第94話 王家の手伝い
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空気が薄く、土のない「死の世界」最上層での過酷な作業。
限界を迎えるセトたちの前に現れたのは、まさかのあの人たちでした!
中層のステーション建設で沸き起こった「労働の熱気」は、またたく間に階層の分厚い壁を越え、アエテリア中を巻き込む巨大なうねりとなっていた。
下層の村人たちと中層の若者たちが、かつての身分の違いなど忘れたかのように肩を組み、汗だくになりながら巨大な木材を運び上げる。そこにセトたち熟練の船大工の技術と、僕が叩き出した強靭な神鋼のジョイントが完璧な精度で組み合わさり、第三、第四のステーションが次々と空中にその幾何学的な偉容を現していった。
そして、天空のバケツリレーの建設は、いよいよ最終到達点である最上層——王が座す白亜の神殿がそびえる『第五ステーション』へと差し掛かった。
だが、ここでの作業は、これまでの階層とは比べ物にならないほど過酷を極めていた。
最上層は、長年の資源枯渇により土が完全に流れ落ちてしまった、正真正銘の『死の世界』だ。剥き出しになった真っ白な岩盤は、遮るもののない太陽の光を容赦なく照り返し、目を開けていることすら辛いほどの眩しさを放っている。おまけに標高が異常に高いため空気が薄く、乾燥した冷たい風が容赦なく体温と水分を奪っていく。少し重いものを運んだだけで喉が焼けつくように痛み、息が上がり、心臓が早鐘のように激しく打つ。
「ハァ……ハァ……。クソッ、息が……吸っても吸っても足りねぇ……」
屈強な肉体を誇るセトでさえ、真っ白な岩盤の上で膝をつき、血の味がする唾を吐き捨てて荒い息を吐いていた。
下層や中層から駆けつけてくれた手伝の者たちも、すでに疲労困憊で岩陰にへたり込んでいる。誰もが極限まで体力を絞り出していたが、この死に絶えた過酷な環境そのものが、容赦なく彼らの生命力を削り取っていた。
「レオ! 次の神鋼のメインフレームを下ろすぞ! だが、受け止める人手が圧倒的に足りない!」
アルバトロス号からクレーンを下ろしながら、僕が風の音に負けないよう大声で叫ぶ。
第五ステーションは、猛スピードで下から飛んでくる満載のエレベーター船を受け止める強靭な網と、空になった船を正確な軌道で下へ『落とす』ための巨大なガイドレールを備えなければならない。下へ送るのにカタパルトは不要とはいえ、数トンの質量を受け止める際の衝撃を逃がすための要求強度は全ステーション中で最も高く、使用する神鋼の量もこれまでの比ではなかった。たった数人の力で支えきれるような代物ではない。
「……すまん。今、行く……!」
セトがふらつく足に鞭打って立ち上がろうとした、その時だった。
ザッ、ザッ、ザッ。
乾ききった岩盤の上に、大勢の乱れなき足音が響いた。
見れば、白亜の神殿の方角から、数十人の集団がこちらに向かって一糸乱れぬ足取りで歩いてくる。
先頭を歩いていたのは、王の使者であるルシアン。そしてその後ろには——。
「……マジかよ」
操縦席から見下ろしていた僕は、思わず目を疑い、息を飲んだ。
現れたのは、近衛兵長ガラン率いる屈強な近衛兵たち、そして、カシムをはじめとする神殿の学者たちだったのだ。
王の側近として常に威厳を保ち、汚れを知らぬ神聖な神殿から決して出ようとしなかった彼らが、自らこの土埃舞う現場へ足を運んできた。
しかも、彼らの姿は、かつての美しい近衛兵や高貴な学者とは似ても似つかなかった。
誇りであったはずの豪華な純白の軍服やローブはとうに脱ぎ捨てられ、動きやすい簡素なシャツ一枚になっている。そして何より驚くべきことに、ガランたち近衛兵の肩には、神殿の奥底にある宝物庫から何十階もの階段を登って運び出してきた『神鋼のインゴット』が何本も担がれていた。学者たちも、自分たちの体の何倍もある巨大な丸太を、数人がかりで必死に肩に担ぎ上げている。彼らの顔はすでに汗と埃にまみれ、息も絶え絶えだったが、その瞳だけはかつてないほどの強い光を放っていた。
「おい、レオ! 上でボーッとするな、さっさとクレーンを下ろせ!」
ガランが、ドロドロになった顔を上げ、僕に向かって力強く怒鳴った。
「貴様のその重たい鉄の塊を下ろすのだろう! 我々が全力で受け止めてやる!」
「ガラン……あんた、神聖な王の側近が、そんな泥だらけになっていいのかよ?」
僕がクレーンを操作しながら呆気に取られて尋ねると、ガランは肩の神鋼を岩盤にドスッと下ろし、ニヤリと不敵に笑った。
「馬鹿を言え。ルシアンや中層の若者たちから話は聞いている。下の階層の者たちが我々すべてのために血の滲むような思いで働いているというのに、安全な神殿の中でふんぞり返って見栄を張るなど、それこそ我々の誇りが許さん!」
ガランは、自らの分厚い胸板をドンッと叩き、誇り高く宣言した。
