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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第4部 天水都『アエテリア』と野良犬の交易
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第77話 リゼの観察眼とすり減る道具

今日もページを開いてくださり、ありがとうございます。

軟禁状態になっても、ただでは転ばないのがこの4人です。

金貨が通じないなら、「需要と供給」で勝負する! リゼの商人魂が火を噴きます。

相棒であるアルバトロス号が、分厚い蔓の布とロープで何重にも封印されてから、丸一日が過ぎた。

僕たちは、村の広場に面した石造りのゲストハウスに軟禁状態となっていた。

外に出ることは禁じられていないものの、少しでも湖の入り江——船がある方向——へ歩を進めようものなら、どこからともなくセトや村の若い男たちが現れ、静かに、だが強固に行く手を阻むのだ。

彼らは武器こそ持っていないが、その目には「穢れに触れさせてなるものか」という強い決意が宿っていた。


「……完全に閉じ込められたわね」

ゲストハウスの窓辺で、リゼが蔓で編まれたブラインドの隙間から外を覗き込み、忌々しそうに息を吐いた。


「どうする? 夜中に見張りの目を盗んで、布を切り裂いて強行突破するか?」

僕が工具箱から金鋸(かなのこ)を取り出しながら言うと、カイルが呆れたように首を振った。


「レオ、君のその泥臭い武闘派思考はどうにかした方がいい。そんなことをすれば、今度こそ村人全員を敵に回すぞ。僕たちの目的は『一番偉い奴()』と交渉し、堂々と船の改造許可を勝ち取ることだ」

「わかってはいるけどよ……あのまま船を放置しといたら、湿気でシリンダーの中まで錆びちまう。俺にとっては、あいつが錆びるのを待つのは、自分の血が抜かれるのと同じくらい苦痛なんだよ」


僕が苛立ちに任せてガシガシと頭を掻きむしっていると、窓辺から戻ってきたリゼが、パンッ! と両手を強く叩いた。


「落ち込んでる暇はないわよ、あんたたち! 王様を交渉の席に引きずり出すには、最強の『カード』が必要でしょ。この軟禁状態を利用して、あのバウワとかいう村長、ひいてはこの国の『一番の弱み』を完全に握ってやるわ」

「弱みって、どうやって調べるんだよ」

「決まってるでしょ? 観察よ」


リゼは商人としての鋭い目を細め、リュックサックから革袋を取り出した。アイアンポートを出る時に用意した、あの純度の高い金貨の入った袋だ。

彼女はその袋を、未練を断ち切るようにゲストハウスの部屋の隅へと放り投げた。


「ここでは、この金貨はただの石ころ。金が通用しない世界なんて、商人にとっては手足をもがれたようなものよ。でもね……商売の本質は『金』じゃない。『需要と供給』よ」

「需要と供給……」

「そう。相手が一番欲しがっているのに、手に入らなくて困っているもの。それを見つけ出し、私たちが『供給』できると証明すれば、交渉の主導権は完全に私たちが握れる」


リゼは僕とカイル、そしてシェリルの顔を順番に指差した。


「昨日、私たちが話していた仮説を覚えているわね? この村の道具が異常なまですり減っていること。そして、ここは新しい資源がない『巨大なガラスケース』だということ」

「ああ」 「今日は、その『仮説』を『確信(証拠)』に変えるわ。村の中を歩き回るのは自由なんだから、手分けして徹底的に彼らの生活を調べ上げるのよ。……いいわね、下町育ちの野良犬のしぶとさ、見せてやろうじゃない!」


リゼの号令で、僕たちは四散して村の観察を開始した。

僕は、見張りの目をかわしつつ、セトたち船大工の作業場を少し離れた木陰から監視した。

彼らは、傷んだ木造建築の補修や、新しい籠を作る作業をしている。見事な手際だったが、僕の職人としての目は、彼らの「手元」の違和感を見逃さなかった。

彼らが木を削るのに使っている「石のノミ」や「カンナの刃」。それは、本来の大きさの三分の一以下にまですり減っていた。持ち手の木の部分は、長年の手汗と摩擦で黒光りし、指の形に窪んでいる。

(……あんな限界までチビた刃じゃ、力が入らねぇし、作業効率も最悪だ。俺たちなら、即座に新しい部品と交換するレベルだ)


だが、彼らはそのすり減った石器を、川底の滑らかな石で何度も何度も、祈るように丁寧に研ぎ直し、だましだまし使い続けているのだ。

(新しい石を切り出さないんじゃない。……本当に、新しい『硬い石』がもうこの島には残ってないんだ)


一方、リゼは村の中央広場で行われている「分配」の様子を、朝からずっと記録し続けていた。

村人たちが収穫した果実や穀物が広場に集められ、各家庭に平等に分け与えられている。一見すると、争いのない理想的なユートピアの光景だ。


だが、リゼの目は別の部分に注がれていた。

「……食べ物は豊富ね。太陽と水は十分にあるから、植物は育つ。問題は『道具』と『衣類』よ」

リゼは手元のメモにカリカリとペンを走らせる。


農具の刃先が欠けても、新しいものは配られない。欠けた部分をさらに研いで短くして使うだけ。衣服の綻びを直すための糸さえも、古くなった布を丁寧に解き、繊維を撚り直して再利用している。


