第96話 命の水の到達
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ついに「天空のバケツリレー」が最上層へ到達。
王や神殿の者たちが待ち受ける中、命の海水を満載した船が飛び込んできます!
白亜の神殿の広大なバルコニー。
アルディス王は、枯れ枝のように痩せ細った体を大理石の柱に預け、はるか眼下の雲海から連なる虚空を、瞬きすら忘れたように見つめていた。
最上層の島は、相変わらず「死の世界」だった。
雨が降らないわけではない。だが、保水する土を完全に失ってしまった真っ白な岩盤は、どれだけ雨水が降り注いでもすぐに水分を逃し、ひび割れてしまう。神殿の横にある上層の『生活用水のための巨大な貯水池』も、雨水がわずかに底を濡らすだけで、本来の豊かな水量を湛えることなど何百年もなかった。生命の気配が一切しないこの絶望の頂点で、王は自らの国がゆっくりと死に絶えていくのをただ見守ることしかできなかったのだ。
だが今、その静寂の空に、かつてない力強い『脈動』が響き渡っていた。
ズドォォォォン……!
ドバァァァン……!
はるか下方の雲海の底から、腹の底を揺らすような重低音が規則正しく響いてくる。
それは、海面に設置された第一ステーション、最下層の第二ステーション、中層の第三・第四ステーションと、次々に神鋼のカタパルトが弾け、何トンもの海水を満載したエレベーター船が空へ向かって撃ち出されている音だった。
「陛下……! 下層のガラン兵長より、狼煙が上がりました! 第一陣の船が、第四ステーションを通過し、いよいよこの最上層へ向けて射出されたとのことです!」
バルコニーに控えていた若い調律師が、感極まった声で報告する。
「そうか……。ついに、来るのだな」
アルディス王は震える手を強く握り締め、虚空の彼方を見据えた。
第五ステーションには、神殿の学者たちと、中層から手伝いに駆けつけていた若者たちが、今か今かと待ち構えていた。彼らの手には、受け止め網を操作するための太い蔓のロープが固く握られている。
やがて、空の底から、シュルルルルッ! という空気を切り裂くような鋭い風切り音が近づいてきた。
蒼い美しい結界に包まれた巨大な樽のような船が、猛烈なスピードで眼下の雲を突き破り、一直線にこの最上層へと飛び込んできたのだ。
「来たぞぉぉぉッ!! 網を張れ!!」
現場を指揮する神殿の者が喉を枯らして絶叫する。
ドズゥゥゥゥゥゥンッ!!!!
凄まじい衝撃音とともに、幾重にも編み込まれた巨大な蔓の捕獲網が、飛んできたエレベーター船をがっちりと受け止めた。
数トンの質量と運動エネルギーにより、強靭な網がちぎれんばかりに限界までたわみ、ギチギチと悲鳴を上げる。ロープを握る若者たちや学者たちが、足の裏から血が滲むほど岩盤を踏みしめ、必死の形相でその衝撃に耐える。
「押し返せ!! 船を『プラントの受け皿』へスライドさせるんだ!」
受け止めた反動を利用し、数十人がかりで網を引っ張り、巨大なエレベーター船を第五ステーションの排出用レールへと正確に導く。
カチャッ、というロック音が鳴り、船が指定の位置にピタリと固定された。そこは、神殿の裏側に広がる岩盤の上に、レオが神鋼を叩き伸ばして造り上げた『巨大な金属の受け皿』の真上だった。
「バルブ解放!! 水を落とせェェェッ!!」
号令とともに、船の底に設けられた巨大な水門のレバーが、二人がかりで力任せに引かれた。
ゴバァァァァァァァァッ!!!!
船内から、エメラルドグリーンに輝く莫大な量の海水が、轟音とともに真っ逆さまに吐き出された。
それはまるで、天が割れて海が落ちてきたかのような、圧倒的な光景だった。何トンもの水が神鋼の受け皿に激しく打ち付けられ、凄まじい水飛沫を上げて弾け飛ぶ。
「おお……おおおお……!!」
「水だ! 外の世界の海が、我々の元へ届いたぞ!!」
水飛沫を全身に浴びた神殿の学者たちも、中層の若者たちも、泥だらけの顔をくしゃくしゃにして抱き合い、飛び跳ねて歓喜の叫びを上げた。
空になった船はすぐに降下用レールへとスライドされ、下界へと戻っていく。そして息つく間もなく、下から撃ち出された第二陣、第三陣の船が次々と第五ステーションに飛び込み、絶え間なく海水をプラントへと吐き出し始めた。
ドロロロォォォォンッ!!
