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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第3部 地図のない海と嵐の壁
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第62話 共鳴するキメラ・ドライブ

いつも温かい応援、ありがとうございます。

トラクターエンジンを「楽器」に改造!?

整備士の腕と天才の理論が完全に噛み合い、奇跡の心臓が産声を上げます。

「レオォォォォッ!! 起きろレオ!!」


夜明け前の天欠島(アマカケジマ)に、カイルの狂ったような歓喜の絶叫が響き渡った。

彼は血の滲む包帯を振り乱しながら岩穴に飛び込んでくると、まだ全身の痛みに顔をしかめている僕の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。


「解けたぞ! あの嵐の壁をぶち抜く、悪魔みたいな理屈が完成した!」

「……はぁ? おい、落ち着けよカイル。いてて……」


目をこすりながら身を起こす僕に、カイルは祭壇から持ち出してきた『欠けた音叉』を突きつけた。


「浮遊石の真の力を引き出す引き金は、暴力的な衝撃じゃない。特定の『音』による共鳴だ! だが、この祭壇の音叉は使えない。石は個体ごとに重さも純度も違うから、響き合う音も違うんだ!」

「……つまり?」

「うちの石が一番強く共鳴する『音』を見つけ出して、エンジンの振動をその音にピタリと合わせるんだ! 気嚢の中に『空へ上がろうとする(浮力)』を極限まで溜め込んで、前方に開けた穴から一気に噴き出す!」

「……前方に、噴射?」


「そうだ! 普通は重さのあるものを後ろに投げれば、その反動で前に動くだろ? でも、船を浮かせるような『マイナスの重さ』を持つ空気は、逆の反動を生み出すんだ! つまり、後ろじゃなくて前に噴き出すことで、船は前方に向かって凄まじい力で『引っ張られる』! 風をプロペラで押し返すんじゃなく、空間そのものに船を引っ張らせるんだ! 推力も浮力も、今までとは桁違いに跳ね上がるぞ!」

寝起きの頭に叩き込まれた、常識をねじ伏せるイカれた理屈。


だが、カイルの血走った目を見た瞬間、僕の中の整備士としての血が、ドクンと激しく沸騰した。


「待て! それは我々の先祖が遺した神聖な遺物だぞ!」


騒ぎを聞きつけて集まってきた村人たちが、血相を変えて槍を構えたが、長老のバルカがそれを静かに制止した。

「……彼らは、あの死の壁に挑もうとしているのだ。好きにするがいい」


「……恩に着るぜ、長老さん」

僕は痛む身体を引きずりながら、短く頭を下げた。


「だが、もう一つ頼みがある。俺たちの船は燃料がスッカラカンで、テスト起動すらできねえ。何か燃える『油』を少しだけ分けてくれないか?」

バルカは深くため息をつき、背後の若い女に顎でしゃくった。


「村の明かりに使う、岩生の植物から絞った油がある。少しだけならくれてやろう」

「助かる!」


僕は腰からスパナを引き抜き、機体の中央に固定されているガラス円柱の前に立った。


「よし、まずはうちの石のご機嫌を伺ってみるか」


僕はスパナで、機体のジュラルミンフレームや真鍮のパイプ、鉄のボルトなど、素材と太さの違う金属を次々と叩いていった。


カンッ、コンッ、キィン……。


様々な高さの打音が鳴る中、カイルがガラス円柱の中の「握り拳大の歪な石」を食い入るように見つめる。

そして、僕が廃棄された『薄い真鍮の板』の端をスパナで弾いた時だった。


――カーーーン……。


高く澄んだ音が響いた瞬間、ガラスの中の浮遊石がフワッと青く、強く瞬いた。

「これだ……!」カイルが息を呑む。「この音だ! かなり高い音で共鳴している!」


「なるほどな」

僕は不敵に笑い、岩場に静かに鎮座しているアルバトロス号の巨大なエンジンブロックを睨みつけた。

「お上品な高い音だ。だが、トラクターエンジンの爆音は『ドコドコ』っていう、地を這うような低い振動だ。そのままじゃ石は共鳴しねえ」

「エンジンごと、楽器に作り変えてやるよ」


……だが、現実はカイルの計算式のようにスムーズには進まなかった。


全身の骨が悲鳴を上げる満身創痍の体では、スパナ一本握るのにも脂汗が滲む。結局、僕たちが本格的な改造に取り掛かれたのは、長老のバルカたちが用意してくれた薬草と温かい食事で、数日かけてようやくまともに歩けるようになってからだった。

