第80話 白亜の神殿へ
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到着した最上層は、土が完全に失われた「死の世界」でした。
彼らはそこで、ルシアンから祖先たちの悲しい歴史を聞かされます。
巨大な昇降機を降りた僕たちの前に広がっていたのは、生命の気配が一切ない、完全なる「死の世界」だった。
かつては豊かだったはずの最上層の島は、土という土をすべて下層へと流出させてしまい、ひび割れた真っ白な岩盤だけが剥き出しになっている。岩肌には、白骨化した巨大な枯れ木が無数に突き刺さり、荒涼とした風景を作り出していた。
風が吹き抜けるたび、枯れた枝がカラカラと不気味な乾いた音を立てる。
「……ひどいありさまね。ここが、この国の最高権力者が住む場所だなんて」
リゼが枯れ木を見上げながら、信じられないというように呟いた。
「土がないんだ。植物が育つはずもない。……それどころか、この岩盤自体も少しずつ風化して削られている。いずれこの島そのものが消滅するだろう」
カイルが岩肌の表面を指でなぞり、冷酷な事実を告げる。
使者のルシアンは黙ったまま、岩盤の上に細く伸びる道を先導して歩いていた。
その道の突き当たりに、僕たちの目的地——途方もなく巨大な『白亜の神殿』がそびえ立っている。
巨大な一枚岩から切り出されたような滑らかな壁面には、無数の滝と星を象った美しいレリーフが彫り込まれていた。だが、その壮麗な建物も、周囲の荒涼とした風景の中では、巨大な墓標のように見えた。
「おい、ルシアン」
僕は、前を歩く彼の背中に向かって声をかけた。
「アンタらの祖先は、どうしてこんな『欠陥だらけの箱庭』に引きこもることを選んだんだ? 嵐の壁に守られてるって言えば聞こえはいいが、結果的に自分たちの首を絞めてるだけじゃねぇか」
僕の容赦ない問いに、同行していた使者たちは再び色めき立ったが、ルシアンは立ち止まり、静かに振り返った。
「……君たちの外の世界は、今どうなっている? 空を飛ぶ力を手に入れた人間たちは、それで何をしている?」
「何をしてるって……そりゃあ、新しい航路を開拓して、商売を広げて、時にはギルド同士で縄張り争いをして……」
僕は、旅の途中で立ち寄った寄港地の喧騒を思い出しながら答えた。
「そうだろうな。我々の祖先の時代も同じだった。いや、もっとひどかった」
ルシアンは目を伏せ、遠い過去を透かし見るように言った。
「大いなる石の力が発見され、人間が空に浮かぶ手段を得た時、外の世界では凄惨な奪い合いが始まった。少しでも大きな石を、少しでも高く飛べる船を。欲望のままに空を切り裂き、美しい自然を煤煙で汚し、血で血を洗う戦争が何十年も続いたという」
「……戦争」
シェリルが痛ましそうに呟く。
「我々の祖先は、その狂気に満ちた世界から逃れるため、危険な未踏空域の果てを目指した。そして、この巨大な浮遊石の岩盤に守られた多島海を発見したのだ」
「ちょっと待ってよ」
リゼが首を傾げた。
「あんたたちの船は、その分厚い嵐の壁を越えられないんでしょ? じゃあ、大昔の祖先たちは、どうやってこの中に入ってきたのよ」
「……我々の祖先がここへ逃げ込んできたのは、はるか昔、この多島海そのものが空へ浮かび上がり始めた頃だったのだ」
ルシアンの言葉に、僕たちは息を呑んだ。
「多島海が、浮かび上がり始めた頃?」
「そうだ。地下深くの巨大な浮遊石の岩盤が、大地を切り裂いてこれらの島々を空へ押し上げ始めた時代だ。当時はまだ、周囲の気流も今のような分厚い壁にはなっていなかった。祖先たちは、その気まぐれな嵐の裂け目を、決死の覚悟で潜り抜けてきたという」
「じゃあ、あの嵐の壁は、後からあれほど強固になったってのか……」
僕は思わず、雲海の向こうにある漆黒の壁を思い浮かべた。
「島々が完全に空へ定着し、巨大な岩盤の磁場が固定されるにつれて、周囲の嵐は決して消えることのない大気の牢獄となった。外へ戻ろうとした船はすべて気流に飲まれ、粉々に砕け散ったという。残された者たちは覚悟を決めた。二度と愚かな争いを繰り返さないために、外の世界への未練を断ち切り、この地に留まることを」
ルシアンは再び歩き出し、白亜の神殿を見上げた。
「欲望を捨て、自然の理に従い、穏やかな『永遠の春』を生きる。それが、彼らが選んだ平和だった。……だがある時、この最上層の土が下の島へと流れ落ちていることに気づいた。気象や風の理は受け入れられても、重力の理だけは変えられなかったのだ」
「だから、争いを避けるために、支配階級である自分たちが一番痩せ細った土地に残り、下の連中を養う道を選んだってわけか」
