第67話 響き合う心臓と限界突破の光
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落下のリミットが迫る中、レオの最後の一撃がジュラルミンの装甲板に振り下ろされます!
どうか、彼らの叫びを一緒に体感してください。
雨と風が叩きつけるジュラルミンの装甲板。その一点をめがけて、僕は全身の筋肉がちぎれるほどの力でスレッジハンマーを振り下ろした。
――ガァァァァンッ!!!
嵐の轟音すら一瞬かき消すほどの、鼓膜を破る強烈な打撃音。
雷の衝撃で凹んでいた金属のパネルが、ベコンッ! という鈍い音と共に元の形へと弾き戻される。
だが、僕はすぐに再び装甲板に側頭部を押し当てて舌打ちをした。
「……クソッ! まだ高い! コンマ数ミリ戻しすぎた!」
頭の骨を伝わってくる振動は、棘のような不快感を微かに残したままだった。パネルの歪みは取れたが、それだけでは足りない。天欠島で何週間もかけて作り上げた『完璧な楽器』の音には、まだ完全に同期していないのだ。
「レオ! 高度二千を切ったわ! 雲海がすぐそこよ!」
ハッチの奥から、シェリルの悲鳴のような声が聞こえた。
落下速度は増し続け、機体の周囲を取り巻く風圧は人を簡単に引きちぎるほどの暴力的な壁と化している。
「わかってる! いま直す!」
僕は再びスパナの先端をパネルに滑らせ、狂いを生み出しているピンポイントのミリ単位の歪みを探り当てる。
ここだ。今度はハンマーの柄を短く持ち、力加減を調節して叩き込む。
ガンッ!
再び頭を押し当てる。……違う、今度は音が低く濁った。
「あああっ、ちくしょう!!」
僕は横殴りの雨に打たれながら、何度も何度もハンマーを振り下ろした。
叩いては聴き、叩いては聴く。滑る足元に踏ん張りが利かず、強風に煽られるたびに命綱が肋骨にギリギリと食い込み、呼吸すらままならない。
ゴムを巻きつけた手は擦り切れ、血が滲んでハンマーの柄がヌルヌルと滑る。
焦りが視界を赤く染め、極寒の雨の中で僕の体温だけが異常に上がり続けていた。
「ダメだ、レオ! もう高度千五百よ! 早く機首を上に向けて……!」
「舵はそのままにしろ!!」
操縦席からのカイルの絶叫を、僕は怒鳴り返して遮った。
「今の微弱な推力で機首を上げたら、重力に負けてそのまま失速する! 完全に和音が戻るまで絶対に動かすな!」
僕は目を血走らせてパネルを睨みつけた。
これ以上、当てずっぽうに叩いても埒が明かない。
僕は嵐の轟音を完全にシャットアウトし、冷たい金属の表面にべったりと頭をくっつけた。
船の心臓の鼓動と、排気管の共鳴音、そして今のパネルが発している不協和音。それらの波長が、僕の脳内で三本の波線となって可視化される。
(合わせろ……。お前が俺の心臓なら、俺の叩くタイミングに合わせろ……!)
トラクターエンジンのピストンが頂点に達し、青白い炎を吐き出すその一瞬のタイミング。
僕はそのわずかな爆発の瞬間に同調させるように、渾身の力を込めて、最後の一撃を振り下ろした。
――ドガァァァァンッ!!!
火花が散り、ハンマーの柄が限界を越えてへし折れた。
僕はバランスを崩し、装甲板の上に這いつくばる。
そして、恐る恐るパネルの振動に意識を向けた。
頭の骨を伝わっていた、あの棘のようにささくれた不快な振動が。
……嘘のように、スッと消え去っていた。
直後。
アルバトロス号の船全体を包み込んでいた濁った不協和音が、まるでオーケストラのチューニングがピタリと合った時のように。
――フォォォォォォォォン……!!!
再び、澄み切った、一つの巨大で美しい『和音』へと収束した。
「戻った……!」
船内から、カイルの歓喜の絶叫が聞こえた。
ガラス管の中の浮遊石が、今までで一番強い、太陽の光すらかき消すほどの爆発的な青い閃光を放つ。特定の周波数が完全に同期し、浮遊石の力が極限まで引き出された証拠だった。
ズォォォォォォンッ!!!
