第93話 階層を繋ぐステーション群
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中層の島での建設作業。そこには、労働を「下の者の仕事」と見下し、静かに死を待つだけの貴族たちがいました。
彼らの前で、泥まみれの職人たちが躍動します!
自動調律コアマウントによる無人運行の目処が立ち、シェリルの気象観測によって資材運搬船『風切』の効率が劇的に向上したことで、「天空のバケツリレー」計画は恐ろしいほどのスピードで進行し始めていた。
海面の第一ステーションから、最下層の村がある第二ステーションへの発着場はすでに完成し、建設の舞台は、さらに上空——特権階級や貴族たちが住む|中層の島々《第三・第四ステーション》へと移っていた。
中層の島に張り出した岩棚の上に、アルバトロス号を空飛ぶクレーンとして操る僕が、次々と重たい資材を下ろしていく。
「よし、次はその神鋼のバネを下ろすぞ! 位置に気をつけろ!」
「応! いつでも来い!」
地上で待ち構えるセトが、大きく手を振って合図を送る。
各ステーションの役割は、海水を満載したエレベーター船を上空へ撃ち出す『カタパルト』と、飛んできた船を安全に捕獲する『受け止め網』として機能することだ。
カタパルトの動力源は、島々から降り注ぐ滝の水力だ。巨大な水車を回し、その力で歯車を巻き上げ、僕が叩き出した強靭な『神鋼の板バネ』を極限まで押し縮める。そして、ロックを外した瞬間の凄まじい反発力で、エレベーター船を弾丸のように上空のステーションへと射出するのだ。
逆に、飛んできた船を受け止めるのは、セトたち船大工の技術の結晶だ。強靭でしなやかな蔓を何重にも編み込んだ、巨大なトランポリンのような『捕獲網』が、結界に包まれた船を優しく包み込み、運動エネルギーを完全に吸収する。
鉄と水力による「剛」の射出。
蔓と木組みによる「柔」の捕獲。
この相反する巨大なギミックを構築するため、僕とセトは連日連夜、息をつく暇もなく働き続けていた。
ガキンッ! と僕が神鋼のジョイントをハンマーで打ち込めば、セトが間髪入れずに巨大な丸太を滑り込ませて楔を打つ。互いに言葉を交わす必要すらない。次に相手が何をしたいのか、どこに力が欲しいのかが、手に取るようにわかるのだ。
「へへっ、いい音鳴らすじゃねぇか。さすがはこの村一番の大工だ」
「ふん。お前のそのうるさいハンマーの音にも、だいぶ慣れただけだ」
僕は油と泥にまみれた顔で笑い、セトも木屑だらけの顔で不敵に笑い返す。
異なる世界で育った二人の職人は、今や阿吽の呼吸で巨大な機械を組み上げる、最高の相棒となっていた。
だが、そんな僕たちの熱気溢れる作業を、冷ややかな、あるいは戸惑いの目で見つめる者たちがいた。
中層の島に住む、貴族や特権階級の住民たちだ。
彼らは、バウワの村のような下層の民とは違い、豪華な白い衣服を身に纏っている。彼らは「奪わないこと」を誇りとし、自分たちが飢えることで下の階層を養うという、気高くも悲しい自己犠牲の精神で生きてきた。
それゆえに、彼らは労働や泥にまみれることを「下の者の仕事」として避け、ただ静かに、衰退していく美しい箱庭の中で祈りを捧げるだけの生活を送っていた。
「……なんという下品な騒音だ。神聖な中層の島が、泥と黒煙で汚されていく」
「あのように汗水垂らして働くなど、我々の誇りが許さない……」
中層の住民たちは、建設現場から遠く離れた安全な場所から、綺麗な服を汚さないように遠巻きに僕たちを眺めていた。彼らの目には、大汗をかいて木材を運び、ハンマーを振るう僕たちの姿が、野蛮で滑稽なものに映っているようだった。
「気にするな、レオ。あいつらは見栄と掟に縛られすぎて、自分から動くってことを忘れちまってるんだ」
セトが丸太を担ぎながら、彼らを一瞥して言った。
「わかってるさ。俺たちは俺たちの仕事をするだけだ。……おっと、そっちの滑車のロープ、少し緩んでるぞ! 引き締めろ!」
「おう! お前ら、もっと力入れろ!」
セトの号令で、下層から手伝いに来ている村の男たちが、一斉に太いロープを引っ張る。
「せーのっ! そらっ!」
「あはは! お前、足滑らせて泥まみれじゃないか!」
「うるせぇ! お前だって顔が真っ黒だぞ!」
重労働にもかかわらず、現場には絶えず笑い声が響いていた。
失敗して泥だらけになっても笑い飛ばし、一つの巨大な歯車が組み上がるたびに、みんなで肩を叩き合って歓声を上げる。
未知の海の魚を食い、新しいモノを創り出す喜びを知った彼らからは、生きるエネルギーが爆発するように溢れ出していた。
その光景は、遠巻きに見ていた中層の住民たちの目に、奇妙な波紋を広げ始めていた。
彼らは静かで清潔な暮らしをしている。しかし、その瞳には常に死を待つだけの虚無感が漂っていた。
それに比べて、あの泥だらけの下層の民や、余所者の旅人たちはどうだ。
汚くて、うるさくて、野蛮だ。
だが——どうしてあんなにも、楽しそうに笑っているのだろうか。どうしてあんなにも、生き生きと輝いているのだろうか。
「……エラン、どこへ行くの?」
中層の住民の群れの中から、一人の若い男がフラフラと歩き出した。
「わからない。……だが、見ていると、なぜか胸の奥が熱くて、居ても立っても居られないんだ」
エランと呼ばれたその若者は、まるで何かに取り憑かれたように、泥だらけの建設現場へと近づいていった。
その時だった。
下層の村人たちが数人がかりで運んでいた巨大な『神鋼の板バネ』の重さに耐えきれず、一人が足を滑らせてバランスを崩したのだ。
「うおっ!?」
「危ない! 落とすぞ!」
傾いた重い金属の塊が、彼らの頭上に落ちそうになる。僕がクレーンで助けに入るには間に合わない距離だ。
「クソッ!」
セトが駆け寄ろうとした、まさにその瞬間。
バシッ!!
