第83話 禁忌の扉、王家の遺産
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開かれた宝物庫に眠っていたのは、超高効率燃料と、加工不能な『古代の神鋼』。
魔法のような金属を前に、今度は下町育ちの整備士・レオが火を噴きます!
白亜の神殿の最奥部。王の玉座のさらに裏側に、その扉は存在した。
装飾が一切ない、周囲の壁と見分けがつかないほど同化した巨大な石の扉。
アルディス王の命を受けた近衛兵長ガランとルシアンが、その石壁の一部に手をかけ、体重をかけて押し込むと、ゴゴゴゴ……という重たい地鳴りのような音を立てて隠し扉が開いた。
中から漂ってきたのは、カビ臭い空気ではなく、澄み切った、ひんやりとした冷気だった。
ルシアンが松明のような発光する石を掲げ、暗い地下室へと続く石段を照らす。
「ついてきなさい。ここが、我が国が数百年もの間、決して開けることのなかった『禁忌の宝物庫』だ」
アルディス王の言葉に従い、僕たち四人は神殿の学者——首席調律師カシムたちと共に、地下へと足を踏み入れた。
階段を下りきった先に広がっていたのは、広大なドーム状の石室だった。
そこには、下層の村や神殿の生活空間とは全く異なるものが、無造作に、しかしうず高く積まれていた。
「これは……」
カイルが息を呑み、いち早く駆け寄った。
彼が手に取ったのは、ガラスのように透明な円筒形の容器だった。その中には、黄金色に輝く、ドロリとした不思議な液体が封入されている。
容器の傍らには、埃を被った古い革装丁の記録簿が添えられていた。カイルは眼鏡を中指で押し上げ、そのページを猛烈な勢いで読み解いていく。
「……間違いない。文献の記述と一致する。これは『琥珀の液状結晶』だ」
「琥珀の……なんだって?」
僕が首を傾げると、カイルは興奮で顔を紅潮させて振り返った。
「外の世界ではとうの昔に失われたと言われている、古代の超高効率燃料だよ」
カイルは狂喜し、容器をあらゆる角度から観察し始めた。
「レオ、僕たちが最初に出発した時、リゼの家の蔵で見つけたあの旧時代の軍用燃料……高純度に精製されたバイオ・ディーゼルを覚えているか?」
「ああ、特殊な植物油ベースのやつだろ。不純物が極限まで取り除かれてたおかげで、トラクターのディーゼルエンジンに入れてもゴミが詰まらずに、限界ギリギリの推力を出せたんだ」
「この液状結晶は、その純度とエネルギー密度をさらに何段も引き上げたような究極の燃料だ。この文献によれば、燃焼時の煤やカスが完全にゼロ……つまり、エンジンに一切の負荷やダメージを与えずに、常に一二〇パーセントの出力を安全に引き出し続けることができる。おまけに、アエテリアにある植物の樹脂を使った精製方法まで詳細に記されている! これなら材料を揃えて今後も自分たちで作り出せるぞ。アルバトロス号の燃料と故障問題が同時に解決するんだ!」
「マジかよ!? あのじゃじゃ馬エンジンが、メンテナンス不要で全開で回り続けるってことか!」
僕も思わずガッツポーズをした。嵐の壁を抜けるために無理を重ね、あちこちガタがきていたキメラ・ドライブが、この黄金の液体によって完全に息を吹き返すのを想像しただけでワクワクしてくる。
「王様、これは一体……?」
リゼが尋ねると、アルディス王は懐かしむような目で石室を見回した。
「数百年前、我々の祖先が外の世界から逃げ込んでくる際、持てる限りの物資をこの地に運び込んだのだ。……だが、先ほども言った通り、我々は争いを避けるため、『金属』とそれを生み出す『力』を穢れとして捨てる道を選んだ」
王は自嘲するように笑った。
「強固な兵器を作るための金属も、それを加工するための莫大なエネルギーも、この平和な箱庭においては『災いの種』でしかなかったのだ。ゆえに、ここに封印し、歴史から消し去った」
王の言葉通り、石室の奥には、燃料の他にも大量の『金属のインゴット』が山のように積まれていた。
僕はそのインゴットの山に近づき、一つを手に取ってみた。
鈍く青光りする、ずっしりと重い金属。指ではじくと、キィン、と高く澄んだ音が鳴った。
「すげぇな……鉄でも、ジュラルミンでもねぇ。こんな材質、故郷の下町でも見たことがない」
僕が金属の塊を撫で回していると、カシムが横から口を挟んだ。
「その青い石は、やめておいた方が良いぞ、若き整備士よ」
「青い石?」
「我々の祖先の記録によれば、それは『古代の神鋼』と呼ばれる物質だ。非常に強固で、傷がついても時間と共に自己修復する魔法のような性質を持っているらしいが……残念ながら、我々にはただの重い石塊に過ぎん」
カシムは長い髭を撫でながら、ため息をついた。
「過去に、先人たちがこれを削って建材にしようと試みた記録が残っている。だが、どんな硬い石のノミを使っても傷一つつかず、叩けばノミの方が砕け散った。刃こぼれすら修復してしまうのだから、加工のしようがない。……結局、扱い切れない不用品として、ここに打ち捨てられたのだ」
「加工できない、か……」
僕は手に持った神鋼のインゴットを見つめ、ニヤリと笑った。
「アンタら、こいつを『石』だと思ってるから削ろうとするんだよ」
僕は腰の工具ベルトから、愛用の『小型ガストーチ』を取り出した。故郷の下町の職人なら誰もが持ち歩いている、高圧ガスを吹き出して青い炎を上げる携帯用のバーナーだ。
「いいか、調律師の爺さん。金属ってのはな、性質を理解して、適切な『熱』を加えてやるのが礼儀ってもんなんだ」
僕は神鋼のインゴットを石の台座に置き、ガストーチのバルブを開いた。
ボォォォォッ!!