リゼが複雑な表情で言った。
「……馬鹿みたいに気高くて、最高に要領が悪い連中ね」
「笑ってくれて構わない。我々も、これがただの緩やかな自殺だとわかっていた」
ルシアンは自嘲するように笑った。
「外の世界の土を取りに行こうにも、今の我々の『風切』が持つ巨大な帆では、あの分厚い嵐の壁に弾き飛ばされてしまう。……我々は美しい技術で摩擦のない結界を作り、自然の風に身を任せることはできたが、自らの力で世界を切り拓いて進む強固な『推力』と、それを生み出す重たい『質量』を、とうの昔に捨て去ってしまっていたのだから」
その言葉を聞いて、それまで黙って歩いていたカイルが、ふいに口を開いた。
「推力と質量、か……。なるほど、君たちの技術の『致命的な弱点』はまさにそこだ」
「弱点だと?」
ルシアンが鋭い視線をカイルに向ける。
「ああ。君たちの『音叉』の技術は、浮遊石を完全に制御し、摩擦や空気抵抗をゼロにする完璧な『盾』を作る。だが、君たちの船には自前の推力がない」
カイルは手帳に結界と帆の図解を書きなぐりながら、早口で説明し始めた。
「前に進むためには、巨大な帆を結界の外に出して風を受けなければならない。あの狂気じみた磁気嵐の壁に突っ込めば、風を捕まえる帆が耐えきれずに破れるか、船ごと弾き飛ばされてしまうのは当然だ」
「……」
「嵐の壁を貫くには、結界の外に突き出しても暴風に耐えられる強固な金属のプロペラと、内側から暴力的に船を引っ張る『自前の推力』が必要不可欠なんだよ」
カイルは手帳を閉じ、ルシアンの青い瞳を真っ直ぐに見据えた。
「君たちが『穢れ』として忌み嫌ってきた、あの無骨で重たい鉄の塊。それによる自前の推進力こそが、完璧すぎるがゆえに閉じこもってしまったこの美しい箱庭に風穴を開け、外の世界と繋がるための唯一の『槍』なんだ。……君たちの王は、それに気づいたんだろう?」
ルシアンは何も答えなかった。
だが、その沈黙と、かすかに震える肩が、カイルの言葉が図星であることを雄弁に物語っていた。
僕たちは、神殿の巨大な扉の前に到着した。
見上げるほど高く、分厚い石の扉。表面には、下層の木組みの家々と同じように、金属の釘や蝶番を一切使わず、石と石の噛み合わせだけで作られた精緻な細工が施されている。
「……ここが、王の間だ」
ルシアンが扉の横にある巨大な石のレバーに手をかけた。
僕たちは無意識のうちに息を呑み、それぞれの決意を固めた。
リゼは、自分の持つ最大の武器である「需要と供給のカード」を頭の中で反芻し、商人としての鋭い目を光らせている。
シェリルは、星図とアストロラーベを強く抱きしめ、観測者としてこの「閉ざされた空の真実」を見届ける覚悟を決めている。
カイルは、自分の理論と彼らの技術をどう融合させるか、その計算式を頭の中で高速で組み上げている。
そして、僕は。
両手のひらにこびりついた、真っ黒な油と鉄錆の汚れを見つめた。
この「穢れ」こそが、僕たちの武器だ。泥臭くて、騒音を撒き散らす、世界で一番誇り高い僕たちの『力』だ。
「ルシアン」
僕は、レバーを引こうとする彼を呼び止めた。
「俺たちの泥臭い『槍』に、アンタらの美しい『盾』を掛け合わせたら、一体どんな翼が生まれると思う?」
ルシアンは僕の目を見つめ返し、初めて、心の底からの期待を込めたような、熱を帯びた声で答えた。
「……世界を救う、奇跡の翼だ」
ゴゴゴゴゴォォォォ……ッ!!
ルシアンがレバーを引くと、凄まじい石擦れの音を立てて、白亜の神殿の巨大な扉が、ゆっくりと重々しく左右に開いていった。
扉の奥から、ヒンヤリとした冷気とともに、長く途絶えていた「外の世界」を渇望するような、静かで強いプレッシャーが流れ出してくる。
「行くぞ」
僕の合図で、四人の野良犬たちは、伝説の都市王国の最高権力者が待つ玉座の間へと、堂々と足を踏み入れた。
お読みいただき、本当にありがとうございます!
争いを避けるために箱庭に引きこもった祖先たち。
カイルが「音叉の技術の弱点(推力と質量がない)」を完璧に論破し、レオたちの「穢れたエンジン」こそが世界を救う鍵であることを突きつけました。
「俺たちの泥臭い力と、アンタらの美しい技術を掛け合わせたら、どんな翼が生まれると思う?」
ついに白亜の神殿の扉が開きます!
もし「この4人の頼もしさが好き!」「王との対決が楽しみ!」と思っていただけましたら、
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皆様の応援が、アルバトロス号を再び空へ飛ばす力になります。
明日、いよいよこの国の最高権力者との大一番です! 絶対にお見逃しなく!




