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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第4部 天水都『アエテリア』と野良犬の交易
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第79話 上層への招き

連日のご訪問、本当にありがとうございます!

昇降機で中層を通り過ぎる彼ら。そこで目にしたのは、外の世界の常識を根底から覆す「気高い社会構造」でした。

ゴゴゴゴゴゴッ……!


凄まじい地鳴りのような水音とともに、僕たちを乗せた巨大な昇降機(エレベーター)が、滝の裏側の暗がりをゆっくりと上昇し始めた。

木と蔓、そして浮遊石の原石を組み合わせて作られた巨大な籠は、外から見るよりも遥かに広く、頑丈だった。


「おいカイル、見ろよこれ! 金属の歯車も鋼鉄のワイヤーも一切使ってねぇぞ!」

僕は壁面に編み込まれた蔓の隙間に顔を押し当て、暗闇の中で稼働する巨大な機構を食い入るように見つめた。


昇降機の動力を生み出しているのは、絶壁の裏側に設置された巨大な木製の水車だった。滝から落ちる莫大な水流のエネルギーを回転力に変え、それを巨大な滑車へと伝えているのだ。


さらに驚くべきは、その滑車の制御だった。

「水力だけじゃない。籠の上部に設置された浮遊石が、音叉の共鳴によって浮力を微調整し、重力を相殺しているんだ」


隣でカイルも、手帳のページを破らんばかりの勢いでスケッチしながら興奮した声を上げた。


「水流の『引き上げる力』と、浮遊石の『浮かぶ力』を完全に同調させている。摩擦と重力を極限まで計算し尽くした、途方もない複合機関だ……!」

「これだけの質量を、音と水だけで安定して持ち上げるなんて……こいつら、とんでもねぇ変態技術者だぜ」


僕とカイルがマニアックな歓声を上げている横で、リゼとシェリルは籠の反対側の隙間から、外の景色を見下ろしていた。


「ねえ、見て! 私たちがいた湖があんなに小さく見えるわ!」

リゼがはしゃいだ声を上げる。


高度が上がるにつれ、滝の裏側の岩穴を抜け、視界が一気に開けたのだ。

眼下には、真っ白な雲海に浮かぶバウワ村長の島が広がっている。エメラルドグリーンの湖と、深い緑に覆われた原生林が、太陽の光を浴びて宝石のように輝いていた。


「本当に綺麗なところね……。まるで、おとぎ話の絵本をそのまま切り取ったみたい」

シェリルもうっとりとしたため息を漏らす。


だが、昇降機がさらに高度を上げ、僕たちがいた最下層の島から、「中層」にあたる別の巨大な浮遊島群の横を通り過ぎようとした時だった。


「……ねえ、ちょっとおかしくない?」

リゼの声から、先ほどまでの明るい響きが消えていた。


彼女の視線の先を追って外を見た僕も、思わず眉をひそめた。

「なんだよ、あれ……」


すぐ横を通り過ぎていく中層の島々は、下層の村とは全く異なる光景が広がっていた。

家屋は、バウワの村よりもさらに立派な白石で造られており、精緻な彫刻が施された柱やアーチが並んでいる。明らかに「身分の高い者」たちが住む区画だとわかる。


だが、その生活環境は、ひどく寒々しいものだった。

島の縁に広がる森は、木々の葉が半分以上枯れ落ち、茶色く変色している。

広場にある畑は土が乾ききってひび割れ、植えられている作物はバウワの村の半分ほどの背丈しかなく、ひ弱に萎れていた。

歩いている住人たちの身なりは美しいが、誰もがひどく痩せ細り、歩く速度もどこか力ない。


「どういうこと? 普通、上の階層に住む貴族や特権階級の方が、豊かな暮らしをしてるもんじゃないの?」

外界の格差社会を骨の髄まで知っているリゼが、混乱したように叫んだ。


煤煙にまみれた貧しい下町があり、丘の上には緑豊かで清潔な高級住宅街がある。それが、外の世界における絶対の常識だ。


「物理法則としては、当然の帰結だよ」

カイルが、眼鏡を指で押し上げながら低く重い声で言った。

「崖の下で確認した通り、土は滝の水と共に上から下へと流れ落ちる。だから、すべての土砂が最後に蓄積される最下層の島(バウワの村)が最も豊かで、上へ行くほど大地は痩せ細っていく」


「わかってるわよ、それくらい! 私が言いたいのはそういうことじゃないわ」

リゼはカイルの言葉を遮った。

「私が言いたいのは、『なんで支配階級がこんな痩せ細った場所に住んでいるのか』ってことよ! 外界の常識なら、一番偉い奴らが武力で一番豊かな下の島を独占して、自分たちだけいい思いをするはずでしょ!」

