第90話 外界の味と歓喜の涙
日も読んでくださり、ありがとうございます。
大漁の魚を、神鋼の鉄板で豪快に包み焼きに!
強烈な「動物性の脂の匂い」に戸惑い、警戒するセトとルシアンですが……。
過酷なサバイバルの後の、最高の宴の始まりです。
波打つ大海原の上に浮かぶ、木と神鋼で組まれた第一ステーション。
その片隅で、レオが石を組んで作った即席のカマドに、青白い炎が灯った。アルバトロス号から持ち出したガストーチの火が、カマドの上に乗せられた神鋼の平らな端材を急速に熱していく。
「さてと、俺の包丁さばきを見せてやるよ」
僕は腰のサバイバルナイフを抜き、網で引き揚げたばかりの丸々と太った海の魚を、手際よく捌き始めた。鱗を引き、内臓を取り出し、身にぶつ切りにしていく。
「セト、さっき果物を入れてたその大きな葉っぱ、何枚か分けてくれないか?」
「構わんが……何に使うのだ?」
「こうするのさ」
僕は受け取った分厚く大きな葉っぱで、魚の切り身を一つずつしっかりと包み込み、それを熱した神鋼の鉄板の上に並べた。
ジューーーッ!
葉っぱの水分が弾ける音とともに、青臭くも香ばしい匂いが立ち昇る。
「油も引かずに直接鉄板に乗せると、身がくっついてボロボロになっちまうからな。こうして葉っぱで包んで『蒸し焼き』にするんだ。旨味も脂も逃げねぇし、そのまま皿代わりにもなって一石二鳥だぜ」
数分後。
中の脂がグツグツと沸き立つ音が聞こえてきたところで、僕はナイフの先を使って、熱せられた葉っぱの包みをパカッと開いた。
ボワァァッ!!
開かれた葉っぱの中から、真っ白な湯気が爆発的に立ち昇った。
波の荒い外海で育った魚の分厚い身はふっくらと白く蒸し上がり、そこから透明で良質な脂がジュワジュワと滲み出している。それは、故郷のジャンク街の屋台で嗅いだのと同じ、強烈に食欲をそそる「動物性の脂の匂い」だった。
「うわぁ……いい匂い! たまんないわね!」
リゼが目を輝かせて鉄板を覗き込み、ゴクリと唾を飲み込む。
カイルとシェリルも、完全に学者の顔を捨てて、熱々の包み焼きの周りに陣取っていた。
だが。
僕たち四人が歓声を上げる一方で、セトとルシアンの二人は、カマドから数歩離れた場所で、目を丸くして立ち尽くしていた。
「……なんという強烈な匂いだ。我々の湖の魚からは、このような香りは絶対にしないぞ」
ルシアンが、戸惑いと驚きが入り混じった声で言う。
「ああ。鼻の奥を真っ直ぐに突き抜けて、胃袋を直接掴まれるような、暴力的なまでに力強い匂いだ。本当にこれが食べ物なのか?」
セトは得体の知れないものへの警戒心を見せつつも、無意識のうちにゴクリと喉を鳴らしていた。
無理もないことだった。彼らが今まで口にしてきたアエテリアの湖の淡水魚は、ミネラル不足の環境で育っているため、どれも痩せ細って脂の乗りが悪く、パサパサとした淡白な味しかしないのだ。
彼らの清潔な食生活において、これほど強烈な「動物性の脂の匂い」は全くの未知であり、頭では警戒しつつも、細胞の奥底にある本能的な「食欲」を容赦なく刺激されることに、彼らは強い戸惑いを覚えているのだ。
「まぁ、騙されたと思って食ってみろって」
僕は、鉄板から葉っぱの包みを二つ取り上げ、端の方を持って二人に差し出した。
「海から上がったばかりだから、ほんのり塩味が効いてて最高だぜ。葉っぱごと持って、そのままかぶりついてみろ」
セトとルシアンは顔を見合わせ、恐る恐るその葉っぱを受け取った。
熱々の切り身から立ち昇る、強烈な命の匂い。
彼らは目を閉じ、まるで毒見でもするように、ほんの一口だけ、魚の身をかじった。
その瞬間。
二人の動きが、ピタリと止まった。
「……っ」
セトの目が、信じられないものを見たようにカッと見開かれる。
パサパサの湖の魚とは全く違う。
口の中でほろりと崩れる、弾力のある肉厚な白身。そして、噛み締めるたびに溢れ出す、外の世界の豊かなミネラルと生命力が凝縮された、とろけるような脂の強烈な『旨味』。
それは、彼らの細胞の奥底で眠っていた「生き物としての本能」を、直接揺さぶるような暴力的な美味しさだった。
「どうした、セト? 調律師殿?」
僕がニヤリと笑って尋ねると。
「…………美味い」
セトが、震える声で呟いた。
彼はもう一口、今度は大きく魚にかぶりついた。