崩れかけた神鋼の板バネの下に、真っ白な袖の腕が滑り込み、力任せにそれを支えた。
「……え?」
下層の村人たちが目を丸くする。
彼らを助けたのは、現場に近づいてきていた中層の若者、エランだった。
彼の純白の高級な衣服は、神鋼の汚れと泥で一瞬にして真っ黒に汚れてしまった。
「な、何をボーッとしている! 早く、元の位置に押し戻せ!」
エランが顔を真っ赤にして、不慣れな力仕事に歯を食いしばりながら怒鳴った。
「あ、ああ! すまねぇ!」
村人たちが慌てて体勢を立て直し、エランと共に重たい板バネを安全な場所へと運び下ろす。
ズォォン……と重たい音が響き、全員がその場にへたり込んで荒い息を吐いた。
「助かったぜ、兄ちゃん! アンタがいなけりゃ、今頃大怪我してたところだ」
下層の村人が、感謝を込めてエランの肩をバンバンと叩く。
「なっ、気安く触るな! 私の服が——」
エランは条件反射で身を引こうとしたが、自分の服がすでに泥と油でどうしようもなく汚れてしまっていることに気づき、動きを止めた。
そして、自分の泥だらけの手のひらを見つめ……なぜか、フッと吹き出した。
「……ははっ。なんだ、これ。ひどい有様じゃないか」
エランは笑いながら、立ち上がった。
「だが……悪くない。重いものを運び、汗を流すというのも、こんなに清々しいものだったとはな」
彼は上着を脱ぎ捨て、泥だらけのシャツ一枚になると、近くにあった太い丸太の端をヒョイと担ぎ上げた。
「さあ、ボーッとしている暇はないのだろう? 次はこの木材を運べばいいのか?」
「お、おう! こっちだ、兄ちゃん!」
その光景を見ていた中層の他の住民たちの間に、さざ波のような動揺が広がった。
誇り高き中層の若者が、見栄も体裁も捨てて、泥だらけになって下層の民と共に働いている。
その姿は、決して滑稽でも、卑しいものでもなかった。むしろ、死を待つだけの自分たちよりも、はるかに気高く、逞しく見えたのだ。
「……私たちも、行こう」
「ああ。こんなところで傍観しているだけなんて、それこそ誇りが許さない」
一人、また一人と。
豪華な服を着た中層の住民たちが、次々と建設現場へと足を踏み入れ始めた。
彼らは戸惑いながらも、下層の村人たちに「何をすればいい?」と声をかけ、一緒に重い資材を運び、ロープを引き、額に汗を流し始めた。
「おいおい……マジかよ」
クレーンの操縦席からその光景を見ていた僕は、思わず目を疑った。
「ふふっ、すごいわね」
アルバトロス号の甲板で、リゼが嬉しそうに笑っている。
「階層の壁も、見栄も、特権意識も、あの『熱気』の前に全部溶けちゃったみたいね」
「ああ。労働の喜びってやつは、どんな掟よりも強力な伝染病だからな」
カイルも眼鏡を拭きながら、満足げに頷いた。
下層の村人。中層の貴族。そして、外界の旅人。
明確に分断されていた彼らの社会が、今、一つの巨大な「生きるための工事」を通じて、完全に繋がり、混ざり合おうとしていた。
「よーし! 中層の連中も加わって、馬力が倍になったぜ!」
下で作業を指揮するセトが、天を仰いで大声を上げた。
「レオ! ペースを上げるぞ! ドンドン資材を下ろしてこい!」
「任せとけ! 最高のステーションを、みんなで組み上げてやろうぜ!」
僕はスロットルを押し込み、アルバトロス号のエンジンを力強く吠えさせた。
国中を巻き込んだ天空のバケツリレーは、いよいよ最難関である「最上層」へとその道筋を伸ばそうとしていた。
最後まで読んでいただき、感謝です!
頭でわかっていても動けなかった中層の若者エランが、思わず手を差し伸べてしまった瞬間。
労働の喜びと熱気という名の「伝染病」が、階層という厚い壁を見事に溶かしてしまいました!
セトの遠慮のないヤジと、それに全力で応える貴族たち。みんな顔が真っ黒で、最高にいい笑顔です。
次回、いよいよ最難関の「最上層」での建設です。
明日も夜にお待ちしています!