気嚢の前方スリットから、マイナス質量を持った青い光の粒子が猛烈な勢いで前方へ噴き出された。
「今だカイル! 機首を上げろ!!」
僕が叫ぶと同時に、カイルが限界まで操縦桿を引き絞った。
跳ね上がった機首の正面から、強烈なマイナス質量が斜め上方へと爆発的に噴射される。 落下し続けていたアルバトロス号は、空中で目に見えない巨大な手に鷲掴みにされたようにガクンと停止し、次の瞬間、斜め上方の虚空へと向かって猛烈な力で『引っ張られ』、弾き出された。
「うおおおおおっ!?」
急激な機首の跳ね上がりによる強烈な上昇Gと、前進による猛烈な風圧が、僕の身体を装甲板から容赦なく引き剥がした。
為す術もなく空中に投げ出された僕の身体は、命綱一本で宙吊りになり、機体の側面に「ガァンッ!」と激しく叩きつけられた。
「ぐはぁっ……!」
肺から空気が吐き出され、目の前が真っ白になる。
弾丸のようなスピードで加速していく船体に引きずられながら、僕は千切れそうな腕で必死にワイヤーを掴んだ。
風圧で息ができず、ジュラルミンの船壁に何度も身体を打ち付けられながら、血まみれの手で少しずつ、少しずつワイヤーを手繰り寄せる。
「レオ!! 手を出して!!」
開けっ放しになっていた右舷のハッチから、リゼとシェリルが身を乗り出し、必死に僕に向かって腕を伸ばしていた。
僕は最後の力を振り絞ってハッチの縁に手をかけ、二人に腕を掴まれたまま、機体の中へと無様に転がり込んだ。
「はぁっ……はぁっ……げほっ、ごほっ!」
船の床に倒れ込み、激しく咳き込む僕を、二人が泣きながら強く抱きしめた。
「バカッ、本当に死ぬかと思ったんだから……っ!」
「レオ……よかった、本当によかった……っ!」
「心配かけたな……。でも、直したぜ……」
僕は全身の打撲の痛みに顔をしかめながら、血みどろの右手でサムズアップを作り、不敵に笑ってみせた。
「計器、オールグリーン! 推力も浮力も最高値だ! お前、本当に命がけで合わせやがったな!」
操縦席でスロットルを握りしめたカイルが、目を血走らせて振り返った。
「カイル、そのままスロットルを全開にしろ!ここが嵐の最厚部だ、一気にぶち抜くぞ!」
僕はリゼとシェリルに支えられながらよろめき立ち、助手席の横から前方を睨みつけた。
アルバトロス号は今、嵐の壁の最深部を真っ向から突き進んでいた。
周囲は完全に漆黒の闇。強烈な向かい風と、網の目のように走る紫色の稲妻のトンネル。雷鳴の轟音が絶え間なく腹の底を揺さぶり、機体は激しい乱気流に揉まれて上下左右に暴れ狂っている。
だが、今のアルバトロス号には、その自然の暴力を完全にねじ伏せるだけの圧倒的な「力」があった。
ドォォォォン!!
トラクターエンジンが奏でる澄み切った和音が、暴風の轟音を切り裂く。
船体を前方へ引っ張る常軌を逸した推力が、向かい風を文字通り「押し潰して」直進していく。繋ぎ直した放電索が絶え間なく雷を逃がし、船内の計器は青白い光を保ち続けている。
「加速していくわ……! 船体が、軋んでる……っ!」
シェリルがアストロラーベを抱きしめ、恐怖と興奮の入り混じった声を上げた。
強すぎる推力と、嵐の風圧。その板挟みになったアルバトロス号のジュラルミンフレームが、悲鳴のような金属音を上げ始めた。気嚢の帆布が限界まで張り詰め、縫い目からミシミシと嫌な音が鳴る。
雷の衝撃が機体を叩くたびに、リゼが「もって……お願い、もってぇっ!」と祈るように叫ぶ。
「あと少しだ……! 耐えろ、相棒!」
僕は熱を持った計器板を叩き、血にまみれた手で船の鼓動に語りかけた。
これ以上の無理をさせれば、本当に空中分解するかもしれない限界ギリギリの領域。内臓が押し潰されるような加速Gの中で、僕たちは呼吸すら忘れ、ただ一点、真っ暗な嵐の先を見据えていた。
僕たちは、あの景色を見るために、故郷を捨てた。
数え切れないほどの絶望と、命の危機を乗り越えてきた。
こんな分厚い黒雲の壁に、僕たちの空を終わらせてたまるか。
「必ず……あの景色を見るんだ!!」
全員の祈りにも似た執念が、一つに重なり合った時だった。
――ピキッ。
絶対的な漆黒だったフロントガラスの向こう。
荒れ狂う風と雷のトンネルの先に、一筋の細い「亀裂」が走った。
「……あ」
それは、雷の紫色の閃光ではない。
どんな闇よりも力強く、暖かく、そして恐ろしく澄み切った、太陽の光だった。
「光だ……! 光が見える!!」
カイルが絶叫し、スロットルレバーをさらに奥の奥まで押し込んだ。
光の亀裂はみるみるうちに広がり、漆黒の壁を真っ二つに引き裂いていく。
風の咆哮が、雷鳴の轟音が、一瞬だけ最高潮に達し――。
「抜けろおおおおおおっ!!!」
四人の咆哮と共に、アルバトロス号は、その眩い光の亀裂の中へと爆発的な勢いで飛び込んでいった。
最後まで読んでいただき、感謝です!
エンジンの鼓動と同調させた渾身の一撃で、ついに和音が復活!
強烈なGでの急上昇から、光の亀裂へ飛び込む最高のカタルシスを味わっていただけたでしょうか。
ボロボロになりながらも、彼らは決して空を諦めませんでした。
そして明日、彼らがずっと夢見てきた「あの景色」がついに開かれます!




