第64話 雷道《プラズマ・ロード》
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嵐の壁を真正面から引き裂いて進むアルバトロス号。
しかし、大自然の暴力は彼らの想定を超えた「反撃」を仕掛けてきます。
嵐の壁の内部は、文字通り「黒い地獄」だった。
分厚い積乱雲が太陽の光を完全に遮断し、真昼だというのに視界は深夜のように漆黒だ。鼓膜を内側から破りそうな雷鳴が絶え間なく轟き、強烈な向かい風と乱気流が、殺意を持って機体に叩きつけられてくる。
「レオ! 右舷から強烈な突風が来るわ!」
「上等だ! そのまま突っ切る!」
シェリルの叫びに、僕は操縦桿を力強く握り込み、スロットルレバーを全開にした。
――フォォォォォォォォン……!!
チューニングされたエンジンと排気管が、澄み切った巨大な和音を響かせる。
ガラス管の中の浮遊石が眩く瞬き、気嚢の前方スリットからマイナスの重さを持つ空気が猛烈な勢いで噴き出された。
ズォォォォォォンッ!!!
その逆の反動――船体を前方へと『引っ張る』桁外れの推力は、嵐の壁の乱気流をものともしなかった。
横殴りの突風が直撃しても、機体はわずかに揺れるだけで、分厚い黒雲の壁を文字通り「真っ二つに引き裂いて」直進していく。かつて廃船島で僕たちを押し返した自然の暴力が、今のアルバトロス号には全く通用しないのだ。
「すごい……! あの乱気流を真正面から押し潰してる!」
カイルが計器板の青白い光に照らされた顔で、興奮気味に叫ぶ。
「当たり前だ! 俺とカイルの悪魔の理論が、こんなただの風に負けてたまるか!」
僕は歓喜に満ちた叫びを上げ、さらに深く嵐の最深部へと船を突っ込ませていった。
ピカァァァァァッ!!!
視界が真っ白に染まるほどの強烈な閃光が走り、直後に「ドシャアァァァンッ!!」という轟音が船のすぐ横をすり抜けた。
紫色の稲妻が、アルバトロス号のジュラルミンの装甲を舐めるように走り、激しい火花を散らす。
「雷雲の層に入ったわ!」
リゼが後部座席で頭を抱えるが、僕は不敵に笑い飛ばした。
「ビビるな! 対策はバッチリだ!」
かつて落雷を逃がすために細い銅線を使って急造した「放電索」は、もう一時しのぎの気休めではない。
天欠島を出発する前、僕は太い鋼鉄のケーブルと銅線を使い、四本の頑丈な『放電索』として、機体の上下左右にガッチリと溶接し直していた。
船内の計器や配管も、村人からもらった絶縁性の高い獣皮や、持ち込んでいた分厚いゴムシートで完全にコーティングしている。
バチバチッ! と二発目の雷が船体上部に直撃したが、すさまじい高圧電流はメインフレームを傷つけることなく、即座にワイヤーを伝って空中の虚空へと安全に放電されていった。
「避雷システム、完璧に機能しているぞ!」
カイルが計器を叩き、してやったりという顔をする。
「シェリルが事前に雷雲の濃い場所を教えてくれるし、万が一の直撃も放電索が全部空中に逃がしてくれる。……バルカ長老の『雷を引き寄せて灰になる』という警告も、僕たちの準備の前では杞憂だったな」
強力な推力と、完璧な雷対策。
誰もが「いける」と確信した、その時だった。
「……待って」
助手席で、アストロラーベと窓ガラスを交互に見つめていたシェリルの顔から、スッと血の気が引いた。
「レオ……なんか、おかしいわ」
「おかしい? 何がだ?」
「雷の軌道よ。……さっきから、雷が私たちの船を『追いかけて』きているみたいに見えるの!」
「追いかけてくるだと?」
僕が眉をひそめた瞬間。
バリバリバリッ!! という引き裂くような音が、今度は「船の正面」から聞こえた。
見ると、気嚢の前方スリットから勢いよく噴き出している『青い光の粒子』の軌跡に沿うようにして、虚空から無数の紫色の稲妻が枝分かれしながら走り、船の正面に向かって集中的に落ちてきているのだ。
「……嘘だろ!?」
カイルが弾かれたように立ち上がり、青ざめた顔で絶叫した。
「マイナス質量の前方噴射だ! あれだけ極限まで圧縮された青い光の粒子が、凄まじい勢いで大気と摩擦を起こして、前方の空間を極度にイオン化しているんだ!」
「……ど、どういうことよ!?」
リゼがパニックを起こして叫ぶ。
「僕たちの推進力そのものが、嵐の中の膨大な雷を根こそぎ誘導する『電気の道』を作り出しちまっているってことだ!」
カイルの声が裏返った。
「バルカの警告を遥かに超えている! 金属の船が避雷針になっているんじゃない。僕たちが前に進む力そのものが、雷雲から雷を強制的に吸い上げているんだ!」
その言葉を裏付けるように、船の周囲の空間が紫色に染まり始めた。
右から、左から、上から。
嵐の壁に蓄積されていた天文学的な静電気エネルギーが、アルバトロス号が作り出した「電気の道」に引き寄せられ、まるで意思を持った無数の光の蛇のように、全方位から船に向かって集中砲火を浴びせてきた。
ドガァァァン!! ガガガガガッ!!!