同じ頃、カイルとシェリルは村の周辺の森や地層を調査していた。

村人たちは森から果実や蔓を採ってくるが、決して「生きた木を切り倒す」ことはしなかった。枯れ落ちた枝や、倒木だけを拾い集めている。


「彼らの言語体系をさらに分析してみたんだが」

カイルが手帳を見ながらシェリルに言った。


「古い言語には存在した『鉱山』『採掘』『伐採』という単語が、彼らの日常会話からは完全に消滅している。言葉として使われないということは、その行為自体が何百年も行われていないということだ」

「……森の木を切れば、島に根を張る力が弱まって、土砂の流出が早まるからね。彼らは本能的に、この島を『傷つける』ことを禁忌としているんだわ」


夕方。

ゲストハウスに戻ってきた僕たちは、それぞれの調査結果をテーブルの上に広げた。


「間違いないわ」

リゼが、全員の報告を聞き終えてから、重々しく口を開いた。


「この国は、豊かでもなんでもない。大昔の祖先が残してくれた限られた遺産(資源)を、極限までリサイクルしながら、薄く引き延ばして食い潰しているだけ。完全に『ジリ貧』の社会よ」


リゼは、部屋の隅に放り投げた金貨の袋を一瞥した。

「彼らが『商売(ウリカイ)』を知らないのも、金貨に興味を示さないのも、無欲で清らかな人間だからじゃないわ。外の世界に行けないこの閉鎖空間では、物質の絶対量が増えることは永遠にない。だから……彼らは新しいものを欲しがることを『諦めた』のよ」


その言葉に、僕たちは息を呑んだ。


「新しい道具が欲しい、もっと広い土地が欲しい。そんな『欲』を持ってしまえば、限られたパイの奪い合いが起きて、この小さな平和な箱庭はあっという間に崩壊してしまう。だから彼らは、欲を捨てることを『(永遠の春)』として自分たちに強迫的に言い聞かせているんだわ」

「……なるほど。過剰なまでの汚れ(穢れ)への恐怖も、現状が変化することへの恐怖の裏返しというわけか」


カイルが深く頷く。


「可哀想に……」

シェリルが胸の前で両手を組み、悲しそうに目を伏せた。


「同情してる場合じゃないわよ、シェリル」

リゼはテーブルの上に身を乗り出し、僕の目を真っ直ぐに見据えた。

「レオ。彼らが欲しがることを諦めた、喉から手が出るほど欲しい『本物の価値()』。……それが何か、もうわかるわね?」


「……ああ」

僕は、自分の油まみれの手のひらを強く握り締めた。


「新しい鉄。硬い石。そして、作物を育てるための豊かな土。……外界から切り離されたこの国が生き延びるために絶対に必要な『外の世界の資源』だ」


「その通り!」

リゼは目を輝かせ、パチンと指を鳴らした。


「そして、その『外の世界』へ物理的にアクセスできる手段を持っているのは、この多島海で私たちだけ。エンジンの暴力的な推進力で嵐の壁をぶち抜ける、あの『アルバトロス号』だけなのよ!」

リゼの言葉に、部屋の空気が一気に熱を帯びた。


僕たちは、厄介者でも、穢れを撒き散らす疫病神でもない。

緩やかに死にゆくこの国に、外界からの血液(資源)を送り込むことができる、唯一無二の存在なのだ。


「これ以上の交渉のカードはないわ。私たちは彼らに、生き延びるための『未来』を売るのよ。その代金として、あの音叉の技術をいただいて、堂々と船を改造させてもらうわ!」

リゼは腕を組み、アイアンポートで一番の商人だった頃のような、自信に満ちた不敵な笑みを浮かべた。


「すげぇな、お前。やっぱり本物の商人だよ」


僕が感心して笑うと、リゼは「ふんっ」と得意げに鼻を鳴らした。

僕たちの進むべき道は完全にクリアになった。

あとは、この「絶望的な需要」を抱えている『一番偉い奴』の元へ、どうやってこのカードを叩きつけるかだ。


「よし。そうと決まれば、まずはあの頑固な村長の爺さんを説き伏せて——」

僕が立ち上がりかけた、その時だった。


ドタドタドタッ!!


ゲストハウスの外から、慌ただしい複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。

普段は波の音しかしない静かな村には似つかわしくない、ひどく急いだ、切羽詰まったような足音だ。


「なんだ……?」

僕が窓際のブラインドをそっと押し上げて外を覗くと、広場の方から、村長のバウワとセトが、数人の男たちを引き連れてゲストハウスへと足早に向かってくるのが見えた。


その彼らの背後には——。


「おい、あれを見ろ」

僕の言葉に、カイルたちも窓辺に集まる。


村人たちの集団の背後から、バウワたちよりも明らかに質の良い、輝くような白い布地で作られた豪奢な衣服を纏った一団がついてきていた。

彼らの胸元には、上層から降り注ぐ「滝と星」を象った美しい紋章が刺繍されている。


「……上層の人間だ。間違いない」

カイルが眼鏡を光らせて呟いた。


僕たちが「一番偉い奴」をどう引っ張り出そうか画策していたまさにその時、向こうからわざわざ、使者を送り込んできたのだ。

読んでいただき、本当にありがとうございます!

村を徹底的に観察し、「外の世界の資源」という彼らが喉から手が出るほど欲しいカードを確信したリゼ。最高に頼もしいですね!

そして、彼らが動く前に、向こうから「一番偉い奴の使者」がやってきました。

ついに物語が大きく動き出します。

次回、彼らは上層へと向かいます!

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