「なんだこれは……! 柔らかくて、味が濃くて……口の中が熱い! う、美味い……!!」
セトは涙ぐみながら、子供のように夢中で魚を頬張り始めた。葉っぱに溜まった脂の汁まで啜り尽くすような勢いだ。
「ああ……信じられない。命が……外の世界の命が、体の中に染み渡っていくようだ……」
王の使者であるルシアンでさえ、高貴な身分も体裁も忘れ、両手で葉っぱを握りしめながら魚にかぶりついている。その透き通るような青い瞳からは、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
それは、悲しみの涙ではない。
何百年もの間、閉ざされた鳥籠の中で、清らかさと引き換えに「動物としての活力」を失いかけていた彼らが、本能の底から湧き上がる原始的な「食の喜び」を取り戻した、歓喜の涙だった。
「ほら、まだまだあるぜ! カイルもリゼもシェリルも、遠慮なく食え!」
「やったー! レオ、アンタの料理スキルだけは見直したわ!」
「熱っ……でも美味い! 海水の塩分が絶妙な味付けになっている!」
広大な大海原の上、星空の下。
小さな神鋼の鉄板を囲んで、僕たちは大笑いしながら魚を貪り食った。
「ソナタの言う通りだった! 我々の果実とは比べ物にならない、これが『腹を満たす』ということなのか!」
セトが顔を脂だらけにして笑う。
「ふふふっ、この脂身のところ、最高よ! 前に立ち寄った街の高級レストランでもこんなの食べられないわ!」
リゼが自分の口の周りの汚れも気にせず、セトと肩を並べて魚にかぶりついている。
「ああ。理論だけでは腹は膨れないという、当たり前の真理だな」
カイルが満足げに眼鏡を拭き、ルシアンがそれに頷いて笑い合う。
そこにはもう、言葉の壁も、上層と下層の身分の違いも、ましてや「穢れ」を忌み嫌う心の壁も存在しなかった。
命がけの建設作業を共に乗り越え、同じ火を囲み、同じ美味いものを食って大笑いする。
それだけで、違う世界で生きてきた僕たちは、完全に「一つのチーム」になっていた。
「……レオ」
お腹がいっぱいになり、波の音を聞きながら甲板で寝そべっていると、少し離れたところで夜空を見上げていたセトが、僕に声をかけてきた。
「なんだい?」
「お前の『穢れし鉄』が放つあの火と、そして強烈な匂い……」
セトは、即席カマドでまだ赤々と燃えている神鋼の鉄板を見つめた。
「あれは、世界を病に侵す毒などではなかったのだな」
「ああ。使い方次第さ」
「……俺は、ずっと恐れていた。変わることが。外の知らない力が入ってくることが。だが……今日、この海原の上で、その恐怖は吹き飛んだ」
セトは立ち上がり、僕の方へ振り返って、力強い笑顔を見せた。
「なぁ、外の職人よ。明日からの大工事……この美味い魚と、海の命の水を、上にいるバウワ村長や、上の階層の連中にも届けてやろうぜ」
「当たり前だ。そのための土台作りだろ?」
僕は立ち上がり、油と潮風にまみれた右手を差し出した。
セトは今度は一切の躊躇なく、その手をガシッと握り返した。
腹は満たされ、極限の肉体労働の疲労は、明日への強烈な活力へと変わっていた。
見上げれば、はるか上空に、僕たちが水を届けるべき空飛ぶ島々の影が、満天の星空を背景に黒々と浮かんでいる。
明日から、アエテリアの全階層を巻き込んだ、前代未聞の「天空へのバケツリレー」の本格的な建設が始まる。
読んでいただき、本当にありがとうございます!
閉ざされた箱庭で淡白な食事しか知らなかった彼らが、外の世界の「命の味」に触れて涙を流すシーン。作者自身も書きながら、思わずお腹が鳴ってしまいました。
「穢れ」と恐れていた炎と鉄が、極上の料理を生み出し、皆で同じ火を囲んで大笑いする。
価値観の壁を完全に越え、彼らは本当の意味で「一つの家族」になりましたね!
もし「この宴のシーン最高!」「異文化交流に胸が熱くなった!」と思っていただけましたら、
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(皆様からの応援ポイントが、明日からの大工事の活力になります!)
第一ステーションと、仲間たちとの最高の絆という「最強の土台」が完成しました。
明日から、アエテリア全体を巻き込んだ「天空のバケツリレー」の建設が本格始動します。引き続き、熱い展開をお楽しみください!




