弦官も一般兵もすべて殺られた。軍は事件の生き残りをまだ見つけていない」


 場が静まりかえる。子どもたちは怯えていた。


「俺は能力を使って、黒いネズミに接触した」


 テンの動きは、テン自身から聞いていた。西区の二人組が黒いネズミ。


「ここにいるキッドは黒いネズミの片割れだ。無能力者だが優秀な男」


 ディバロの子どもたちは無能力者しか信じていない。私だけが例外だった。だから、優秀な無能力者のキッドは受け入れられやすい。テンの計算だろう。


 次にテンは「王政府軍」をマジックでトントンと軽く叩いた。


「王政府軍。黒いネズミが中級調弦官のコイケ・アマダレを倒したのがすべての始まりだ。意識不明のアマダレの能力は『追跡』、触れた者の居場所を特定できる能力。こいつが目覚めたら、軍は黒いネズミにたどり着いてしまう」

「意識不明だったら、意味がないじゃねえか」


 珍しくラズが芯を喰った質問をする。


「ここで出てくるのが、王撰兵だ」


 言って、テンは「王政府軍」の下に「王撰兵」と書き加えた。


「王撰兵は二名。ひとりの能力は『炎』、すべてを焼き尽くす能力だ」


 子どもたちにも分かりやすい、破壊の象徴のような能力だ。


「もうひとりの王撰兵の能力は『治癒』、なんでも治す能力」


 子どもたちがざわつき始める。


 無能力者にとって、どちらも想像以上の能力だった。


「昨日、王撰兵が監獄街に到着した」

「『追跡』の能力者は治されたのか?」


 ラズが訊く。いつのまにか優秀な生徒役になっている。


「治された。明日には『追跡』をはじめるだろうな」

「でも追跡されるのは、黒いネズミですよね」


 右腕のゲアが訊く。さすがに頭のいい子だ。


「さっきも言ったが、黒いネズミは二人組だ。キッドじゃないほうが触られた」


 追跡される方は、おとりになるということか。


「王政府軍、ディバロ、幸福商会、王撰兵、黒いネズミ。この五つの勢力が追っているのが『殺人鬼』だ」


 言って、テンはホワイトボードに書かれた「殺人鬼」に何重もの丸を描いた。


「殺人鬼の居場所なんて、さっぱり分からないじゃないか」


 ラズの疑問を、テンは予測済みだと言いたげに笑った。


「コロシアム事件で生き残った下級調弦官がいた。そいつが昨日、情報を売りに来た。買うふりをして攫い、拷問して情報を吐かせた。軍がまだ手に入れていない情報だ」


 下級調弦官に吐かせた情報は、ピアスマンとドロウイングは同一人物だったこと。その人物はマルという女だったこと。マルは一緒にコロシアムに連れられてきたミケという女と共に夜空に消えたこと。その場に居合わせた生き残りのふたりは幸福商会だったこと。そのふたりがマルの居場所が東区の可能性が高いと言っていたことだった。情報を吐かせた調弦官は体育倉庫に監禁したから、軍にこの情報が漏れることはない。


「東区には入れないじゃねえか」

「いや、入れる」


 ラズの反論に、テンは冷静に答えた。


 私の出番だ。


「子どもたち。これからディバロの頭はテンになる」


 痛む膝に耐えながら立ち上がった私は、子どもたちに言った。


 テンが私の肩に手を置いた。


 私の言葉にどよめきが起こった。子どもたちが「イヤだ!」「なんで!」

「ママ!」と叫び続けている。中には泣いている子もいた。どこまでも、私のかわいい子どもたち。


「私はもうすぐ死ぬ。本当なら、私がいなくなったあとディバロは潰れる運命にあった。優秀な後継者がいなかったからだ。だが同じ思想を持つテンが現れた。この男は頭がキレる。ディバロの次のリーダーはハイジマ・テンしかいない。私は悔しい。王のことが許せない。私の夢はディバロが王を討ち果たすことだ。私には時間がない。これから残された寿命を使って、お前たちを最強の集団にする」


 子どもたちはしんと静まり返っていた。


「テンと共にがんばれ、私の子どもたち! がんばれ! がんばれ! がんばれ!」


 強化された『応援』で、子どもたちの筋肉が膨れ上がっていく。


 寿命が尽きるのが分かった。


 目の前にいる二百人の子どもたちは、私に「応援」されてとてつもない身体能力を持つ超人集団になった。


「うおおおおおおおお!」


 子どもたちの雄叫びが聞こえる。


「おいおい、マジかよ」


 キッドが呆然とする。ここまでとは思わなかったのだろう。


 私の肩に手を置くテンは、ディバロが監獄街を掌握する未来が見えると言った。だが、実現する未来のディバロに私はいない。


 ディバロのボスは、いまテンに代わった。


 無能力者の反撃に、能力者たちが脅える未来は愉快だった。


 心残りがあるとすればひとつ。だいぶ前に幸福商会に奪われた後継者候補のヒマリ。私の「応援」をしのぐ、「転写」という究極の献身の能力を持つ子どもだった。あの子は私を恨んでいるだろう。一言、謝りたかった。だが私は死ぬ。


「あとは任せろ」


 テンの言葉に、私は目を閉じた。

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