その時、ステーションの歓声を切り裂くように、腹の底に響くエンジン音が空から舞い降りてきた。
海面の第一ステーションから全速力で飛んできたアルバトロス号だ。結界と共鳴器を完璧に機能させた無敵の船が、排気音を伴奏のように響かせながら静かにホバリングする。
「おーい! 水は無事に届いたかー!?」
操縦席の窓から顔を出したレオが、油まみれの顔で満面の笑みを浮かべて叫んだ。
甲板からは、カイル、リゼ、シェリル、そして下層から同乗してきたセトとルシアンが、眼下の光景を見下ろしていた。
「レオ殿! カイル殿! 届いたぞ! あなたたちの力が、この死の世界に水をもたらしたのだ!!」
地上の人々が、アルバトロス号に向かってちぎれんばかりに両手を振り、歓声を上げる。
「いやぁ、すんごい量の水ね! でもカイル、あの海水をそのまま生活用水の貯水池に入れなくてよかったの?」
リゼが隣のカイルに尋ねる。
「当たり前だ。あのまま海水を生活用水に流し込めば、塩分で彼らの飲み水が全滅してしまうからな。だからこそ、受け皿を『プラント』に直結させたんだ」
カイルは眼鏡を指で押し上げ、神殿の裏側に広がる巨大な施設を指差した。
海水が注ぎ込まれた巨大な神鋼の受け皿の上には、シェリルが『最高級の気密シルク=アルバトロス号の気嚢と同じ素材』を縫い合わせて作った、巨大な透明のドーム型天蓋が被せられている。
「最上層の雲一つない強烈な太陽光が神鋼のフライパンを熱し、海水を爆発的に蒸発させる。その水蒸気がシルクの天蓋に当たって結露し、純粋な『真水』となってドームの縁を伝い落ちる仕組みだ」
カイルの言う通り、シルクの天蓋の内側にはすでに無数の水滴が浮かび上がり、それが樋を伝って、隣接する『生活用水の巨大な貯水池』へとサラサラと流れ込み始めていた。
貯水池が不純物を一切含まない清らかな真水で、少しずつ、しかし確実に満たされていく。
「……すごいわ。飲み水を作り出しながら、同時に受け皿には『塩』と『ミネラル』が残る。一石三鳥の完璧なリサイクルね」
シェリルが感嘆の声を漏らす。
神殿のバルコニーでは、アルディス王が手すりにすがりつくようにして、その光景を食い入るように見つめていた。
貯水池が真水で満たされていく水音。周囲の空気は、潮の香りと豊かな湿り気を帯び、数百年ぶりに「生きている」匂いがした。
「……不可能だと、諦めていた。我々は皆、運命に抗うことを恐れていたのだ」
王の青白く痩せこけた頬を、大粒の涙が伝い落ちた。
それは、長きにわたる絶望と、王としての途方もない重圧から解放された、心からの歓喜の涙だった。
「外の世界の、泥臭くも逞しき旅人たちよ……。ソナタたちのその『進む力』と『知恵』が、この美しき鳥籠を打ち砕き、我々を真の未来へと導いてくれたのだな」
アルディス王は、空に浮かぶ不格好な鉄の船に向かって、深く、深く頭を下げた。
海水の到達を知らせる歓声は、最上層だけにとどまらなかった。
狼煙と、次々と空を行き交うエレベーター船の姿を見た中層の島々、そして最下層の村々からも、地鳴りのような歓喜の叫びが沸き起こっていた。
『水だ! 海の水が一番上まで届いたぞ!』
『これで、飲み水ができる! 作物が育つ! 島が助かるんだ!!』
階層という見えない壁に隔てられ、静かに死の順番を待つだけだった人々が、今、一つの巨大な「心臓」の鼓動を共有し、等しく生への希望を爆発させている。
アエテリア全土が、かつてないほどの熱狂と生命力に包まれていた。
「……すげぇな。この国中が、俺たちの仕事に狂喜乱舞してるぜ」
レオは操縦桿を握りながら、眼下に広がる人々の熱気を肌で感じていた。
「ええ。最高の商談だったわ。これだけの感謝と信頼を勝ち取れたんだもの、私たちの投資は十分すぎるほど回収できたわね」
リゼが甲板で風に髪を揺らしながら、誇らしげに微笑む。
天空のバケツリレーによって運び込まれた莫大な質量の海水。
それを太陽の光で真水と塩とミネラルに分け、この国に真の復活をもたらすための最終プラントが、今まさに本格稼働を始めたのだ。
今日も読みに来てくださり、本当にありがとうございます!
海水を太陽熱で真水にする巨大プラントが稼働!
アルディス王の涙が、彼らの背負っていた重圧を物語っていますね。
この熱狂はまだ止まりません。次回、プラントが真水以上の「宝物」を生み出します。
明日も夜にお待ちしています!