何発もの雷が同時に直撃し、船全体が激しく揺さぶられる。
「ひぃっ……!」
リゼが悲鳴を上げ、シェリルが窓から飛び退いた。
「レオ! 放電索の許容量を超えてるわ!」
シェリルが叫ぶ。僕が窓の外を見ると、機体の四方に突き出した太い鋼鉄の放電索が、絶え間なく流れ込む高圧電流に耐えきれず、まるで白熱電球のフィラメントのように真っ赤に熱を帯び始めていた。
「くそっ! 落雷のペースが早すぎる! ワイヤーが熱を逃がしきれねえ!」
僕はスロットルを戻そうとしたが、ここで推力を落とせば猛烈な向かい風に吹き飛ばされ、そのままコントロールを失って墜落する。
「右舷前方の放電索、限界だ!!」
カイルの絶望的な叫びが響いた直後。
――ブチィィィンッ!!!
すさまじい閃光と爆音と共に、右舷から伸びていた太い鋼鉄の放電索が、高熱と過電流によって真ん中からドロドロに溶け、無惨に焼け切れた。
千切れたワイヤーの先端が火花を撒き散らしながら、嵐の闇の中へと消えていく。
「アースが一本死んだ!」
逃げ場を失った莫大な雷のエネルギーが、行き場を求めてアルバトロス号のジュラルミン装甲を直接駆け巡り始めた。
バチバチッ! と絶縁ゴムを貫通して計器板の隙間から火花が吹き出し、船内が焦げたゴムとオゾンの強烈な匂いに包まれる。
そして、雷の直撃による物理的な衝撃波が、機体の右舷を激しく叩き据えた。
ベコンッ!
ジュラルミンパネルが歪む鈍い音が鳴る。
その瞬間。
船全体を包み込んでいた、あの澄み切った一つの『和音』が。
――フォォォォォ……ギィィ、ガガガガガッ!
耳障りな、濁った『不協和音』へと変わった。
「……っ!!」
雷の恐怖よりも恐ろしい事実が、僕の心臓を鷲掴みにした。
パネルが歪み、特定の音がズレたことで、ガラス管の中の浮遊石が共鳴を止め、チカチカと明滅を繰り返し始めたのだ。
「推力低下! ダメだ、押し返される!」
気嚢からの噴射が弱まり、猛烈な向かい風を食らったアルバトロス号が、空中でガクンと急ブレーキをかけたように静止する。
「落ちる!!」
焼け切れたアース。狂い始めた和音。そして全方位から襲い来る紫電の檻。
完璧だったはずの僕たちの理論と対策は、未知の大自然の暴力の前に、再び容赦なく粉砕されようとしていた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
まさかの展開。マイナス質量の噴射そのものが、嵐中の雷を根こそぎ引き寄せる「電気の道」を作ってしまいました。
アースが焼け切れ、雷の直撃でパネルが歪み、和音が不協和音へ……。
完璧だったはずの理論が崩れ、再び絶体絶命の落下が始まります。
次回、レオの命懸けの船外作業です。明日もお待ちしています!