「『奪わないこと』を名分として、ただ静かに滅びの運命を待つのは、もう終わりだ! これからは、自らの手で泥にまみれて汗を流し、この国を救う未来を自らの腕で『掴み取る』ことこそが、我ら近衛兵の新たな誇りだ!」
「……言ってくれるじゃねぇか」
僕は胸の奥が熱くなるのを感じながら、思わず口角を吊り上げ、クレーンのウィンチを一気に解放した。
「そら、受け取れ! とびきり重たい神鋼のフレームだ!」
「応ッ! 者ども、腰を落として構えろ!!」
ガランの号令とともに、近衛兵たちが一斉に飛び出し、空から降りてくる巨大な神鋼のフレームをがっしりと受け止めた。鍛え上げられた彼らの筋肉が限界まで隆起し、重たい金属を寸分の狂いもなく指定の溝へと滑り込ませる。
「カシム殿! 次は木材の番だ! セトの指示に従って正確に打ち込め!」
「わかっておる! 我々調律師の研ぎ澄まされた力、とくと見よ!」
白髭の首席調律師カシムが、若い学者たちと共に巨大な丸太を担いで走り込む。彼らは息を絶え絶えにしながらも、セトが指定したジョイント部分へ丸太を押し込み、普段は繊細な音を奏でるために使う調律用の小槌をひっくり返して、力の限りに楔を打ち込んだ。
「よし! 完璧な噛み合わせだ!」
セトが疲れを忘れたように顔を輝かせて叫ぶ。
「見ろ、レオ! 我々の計算した強度と、彼らの腕力が合わされば、作業効率は優に三倍に跳ね上がるぞ!」
アルバトロス号の甲板で、カイルが興奮気味に計算尺を弾いている。
「ふふっ、これでついに、本当の意味で国中が一つになったわね」
リゼが、眼下で泥まみれになって働く人々を見下ろしながら、満足そうに腕を組んだ。
「商人としていろんな国を見てきたけど、ここまで見事に壁が壊れる瞬間はそうそうお目にかかれないわ」
最下層の村人。
中層の若者たち。
最上層の近衛兵と学者たち。
そして、外界から来た僕たち旅人。
かつては階層という絶対の壁に分断され、「穢れ」という偏見で互いを遠ざけていた人々が、今、完全に一つに混ざり合っていた。
玉座の間でリゼに槍を突きつけたあのガランが、下層の船大工であるセトと肩を組んで、汗を飛ばしながら丸太を押し込んでいる。
高尚な理論を説いていたカシムが、服が破れるのも気にせず、泥にまみれて楔を打っている。
見栄も、掟も、階級も、すべてがこの労働の熱気の中に溶け去っていた。
「おい、そっちのロープ引くのが遅いぞ! 神殿の連中は頭ばかりでかくて、もやしっ子ばかりか!」
セトが、相手が近衛兵であろうと遠慮のないヤジを飛ばす。
「なんだと! 下層の若僧が、王室近衛兵を舐めるな! いくぞお前たち、我々の底力を見せてやれ、引けぇッ!」
ガランが怒鳴り返し、血管を浮き上がらせて力任せにロープを引っ張る。
「わははは! 顔が真っ黒だぞ、兵長殿!」
過酷な最上層の岩盤の上に、絶え間ない笑い声と、気合の入った怒号が響き渡る。
呼吸をするのすら苦しい死の世界だったこの場所に、かつてないほどの強烈な「生命力」と熱狂が溢れ出していた。
そして、作業開始から数時間後。西の空が赤く染まり始めた頃。
ガキンッ……!!
という、神鋼の最後のロックが完璧に噛み合う重厚な音が、第五ステーション全体に響き渡った。
「……メインフレーム、全箇所固定完了だ」
セトが木槌を下ろし、荒い息を吐きながら天を仰いだ。
「受け止め網のテンション、正常。落下用ガイドレールの角度、計算値と完全に一致」
カイルが計器を読み上げ、大きく、そして力強く頷いた。
「やった……。ついに、最上層のステーションが完成したのね!」
シェリルが感極まった声を上げる。
僕もアルバトロス号のエンジンを切り、静かになった甲板から、完成したばかりの巨大なステーションを見下ろした。
眼下には、雲海を突き抜けて海面から連なるステーションの影が見える。
海面から、この遥か上空の最上層まで。
不可能と思われていた「天空のバケツリレー」のすべての発着場が、ついに一本の確かな線として繋がったのだ。
岩盤の上では、ガランも、セトも、カシムも、全員が力を使い果たしてその場にへたり込み、泥だらけの互いの顔を見合わせて、腹の底から大笑いしていた。
「……最高のチームだぜ」
僕は油まみれの手で、彼らに向けてサムズアップを作った。
さあ、いよいよだ。
この国に新しい血を送り込むための、巨大な心臓を動かす時が来た。
お読みいただき、ありがとうございます!
誇り高き近衛兵長ガランと、首席調律師カシム。彼らが神聖なローブを脱ぎ捨て、泥まみれになって丸太や神鋼を担いでやってくる姿は、まさに鳥肌モノです!
見栄も掟もすべて吹き飛び、国中の人々が一つになって作り上げた巨大なステーション群。
ついに海から空の果てまで、確かな線として繋がりました。
明日、この巨大な心臓がいよいよ稼働します! 絶対にお見逃しなく!