リゼの叫びに、僕たちはハッと息を呑んだ。


そうだ。土が下に落ちることは計算でわかっていた。だが、権力の中枢に近づくほど、高貴な身分になるほど、大地は痩せ細り、自らが飢餓に近づいていくという、この「逆説的な階層社会」の異様さに、僕たちは考えが至っていなかったのだ。


「奪わないこと。それが我々の『王』なのだ、外の世界の娘よ」

それまで黙って前を見据えていた使者のルシアンが、静かに振り返った。

彼の透き通るような青い瞳には、深い悲哀と、それ以上の誇りが宿っていた。


「上の者が下の者から豊かな土地を奪えば、そこに『争い』が生まれる。争いが起きれば、この閉ざされた脆い結界の箱庭は、あっという間に崩壊してしまう。我々の祖先は、外の世界の醜い奪い合いから逃れ、ここで調和を選んだ。……その調和を永遠に守り抜くため、自らが最も痩せ細った土地に残り、細々と食いつなぎながら下の民を養うこと。それが、この国を統べる王と、我々上層の民の『責任』なのだ」

ルシアンの言葉に、リゼは返す言葉を失い、その場に立ち尽くした。


彼らは無能だったわけではない。現実から目を背けていたわけでもない。

自分たちの国が緩やかに死に向かっていることを誰よりも理解し、その上で、下の民たちを不安にさせないよう、自らが最も過酷な土地で「静かに終わりの時を待つ」という気高い自己犠牲を選んでいたのだ。


「……立派な覚悟だ。確かに、外の世界の腐った貴族どもより、よっぽど尊敬できる」

僕は窓の蔓から手を離し、ルシアンの真っ直ぐな目を見つめ返した。


「でもな、アンタらのその『美しき自己犠牲』ってやつは、結局のところ『ゆっくり死ぬ順番を待つ』だけの、ただの諦めだ。アンタらの結界の船には、現状をぶち壊して、外から新しい土をもぎ取ってくるだけの『推力』がなかったからな」


僕の容赦ない言葉に、同行していた他の使者たちが色めき立ち、腰の短剣に手をかけようとした。


だが、ルシアンは手でそれを制し、小さく、自嘲するように笑った。

「……君の言う通りだ、泥臭き旅人よ。美しさと調和だけでは、あの黒い嵐の壁を越えることはできなかった。我々には、世界を無理やりにでも切り拓く、暴力的なまでの『力』が足りなかったのだ」


ルシアンは僕の方へ一歩近づき、油で汚れた僕の作業着を見下ろした。


「不格好でも構わない。悪臭を放とうが、黒煙を撒き散らそうが構わない。君たちが持つその『前に進む力』が……今の我々には、何よりも眩しく、尊いものに見えるのだ」


その言葉には、美しきユートピアの住人が、長い歴史の中で初めて外部の「泥臭い力」を認めた、切実な響きがあった。


「買い被るなよ。俺はただの下町育ちの整備士だ。小難しい政治や国の運命なんてわからねぇ」

僕は鼻の頭を擦り、ニヤリと不敵に笑い返した。


「でもな、壊れかけの機械だろうが、沈みかけの国だろうが、俺の前に出されたからには、徹底的に修理して、前よりすげぇもんを作り直してやる。それが俺の『生きてる証』だからな」


ルシアンは僕の瞳の奥にある熱の宿った光を見て、初めて、口元にわずかな笑みを浮かべた。

「……頼もしいことだ。さあ、着いたぞ」


ガコンッ、という重たい衝撃とともに、昇降機が停止した。

外からの強い光が、蔓の網目を通して籠の中に差し込んでくる。


ルシアンが蔓の扉を押し開けると、そこには、中層の島よりもさらに凄惨な、目を疑うような光景が広がっていた。

土は完全に失われ、真っ白なひび割れた岩盤だけが剥き出しになっている。

かつては森だったのだろう、巨大な枯れ木が、まるで白骨のように岩肌に突き刺さったまま立ち並んでいる。

生命の気配が一切しない、完全なる「死の世界」。

そして、その白骨化した枯れ木と岩盤の道の奥に。

この国の最高権力者がおわす、途方もなく巨大な『白亜の神殿』が、痛々しいほどの威厳を保ったまま、僕たちを見下ろすようにそびえ立っていた。

最後まで読んでいただき、感謝です!

「権力者(上層)ほど痩せ細った過酷な土地に住み、下の民を養っている」。

自己犠牲による平和の維持。彼らの気高さには感服しますが、レオの言う通り、それは「ゆっくり死ぬ順番を待つ」だけの諦めでもあります。

「壊れかけの機械だろうが沈みかけの国だろうが、徹底的に修理してやる」

レオのこのセリフ、最高にかっこいいですね!

明日、ついに王の待つ最上層に到着します。

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