という鋭い燃焼音とともに、青白い高温の炎が噴き出す。
「ひっ……! な、なんだその青い炎は!!」
「金属を焼く炎だと!? 神聖な神殿の地下でなんということを!」
神殿の調律師たちが、ガストーチの凄まじい熱量と燃焼音を見てパニックになり、悲鳴を上げて後退った。近衛兵長のガランでさえ、調理用の穏やかな火とは違う、すべてを溶かさんばかりの「異常な熱」に怯えて槍を構える手が震えている。
「静かにしろ。よく見てろよ」
僕は怯える彼らを意に介さず、神鋼の一点に集中して青い炎を当て続けた。
数分が経過する。石のノミを跳ね返した絶対の硬度を誇る神鋼が、高熱を帯びて徐々に赤く変色し始めた。
「よし、ここだ」
金属が赤熱し、臨界点に達した瞬間。僕は腰から特大のレンチを抜き放ち、その平らな背の部分をハンマー代わりにして、赤く染まった神鋼を力一杯叩きつけた。
ガァァァァンッ!!
強烈な金属音が地下室に響き渡り、真っ赤な火花が美しく飛び散った。
「ひっ!?」と調律師たちが再び身をすくませる。
カンッ! ガンッ! ガキィィンッ!
僕はリズミカルに、金属の伸びる方向を読みながらレンチを打ち据えていく。
熱せられた神鋼は、まるで粘土のように僕の思い描いた通りに変形していった。インゴットの端が細く伸び、綺麗なカーブを描き、やがて巨大な『U字型のフック』の形へと変わっていく。
「ふぅ……こんなもんだろ」
僕はガストーチの火を止め、水筒の水を赤熱したフックに少しだけぶっかけた。
ジュゥゥゥゥッ!! という音と共に白い蒸気が上がり、金属が一気に冷却されて硬度を取り戻す。
「ほら、触ってみな。熱はもう引いてるぜ」
僕は出来上がったばかりの神鋼のフックを、カシムの目の前に放り投げた。
「こ、これは……」
カシムはおそるおそるフックを拾い上げた。
先ほどまでただの四角い塊だったものが、見事な曲線を描く強靭な金具へと姿を変えている。さらに驚くべきことに、ハンマーで叩いた際に生じたはずの表面の細かい凹凸が、自己修復機能によってチリチリと音を立てながら滑らかに整っていくところだった。
「……信じられん。我々の祖先がどれほど時間をかけても傷一つつけられなかったものを、たった数分で、かくも美しい形に変えてしまうとは……!」
カシムの手が小刻みに震えていた。
恐怖からではない。彼の瞳に浮かんでいたのは、未知の現象に対する圧倒的な感動だった。
「アンタらの『音叉』が自然の波長を読み取るように、俺たち職人は『熱と力』で金属の波長を読み取る。やり方が泥臭いだけで、本質は同じ『理』なんだよ」
僕がウィンクして見せると、カシムの後ろにいた調律師たちも、恐る恐る僕の周りに集まってきた。
「なんと……あの凄まじい熱と打撃の音の中に、金属を従える法則があったというのか」
「我々は『穢れ』という言葉に縛られ、世界の真理から目を背けていたに過ぎなかったのだ……!」
彼らの目に、僕の油まみれの作業着を侮蔑する色はもうなかった。
そこにあるのは、異なる学問と技術を極めた者に対する、純粋な『尊敬』の眼差しだった。
「これならいける」
カイルが満足げに眼鏡を押し上げ、石室に積まれた物資を見回した。
「奇跡の燃料と、加工可能な最強の金属。……巨大プラント計画を動かすための物理的なピースは、すべてここに揃っている」
「ああ」
僕は腰にレンチをしまい、アルディス王とルシアンに向き直った。
「現物の確認は済んだ。使えることは証明したぜ。……あとは、こいつらをどう組み上げて、誰がどの作業を担うかだ」
「その通りね」
リゼも腕を組み、頷いた。
「ここから先は、緻密なスケジュールと役割分担が必要よ。地下の倉庫で立ち話してる場合じゃないわ。上に戻って、具体的な作戦会議をしましょう」
***
数十分後。
僕たちは玉座の間に隣接する、円卓が置かれた広々とした会議室へと場を移していた。
円卓の上には、カイルが計算尺を引きながら書き上げた「階層式揚水システム」と「海水濃縮プラント」の巨大な設計図が広げられている。
「では、工程の確認に入ろう」
カイルが図面を指し示そうとした時、シェリルがすっと手を挙げた。
