第84話 解き放たれる相棒と職人の共闘
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王の勅命により、ついにアルバトロス号の封印が解かれます。
そして入り江では、鉄を忌み嫌う船大工セトと、レオの「職人の意地」がぶつかり合います。
最下層の村の入り江に、かつてないほどの緊張とどよめきが走っていた。
白亜の神殿から降りてきた使者ルシアンと近衛兵長ガランが、村の中心にある広場で、アルディス王の勅命を高らかに読み上げたからだ。
王の命は、禁忌とされていた『宝物庫』の物資の解放、そして、隔離されていた『鉄の船』の封印を解き、外の世界の旅人たちに全権を委ねるという、村の掟を根底から覆すものだった。
「王が、あの穢れし鉄を許されたというのか……!」
村長のバウワが震える声で尋ねるが、ルシアンの態度は毅然としていた。
「これは国を救うための、王の決定だ。皆の者、直ちにあの蔓の布を取り払え!」
ルシアンの号令で、近衛兵たちが入り江へと走り、アルバトロス号をぐるぐる巻きにしていた太い蔓のロープを次々と切り落としていく。
分厚い布がバサリと剥がれ落ち、数日ぶりに、油と泥にまみれた愛しい相棒の姿が陽の光の下に現れた。
「待たせたな、相棒! もう二度と窮屈な思いはさせねぇぞ!」
僕は歓喜の声を上げ、真っ先にフロートへ飛び乗った。
焼け焦げたキメラ・ドライブのカバーを撫で回し、すぐに工具箱を開いてスパナを握りしめる。
「レオ、喜ぶのは後だ。まずは『第一ステーション』の土台となる巨大フロートの準備をしなきゃいけない」
カイルが設計図を広げながら指示を飛ばす。
「いいかレオ。海面に浮かべる第一ステーションは、直径数十メートルにも及ぶ『人工の浮き島』になる。当然、ここで完成させてから海へ下ろすのは重量的に不可能だ。資材を海に下ろし、波の上で繋ぎ合わせて組み上げるしかない」
カイルは図面の構造部分を指差した。
「問題は、足場の悪い波の上で、何百トンもの荷重に耐えられる骨組みをどうやって素早く構築するかだ。ただ木を蔓で結ぶだけでは、波に揺られながらの作業は困難を極めるし、強風で引き裂かれてしまう。……波の上でも一瞬で木材同士を強固にロックし、全体の荷重を受け止める『最強の金属ジョイント』が必要だ」
「なるほどな。海の上で一気に組み上げるための、カチッと嵌まる規格化された接合部を作るってわけか。だったら、あの金属の出番だな」
入り江の岸辺には、神殿から運ばれてきた大量の『古代の神鋼』のインゴットが積まれていた。
僕はガストーチに火を入れ、青白い炎を轟かせた。
ボォォォォッ!! ガァァァァンッ!!
金属を焼く凄まじい熱気と、ハンマーの代わりに特大レンチを打ち据える暴力的な打撃音が、静かだった村に鳴り響く。
神殿の学者たちと同じように、村人たちもその「異常な熱と音」に怯え、遠巻きに僕の作業を見つめていた。その中には、村の船大工である若い男、セトの姿もあった。
「……恐ろしい。あのような炎と力で、世界を叩き壊しているようだ」
セトが顔をしかめ、忌々しそうに呟くのが聞こえた。
僕はレンチを振り下ろす手を止め、額の汗を拭った。
神鋼は確かに素晴らしい金属だ。ガストーチの高熱と僕の打撃で自在に変形し、海面での荒波と荷重に耐える強固な「U字型のロック機構を備えたジョイント」が次々と出来上がりつつある。
だが、この鉄のパーツだけでは人工島は作れない。
「……おい、セト!」
僕は熱が引いたばかりの神鋼のジョイントを一つ手に持ち、岸辺で遠巻きに見ているセトに向かって声をかけた。
セトはビクッと肩を揺らし、警戒したように一歩後ずさった。
「なんだ、穢れし旅人よ。我々に火の粉を浴びせる気か?」
「違うよ。ちょっとアンタらに頼みがあるんだ」
僕は、鈍く光る金属のジョイントを、セトの足元へ転がした。
ズッシリとしたその重い音に、セトは驚いて目を見開く。
「カイルの設計図じゃ、海面に下ろした木材を、この鉄のジョイントで繋ぎ合わせて人工島を作っていく。荷重を引き受けるこの金具の強度は俺が保証する。……だが、波揺れる過酷な現場で、モタモタと木を削って合わせてる暇はねぇんだ」
僕は故郷の下町の職人の顔つきになり、セトを真っ直ぐに見据えた。
「俺の打ったこのジョイントの形状に合わせて、あらかじめ木材を寸分の狂いもなく削り出してほしい。現場で金具を押し込んだ瞬間、カチッと一発でロックされるようにな。……そんな精密な『木組みのユニット』を作れるのは、この国で一番の船大工であるアンタたちだけなんだよ」
その言葉に、セトは大きく目を見開いた。
