第十九話 仕えるということ——ハシマ・テルノスケ
「反応は?」
「ありません」
リリーの問いかけに、ミケの腕時計を左手で握りしめたローハンが応えた。
「五日目だ。最終日だぞ。けっこうなところを周ったはずだけど」
ローハンに対してもすっかり不躾な言葉遣いになっている。
「監獄街を脱出した可能性は?」
「ないな。空まで鉄格子の中だ。身体のカタチを変えられるなら話はべつだけど、ミケを覆いてひとりで逃げるはずがない。マルって女、覚悟を決めた顔だった」
言って、リリーは細切れの空を疲れきった顔で見上げた。
私は、リリーの父上のサムラ・ハルサキのことを崇拝していた。上級貴族でありながら稀人で、能力を買われて超級五将の一角になった異端のひとだったから。
「稀人として王に仕えていて、ひとつ分かったことがある」
仕えてしばらくたったころ、ハルサキ様がおっしゃった。
「王は稀人を恐れている」
「よく分かりません。王は能力を与える能力です。世界は思うがままでは?」
「だからこそだ。王の能力は『能力を与える能力』だ。『能力』を持って生まれた稀人は王の支配下にない。能力の強さは問題じゃない。王は『稀人である』というだけの理由で、稀人を恐れている」
例えどんなに弱い能力だとしても、稀人であるというだけで王は稀人を恐れていた。王がこの国を支配した当初、稀人は捨てられた王都の監獄街に問答無用で送られていた。
王がこの国を支配してから三十年が過ぎた頃、稀人であることが判明したハルサキ様は超級五将に任命され、後に「王撰兵制度」が生まれるきっかけにもなった。
ハルサキ様の能力は「収集」、いくつかの条件を満たすと、対象の稀人の能力を使えるようになるコピー能力。ストックできる能力は無限。
ハルサキ様が現れるまで稀人は例外なく監獄街に送られた。だがハルサキ様の能力は王の「能力を与える能力」に匹敵する能力だった。
だから王は、ハルサキ様を超級五将として手元に置いた。
十五年前。王への反旗を翻したハルサキ様は、負けるはずがないと思っていただろう。私もそう思っていた。恐ろしい能力をいくつも所持していたからだ。
荒れ狂う民衆を扇動して王宮へ向かう大通りに、親とはぐれたのか二歳くらいの子どもがひとりでいた。既に大通りは戦場になっていた。誰よりも優しいハルサキ様は見捨てることなどできるはずもなく、子どもを抱き上げた。
次の瞬間、ハルサキ様が小さな呻き声をあげて膝をついた。
「ありえない……」
慌てて駆け寄った私に、顔面蒼白になったハルサキ様が言った。
「すべての能力が消えた」
ストックした能力だけでなく、「収集」の能力そのものをハルサキ様は失っていた。王の策略だった。子どもは何らかの能力を使ってハルサキ様を無能力者にした。
ハルサキ様が率いる反乱組織は捕らえられた。私とリリーは監獄街に送られ、十五年ものあいだ私はリリーを守り続けて来た。
「なにか音がしませんか?」
ローハンに言われて耳を澄まして見ると、確かに旧貴族街方面が騒がしい。この辺りは、王都時代に城下町として栄えていた平民が多く住むエリアで、今では東区から落ちこぼれた連中が住むスラムになっていた。ミケやマルが潜伏するのにはもってこいの場所だ。
バンッ! バンッ! バンッ!
「銃声か……?」
このエリアまで聞こえてくる音が何度も響く。
次第に喧騒が近づいてきて、スラムの住民が何人もこちら側に走ってくるのが見えた。
「なにが起きている?」
住民のひとりを止めて訊く。
「東区が襲撃されている。傭兵が応戦しているが、まるで歯が立たねえ」
「王政府軍か?」
「分からねえ!」
住民は私を振り払って、路地裏に逃げて行った。
そのあいだにも騒ぎが大きくなり、大通り側からいくつもの怒号が聞こえていた。
「行ってみよう」
リリーが大通りへ向かって走り出した。
あとを追って大通りに出ると、どう見てもゴロツキにしか見えない連中が傭兵と戦っている光景が広がっていた。
「よお、幸福商会」
声のした方を見ると、首の折れた傭兵を片手で持ち上げて笑う見覚えのある男がいた。
「ラズ。なんでお前がここに?」
既に鉄パイプを構えて戦闘態勢に入ったリリーが訊く。
「お前らがここにいるってことは、本当にアタリなのかもな」
リリーの言葉を無視して奇妙なことを言ったラズが傭兵を投げつけて来た。
「ぐっ!」
傭兵の死体が運悪くローハンに当たり、吹き飛ばされる。
リリーがラズにとびかかり鉄パイプで腹を殴る。いつもならラズが吹き飛ばされて終わり——のはずが、ラズはなにも起こらなかったかのようにニヤついたままだった。よく見ると、ラズの身体は張り裂けんばかりに全身の筋肉が膨れ上がっていた。
「今までのお返しだ!」
ラズがリリーの頭をめがけて振り下ろした拳に向けて斬撃を飛ばす。
斬撃に拳をはじかれ、ラズがよろめく。だが拳は斬撃にはじかれただけだった。
なぜ斬れていない?
「リリー、こっちへ!」
斬撃をラズに何度も当てながらローハンの下まで後ずさる。
「立て!」
苦しそうに壁にもたれていたローハンを立たせて肩を貸すリリー。
斬れてこそいないが、相応のダメージはあるのか、ラズが苦しそうに睨みつけて来た。
そのあいだにも、大通りをほかのディバロの連中が何十人と向かってくる。皆一様に、ラズのように筋肉が膨れ上がっている。
「くそ、キリがない」
誰彼かまわず斬撃を当てていくが、一時の足止めにしかならない。
「は……反応が……ある」
「なに?」
「反応だ」
力なく言って、ローハンが腕時計を握りしめた左手を胸の前に突き出した。
ミケが近くにいる。
「ここは私が引き受けます。ミケがいる場所に向かってください」
機転の利くリリーが頷き、ローハンを連れて裏路地に消えた。