「待って、カイル。この巨大なタンクを各階層に繋いでいくには、島ごとの正確な気流や地形のデータが不可欠よ。でも、私はまだ最下層とここの限られた空しか観測していないわ。計画を確実なものにするために、誰か各階層の地理に詳しくて、私と一緒に調査を手伝ってくれる人が欲しいの」
「なるほど、それはもっともだ」
ルシアンが深く頷き、傍らに控えていた調律師たちに視線を向けた。
「カシム殿。神殿の者たちから、気象と地理に明るい者を数名、彼女の案内と調査の補佐につけてくれないか」
「承知いたしました。我々が長年記録してきた星と風の観測データもすべて提供いたしましょう」
カシムが快諾すると、シェリルはホッとしたように微笑んだ。
「これで情報のピースも埋まるな。よし、改めて工程の確認だ」
カイルが図面を指し示しながら、集まった神殿の調律師たちや王に向かって説明を始めた。
「第一段階は、アルバトロス号の魔改造だ。琥珀の燃料を積み、船体の傷んだ装甲を神鋼で補強する。そして、カシム殿たち調律師の力で、船体に『音叉の結界』を組み込んでもらう」
「承知した」
カシムが深く頷く。
「しかし、レオ殿のエンジンの振動と、我が音叉の繊細な周波数が干渉する問題がある。これを解決せねば、安定した結界は張れんぞ」
「そこは、下層の村に戻ってから、俺とアンタらで現物を見ながら最適解を探ろうぜ。大丈夫だ、俺に考えがある」
僕が胸を叩くと、カシムは「頼もしいことだ」と微笑んだ。
「船が完成したら、第二段階。いよいよ海面へのダイブね」
リゼが設計図の「第一ステーション」の部分をトントンと叩く。
「結界とプロペラを備えた『無敵のクレーン船』となったアルバトロス号で、この島の下……嵐の壁の最深部を抜けて、本物の海面へと降り立つ」
「そこで、神鋼で作った巨大なアンカーを海底の岩礁に打ち込み、第一ステーションとなる『海上フロート』を海面に固定するんだ」
僕が続ける。
「フロートの基礎ができたら、そこから上はアエテリアの得意分野だ。セトたち村の船大工が、得意の木組みと蔓編みの技術で巨大な揚水タンクを作り、俺たちがクレーンでそれを吊り上げて、下層から中層へ、中層から最上層へとリレー方式で繋いでいく」
「……壮大な計画だ。だが、理にかなっている」
ルシアンが図面を食い入るように見つめながら感嘆の声を漏らした。
「我々の木組みの技術と浮遊石、そして君たちの鉄とエンジンの力が完全に噛み合わなければ、決して成し得ない大工事だな」
「その通りよ。だからこそ、神殿の上層の人間も、下層の村人たちも、全員が協力して動く必要があるの」
リゼが、アルディス王を真っ直ぐに見据えた。
「王様。私たちへの偏見をなくし、国中を一つにまとめるのは、あなたの仕事よ」
アルディス王は、円卓に広げられた未来の設計図を見つめ、やがて力強く立ち上がった。
その痩せ細った体に、かつてないほどの覇気と生気が満ちていた。
「任せておけ、外の商人よ。我々が数百年守ってきた『見栄』を捨てる時が来たのだ」
王はルシアンと近衛兵長ガランを振り返り、神殿中に響き渡る声で命じた。
「ルシアン、ガラン! 直ちに神殿の者を総動員し、宝物庫の物資を最下層の村へ運び出せ! バウワたちにも伝えよ……我が国を縛り付けていた鳥籠を開け、鉄の船を解き放つ時が来たのだと!」
「ハッ!!」
近衛兵たちが一斉に踵を返し、弾かれたように動き出す。
綿密な作戦会議を経て、アエテリアの歴史を永遠に変える、前代未聞の巨大プロジェクトが、今ここに幕を開けたのだ。
最後まで読んでいただき、感謝です!
「金属ってのはな、性質を理解して適切な『熱』を加えてやるのが礼儀ってもんなんだ」
高熱のガストーチと強烈なハンマーの打撃。調律師たちが怯えるほどの暴力的な力が、不可能とされていた神鋼を見事なフックへと変えました!
商人、学者、そして職人。野良犬たちの武器が次々と天水都の常識を塗り替えていくのが痛快ですね。
次回、いよいよ最下層の村も巻き込んでプロジェクトが本格始動します。
明日も夜に更新します!