忌み嫌っていた「外の野蛮な人間」から、自分たちの技術を必要とされ、名指しで頼られたのだ。
「……この穢れし鉄の塊に、我々の木を合わせろと言うのか?」
「穢れだろうがなんだろうが、国を救うための心臓部だ。アンタらが作ったあの『風切』の船の、釘一本使わずに完璧な強度を出す木組みの技術。……あれと俺の鉄が完全に同調すれば、海原の荒波の中で組もうが絶対に壊れない、最強の人工島ができるはずだ」
僕はニヤリと笑った。
「どうだ? 俺の鉄の精度に、アンタらの木工技術がついてこれないって言うなら、諦めるけどな」
「……馬鹿にするな」
セトの瞳に、職人としての静かな炎が宿った。
彼は忌避感を押し殺し、足元に置かれた神鋼のジョイントに触れた。その滑らかで完璧な曲線と、複雑なロック機構の溝を指先でなぞり、わずかに身震いする。
「……確かに、恐ろしいほどの強度と精密さだ。だが、我々の削り出す木の精度と繊維のしなやかさは、いかなる隙間も埋めて見せる。……待っていろ、外の職人よ。我々の技術の真髄を見せてやる」
セトは村の若い男たちを怒鳴りつけ、たちまち作業を指揮し始めた。
彼らは森から巨大な浮力を持つ特殊な木材を切り出し(もちろん、すでに倒れているものや枯れ木から厳選した)、それを村の広場へ運び込んだ。
そこからは、まさに神業だった。
セトたちは石のノミや斧を器用に使いこなし、僕が作った神鋼のジョイントの複雑な溝やカーブに合わせて、太い丸太の先端をミリ単位の狂いもなく削り出していく。
炎の熱とハンマーで金属を叩き伏せる僕たちの「力」の技術。
自然の素材の繊維の流れを読み切り、完璧な形を削り出す彼らの「柔」の技術。
入り江の空き地は、全く異なる文化を持つ二つの職人集団が、無言のうちに腕を競い合う熱気ある工房へと変わっていた。
「……すごいわ。あんなに鉄を嫌がってたのに、今はもう自分の作業に没頭してる」
リゼが感心したように呟く。
「職人ってのはな、言葉や理屈より、目の前にある『良い仕事』でしか分かり合えねぇ生き物なんだよ」
僕は汗を拭いながら、セトたちの見事な手際を眩しそうに見つめた。
数時間後。
夕日が入り江を赤く染める頃、セトが削り上げた最初の「木材ユニット」が完成した。
「できたぞ、外の職人よ」
セトが額の汗を拭い、堂々と胸を張った。
「はめてみるが良い」
「ああ」
僕は神鋼のジョイントを持ち上げ、セトが削り出した太い丸太の先端へと真っ直ぐに押し込んだ。
ガキンッ……!!
金属のロック機構と木のくぼみが接触し、小気味良い音を立てて弾けた。
次の瞬間、驚きの声が上がった。
僕が叩き出した複雑な金属の溝に、セトが削り出した木材の凸部が、まるで最初から一つの物質であったかのように、寸分の隙間もなく完璧に噛み合ったのだ。僕が力任せに引っ張っても、微動だにしない。
「……どうだ」
セトが息を弾ませて聞く。
「……完璧だ。これなら、波で揺れる海の上でも一瞬で組める。そして、どれだけ海水を引っ張っても絶対に抜けねぇ」
僕は金属と木が一体化した接合部を撫でながら、心の底からの賞賛を込めて言った。
「すげぇよ、アンタら。文句なしに最高の大工だ」
僕の素直な言葉に、セトは少し照れくさそうに顔を背けたが、その口元には誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「ソナタの鉄も……悪くない。我々の木が、より強固な芯を得たようだ」
僕とセトの視線が交差する。
そこにはもう、穢れを恐れる壁も、余所者を警戒する壁もなかった。
あるのは、互いの腕を認め合った職人同士の、純粋な連帯感だけだった。
僕は、まだ少し油の匂いが残る右手を、セトに向かって差し出した。
セトは一瞬だけその手を見たが、今度はためらうことなく、自分の木屑まみれの手を伸ばし、僕の手を力強く握り返した。
「よろしく頼むぜ、相棒」
「……ああ。共に、海に浮かぶ島を造ろう」
異なる世界で育った二人の職人が交わした硬い握手。
それは、閉ざされた美しきユートピアが、外の世界の泥臭い力と真に結びついた瞬間だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
レオが叩き出した鉄のジョイントに、セトがミリ単位で木を削り出して完璧に噛み合わせる。
言葉や理屈ではなく、「腕」と「良い仕事」だけで互いを認め合い、固い握手を交わす二人。胸が熱くなる最高の共闘シーンでした!
これで海面に下ろす人工島(第一ステーション)の準備は万端です。
明日、奇跡の翼の「設計図」が完成します。絶対にお見逃しなく!




