第97話 太陽と塩のプラント
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プラントで作られるのは真水だけではありません。強烈な太陽と海水がもたらす、最高の「宝物」が完成します!
白亜の神殿の裏手に広がる、真っ白で広大な岩盤。
そこには数週間前から、神殿の学者や近衛兵、そして下層から手伝いに上がってきた村人たちが総出でノミとハンマーを振るい、彫り抜いた巨大な施設が広がっていた。
「よし、一番端のプールの底も均し終えたぞ! これで全部だ!」
「応ッ! 神殿の連中もなかなか体力があるじゃないか!」
近衛兵長のガランが、泥だらけの顔で会心の笑みを浮かべ、下層の大工であるセトとハイタッチを交わす。
彼らの背後に完成したのは、段々畑のように配置された合計『十四個』の巨大なプールだった。上段に七つ、そして一段低い下段に七つの区画が、幾何学的な美しさで並んでいる。
「カイル! 十四個すべてのプールの掘削と、防水用の漆喰塗りが完了したぜ!」
アルバトロス号から飛び降りてきた僕が叫ぶと、現場監督のように岩盤の高台に立っていたカイルが、満足げに手帳を閉じた。
「ご苦労だったな、レオ。そしてアエテリアの皆も。これでようやく、我々の最終計画の心臓部が稼働する」
カイルは眼鏡を指で押し上げ、広大な施設を見下ろした。
「毎日『天空のバケツリレー』で運ばれてくる膨大な海水を、ただ貯めておくだけでは意味がない。強烈な太陽光を効率的に使い、かつ毎日途切れることなく資源を産み出し続けるための『ローテーションシステム』……名付けて、太陽と塩の階層式プラントだ!」
その日から、最上層の岩盤で、ゆっくりとした、しかし確実な「時間の魔法」が始まった。
バケツリレーで上がってきた海水は、まず上段の七つのプールのうち、「月曜日用のプール」にたっぷりと流し込まれる。翌日は火曜日用のプールへ。そうして日割りで海水を満たしていく。
最上層を吹き抜ける乾燥した風と、遮るもののない強烈な太陽光が、海水を容赦なく熱し、水分を少しずつ蒸発させていった。
海水を流し込んでから数日が経過した頃。
上段のプールの底に、明らかな変化が現れ始めた。
「カイル殿! 水のかさが減ってきましたが……底の方に、黄色がかったザラザラした泥のようなものが沈殿していますぞ!」
プールの様子を観察していた首席調律師のカシムが、不思議そうに声を上げた。
「ああ、それが第一段階だ。海水には色々な成分が混ざっているが、蒸発していく過程で、まずは不要な石膏などの『不純物』が先に結晶化して沈んでいくんだ」
カイルはバルブに手をかけ、不敵に笑った。
「沈殿が終わったな。ここからが本番だ。この黄色いザラザラを残して、綺麗に澄んだ『上澄み液』だけを、下のプールへ移す!」
ゴボボボッ!
カイルが水門を開くと、濃縮されて塩分濃度が高まった上澄み液だけが、下段の七つのプール……すなわち『結晶池』へと流れ込んでいった。
結晶池に移された高濃度の海水は、さらに数日間、強烈な太陽の熱を浴び続ける。
やがて、サラサラだった水に明らかな「とろみ」が出始めた。
「おい、見ろよ……! プールの底から、何か白いものがキラキラと光り始めてるぞ!」
「水が……白い宝石に変わっていくわ!」
毎日プラントを覗き込んでいた村人や中層の若者たちが、息を呑んで指を差す。
とろみのついた水の中から、真っ白な雪のような結晶が次々と姿を現し、プールの底に美しい絨毯を作っていく。
そこに残っていたのは、不純物が一切混じっていない、太陽の光を反射して眩いほどに輝く「純白の塩の山」だった。
「完成よ……! 純度百パーセントの、極上の『天空の塩』だわ!」
リゼが塩の山を掬い上げ、商人としての喜びに顔を紅潮させて叫んだ。
「うおおおおッ!! ついに出来上がったのか!!」
声を聞きつけて、ガランが凄まじい勢いで走ってきた。彼はプールの縁を飛び越え、真っ白な塩の山にズボッと両手を突っ込む。
「これが、外の世界の『塩』というやつか! どれ……!」
ガランは指についた塩を、躊躇うことなくバクリと舐め取った。
