第89話 海の恵み
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大工事を終え、疲労と空腹で限界のメンバーたち。
波の荒い外海で魚を捕るなんて不可能だと言うセトに対し、レオが取り出したのは……!?
第一ステーションの巨大なフロート基部が完成し、僕たちは波の上に浮かぶ安定した木組みの土台の上で、大の字になって息をついていた。
見えない乱気流の壁を抜ける緊張感と、荒れ狂う海上での命がけの建設作業。アドレナリンが切れた途端、凄まじい疲労感が全身を襲ってきた。
「……あー、疲れた。腹減って死にそう」
僕が腹を押さえて呻くと、隣でへたり込んでいたセトやルシアンも、深く頷いた。
「同感だ。我々の村の果実を少し持ってきたが、これでは……」
セトが蔓で編んだ袋から、色鮮やかな果物と、木の実を固めたような携帯食を取り出す。
普段なら甘くて美味しいのだろうが、海の上で重い鉄と木を組み上げた極限の肉体労働の後では、全く腹にたまらない。
「村の食糧事情は常にギリギリだからな。我々も普段から小食に慣れているのだが……今日の労働は、さすがにこたえる」
ルシアンが疲労の色を隠せずに言う。
「これからの大工事を考えれば、もっとしっかり腹を満たせる食料が必要不可欠だ」
カイルが計算尺をしまいながら、海面を見下ろした。
「……目の前に、無尽蔵の食料庫が広がっているじゃないか」
「食料庫?」
セトが怪訝な顔をする。
「海のことか? 確かに湖にも小さな魚はいるが、こんな波の荒い場所で、どうやって魚を捕るのだ? 釣竿を垂らしたところで、すぐに波に持っていかれるぞ」
セトの疑問はもっともだった。アエテリアの湖にいるのは、限られた生態系の小さな淡水魚だけだ。外海での大規模な「漁業」の概念など、彼らにはない。
「だから、出発前にあらかじめ『仕掛け』を用意しておいたのさ」
僕が立ち上がり、係留してあるアルバトロス号のカーゴスペースから、ずっしりと重い『巨大な束』を引っ張り出してきた。
「それは……村にいた時、カイル殿の図面を見て、俺が村の女たちに指示して編ませた蔓の網ではないか」
セトが驚いたように目を丸くした。
「船の防護ネットでも作るのかと思っていたが、まさか、海に使う気だったのか?」
「ああ。名付けて『神鋼の投網』だ」
僕は網の裾を広げて見せた。
しなやかな蔓で編まれた網の裾には、僕が出航前に神鋼の端材を叩いて作った、親指大の大量の鉄の重りが均等な間隔で縫い付けられている。
「投網?」とルシアンも不思議そうに首を傾げた。
「網を空中で大きく広げて、広範囲の魚を一網打尽にする漁法だよ」
カイルが手帳に図解を描いて説明する。
「網の裾に重りをつけて、体を捻って勢いよく投げるんだ。そうすれば、重りが外側に引っ張られる勢いで、空中で網が綺麗なパラシュートみたいに丸く広がる。水に落ちれば重りのせいですぐに沈むから、魚を上からすっぽり閉じ込めるってわけさ」
「……なるほど。重りが外に開く力で網を広げるのか。だから、網の編み目を中心から外側に向かって放射状に広がる構造にするよう、細かな指示があったのだな」
セトが、自分が手掛けた網の真の用途を理解し、感心したように頷いた。
「よし、実践といくか。この海にはでっかいのがうじゃうじゃいそうだ」
僕は網を束ねて左腕に掛け、右手に裾の重り部分を掴んで、フロートの端——海面に面した縁に立った。
「いくわよ、レオ! 今日の夕食はあんたの肩にかかってるんだからね! 大物狙いなさいよ!」
リゼが後ろからプレッシャーをかけてくる。
「プレッシャーかけんなよ。……まぁ、前に立ち寄った港町で漁師のオヤジに少し教わっただけだが、理論はカイル先生のお墨付き、網の質はセトたちのお墨付きだ」
僕は大きく息を吸い込み、波の周期を読んだ。
ザパーン、と大きな波が過ぎ去り、海面が一瞬だけ平たくなるタイミング。
「今だ!」
僕は腰を深く落とし、体を大きく捻った。
左腕の束を解放すると同時に、右腕の勢いに乗せて大きく振り抜く。
ブォンッ!!
風を切る音とともに、投網がフロートから海へと放たれた。
空中に飛び出した網は、神鋼の重りに引かれて、カイルの計算通り、まるで美しい花が開くように綺麗な円形を描いて広がった。
「おお……っ!」
セトとルシアンが、その綺麗な広がり方に思わず声を上げる。
バシャァァァァンッ!!
村の女たちとセトが波の抵抗を計算して編み上げた網が、白い飛沫を上げて海面を叩いた。神鋼の圧倒的な重さにより、網は瞬時に海中へと沈み込み、獲物の逃げ道を完全に塞いでいく。
「よし、かかった感触がある! 引き上げるぞ!」
僕は手に残った引き綱をグッと引いた。
ズシリとした、確かな生命の重みと暴れる感触が、ロープを通して僕の手のひらに伝わってくる。
「おい、手伝ってくれ!」
「応!」
セトとルシアンが駆け寄り、僕と一緒にロープを握った。
「せーのっ!」
三人で力を合わせ、海水を吸って重くなった網をフロートの上へと力ずくで引き揚げる。
バシャッ! ビチビチビチッ!!
フロートの木組みの上に引き揚げられた網の中には、無数の銀色に輝く生命が跳ね回っていた。
アエテリアの湖の小さな魚とは違う。波の荒い外海で育った、丸々と太り、脂の乗った大きな海の魚たちが、大漁にかかっていたのだ。
「すごい……! こんなに大きな魚、見たことないわ!」
シェリルが歓声を上げる。
「大漁じゃない! これならお腹いっぱい食べられるわよ!」
リゼが飛び上がって喜んだ。
セトとルシアンは、網の中で力強く跳ねる見慣れぬ海の魚たちを、ただ圧倒されたように見つめていた。
「これが……外の世界の、海の命……」
彼らがずっと恐れ、隔離されてきた「外の世界」。
だが、その海が今、僕たちの協力によって、飢えを凌ぐための莫大な『恵み』を与えてくれたのだ。
「さあ、ボーッとしてる暇はねぇぞ!」
僕はガストーチと、神鋼の平らな端材を用意した。
「木組みの土台の上じゃ直火は焚けねぇからな。ルシアン、重りに使わなかった手頃な石をいくつか貸してくれ。こいつを積んで土台にして、上にこの神鋼の端材を乗せりゃ、立派な即席カマドの完成だ」
僕が手際よく石を組んで鉄板焼きのスペースを作ると、皆がゴクリと喉を鳴らした。
「大漁祝いの宴の準備だ! 今日は俺が、最高に美味い漁師めしを振る舞ってやる!」
荒れ狂う海の上で、僕たちの初めての「宴」が始まろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
神鋼の重りと計算し尽くされた編み目で作られた「巨大な投網」!
見事に大漁の海の魚をゲットしました。
隔離されたユートピアで暮らしてきたセトとルシアンにとって、外海の豊かな命の恵みは未知との遭遇です。
次回は、お待ちかねの「宴」の始まりです!
深夜に読むと危険な(?)飯テロ回となりますので、ご注意ください(笑)。
明日も絶対にお見逃しなく!