次の瞬間、彼の目が見開き、全身の筋肉がビクッと跳ねた。
「美味ぁぁぁぁぁいッ!!!」
ガランは天を仰ぎ、腹の底から獣のような咆哮を上げた。
「なんだこの強烈な味は!! ただの白い砂粒かと思えば、舌が焼けるような刺激の後に、体の奥底から力がマグマのように湧いてきやがる!! 俺はやるぞ! この塩を舐めれば、丸太をあと百本は担げる気がする!!」
「ガラン、落ち着きたまえ。あまり下品な振る舞いを見せるものではないぞ」
呆れたようにため息をつきながら、王の使者であるルシアンが近づいてきた。しかし、彼もまた、その白い結晶から目が離せないようだった。
「私にも一口、味見させてもらえないだろうか」
ルシアンは気品のある動作で塩をひとつまみ取り、舌に乗せた。
ピタリ、と彼の動きが止まる。
「……これは……!」
ルシアンは口元を押さえ、震える瞳で僕たち四人を見つめた。
「君たち外の旅人は、これほどまでに力強い『命の味』を毎日口にしていたのか……。ただの海水と太陽の熱から、このような結晶を生み出すとは。不格好でも構わない、君たちが持つその『前に進む知恵と力』が……今の我々には、何よりも眩しく、尊いものに見えるのだ」
長年、極端な塩分不足とミネラル不足に陥り、緩やかに衰弱し続けていたアエテリアの人々。彼らの飢えていた細胞が、純粋な塩分という強烈なエネルギーを吸収し、歓喜の悲鳴を上げていた。
だが、驚くのはまだ早い。
カイルが塩の山を避けるようにして、結晶池の上に溜まっていたものを柄杓で掬い上げた。
「塩の完成を喜んでいるところ悪いが、我々の『真の目的』はこっちだ」
カイルが掲げた柄杓の中には、塩が結晶化した後にわずかに残った、黄色がかったとろみのある液体が入っていた。
「にがり、ね」
シェリルがアストロラーベを抱えながら呟く。
「その通り。塩分を取り除いた後に残る、この液体……『にがり』こそが、今のこの国に最も不足している要素だ」
カイルは柄杓の黄色い液体を、集まった人々に掲げて見せた。
「外の世界から運んできた『海』の成分が、限界まで凝縮されている。これをそのまま撒けば強すぎるが、生活用水の貯水池に溜めた『真水』で適切な濃度に薄めてやれば……枯れた大地を根本から蘇らせる、最強の『栄養剤』になる!」
「なっ……! これを、我々の土に……?」
ルシアンが息を呑む。
「天空のバケツリレーで運んできた何十トンもの海水を、ただの飲み水としてではなく、土の栄養にまで変えてしまうというのか……!」
カシムも震える手で髭を撫で、カイルの恐るべき構想に戦慄していた。
「上段で不純物を沈め、下段で塩を作る。そして残った液体で大地を潤す。一切の無駄がない、完璧なリサイクルだ。君たちの国の理念とも合致するだろう?」
カイルが眼鏡を光らせて笑う。
上段と下段、合わせて十四のプール。
日割りで計算されたそのローテーションは、毎日途切れることなく確実に、新鮮な『塩』と『にがり』を産み出し続ける。
それはまさに、何百年も飢え続けてきたアエテリアという巨大な国に組み込まれた、途方もなく大きく、力強い『新しい胃袋』だった。
「すげぇぜ、カイル。あんたの頭脳と、みんなの腕力が合わさって、とんでもねぇもんが出来上がっちまったな」
僕は真っ白に輝くプラントを見渡し、油まみれの手で額の汗を拭った。
真水を造り出す天蓋。
活力を与える純白の塩。
大地を蘇らせる高濃度ミネラル。
「天空のバケツリレー」によって海から運ばれてきた莫大な質量が、今、余すところなくこの国の血肉となろうとしていた。
美しい鳥籠の扉は完全に壊され、外の空気が、力強く循環し始めていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
極上の「純白の塩」! そしてミネラルたっぷりの「にがり」!
初めて塩を舐めて咆哮するガラン兵長、最高でしたね(笑)。
ただ海水を運ぶだけでなく、土の栄養剤まで作り出してしまうカイルの完璧なリサイクル設計、見事です。
明日、あふれる資源を前に、ついに我らが商人が動き出します。お楽しみに!