そこからは、怪我の療養と並行して、数週間に及ぶ泥臭いチューニングの日々が始まった。


「まずは、マウントを極限まで硬くする。これで低い揺れは殺されて、高くて細かい振動だけがフレームに伝わるようになるはずだ」


僕はジャッキで重たいエンジンブロックを持ち上げ、バルカから譲り受けた『特殊な硬い木材の端材』と硬質ウレタンを限界まで詰め込み、太いボルトで親の仇のようにガチガチに締め上げる。


「次はパネルだ。広すぎると太鼓みたいに『ボーン』と低い音で響いちまう。裏に筋交いを入れて、叩けば『カンッ』ていう高い金属音になるようにする」


バチバチッ! と火花を散らしながら、村のガラクタの鉄骨を細かく切って、ジュラルミンパネルの裏に何本も溶接していく。


「最後は排気管に枝みたいな短いパイプを溶接する。空のビンの口を吹くと高い音が鳴るだろ? それと同じ『共鳴器(レゾネーター)』だ。低い排気音を打ち消して、さっきの真鍮板と同じ高音だけを響かせるんだよ」


理屈は完璧だった。だが、トラクターの暴力的な低音を、小綺麗な高音に作り変える作業は困難を極めた。

エンジンのスロットルを開けても、変わるのは音の『大きさ』だけで、音の『高さ』は部品の物理的な形で完全に固定されるように、俺が改造してしまったからだ。

少しでも鳴る音がズレていれば、一度エンジンを止め、熱々のマウントの木材をコンマ数ミリ削り直し、パネルの筋交いの位置を少しだけずらして溶接し直さなければならない。


気が遠くなるような地道な微調整の連続だった。

硬くしすぎた木材のマウントがエンジンの振動に耐えきれずに何度も砕け散り、パネルの筋交いは位置が数ミリずれるだけで濁った不協和音になる。

バルカから分けてもらった貴重な植物油を節約するため、テスト起動は常にスロットルを最小限に絞って行った。音の高ささえ合っていれば、ほんの小さな音量でも石は必ず反応するはずだからだ。

だが、少しでも音が外れていれば、浮遊石はうんともすんとも言わない。


失敗するたびに、焦燥感が募っていく。


それでも、誰も諦めなかった。シェリルとリゼが気嚢の前方にフラップ(排気口)を縫い上げる横で、最初は遠巻きに見ていた村の子供たちや大人たちも、いつしか僕たちの無謀な挑戦に巻き込まれ、重たい鉄骨を運ぶのを手伝ってくれるようになっていた。


不時着から三週間が過ぎた、ある日の夜明け前。

数百回にも及ぶ微調整を終え、煤と油で真っ黒になった顔を見合わせ、僕とカイルは深く頷いた。

リゼとシェリル、そしてバルカをはじめとする村人たちも、固唾を飲んで見守っている。


「……よし。最後のテストだ」


僕は操縦席に乗り込み、燃料を節約するようにスロットルをほんの少しだけ開いて、スターターを引いた。

キュルルルッ……!


エンジンが目覚めると同時に、ガチガチに固められたマウントと補強されたジュラルミンパネルが、最初から「キィィィィン!」という甲高い金属音を響かせた。

排気管のレゾネーターもヒューーーッという鋭い高音を奏で、船全体がかつてないほど高く、細かい振動に包まれる。


その小さな音の中で。


「……レオ、石が淡く光ってる! 音の高さは完璧に合ってるぞ!」


ガラス管の前に張り付いたカイルが歓喜の声を上げた。

小さな音量でも、石が共鳴し始めたのだ。


「あとは音の大きさだ、レオ! 極限まで石を叩き起こせ!」


僕は目を閉じ、足の裏から伝わる微細な振動と、エンジンが上げる悲鳴のような高音に全神経を集中させた。

スロットルレバーをミリ単位で押し込み、エンジンの回転数を上げていく。

音の高さは変わらないまま、その音の大きさが、船体をバラバラにするほどの凄まじいエネルギーを帯びていく。

エンジンブロック、排気管、フレームの全てが一つの『音』として完全に重なり合い、トラクターのエンジンが巨大な楽器となって、澄み切った一つの『和音』を天欠島の空に響かせた。


――フォォォォォォォォン……!!!


「共鳴した……!」


カイルが歓喜に震える声を上げた直後。

ガラス管の中の浮遊石が、太陽の光すらかき消すほどの、爆発的な青い閃光を放った。


バキバキバキッ!


空へ上がろうとする莫大な(浮力)が気嚢に充満し、機体を岩場に繋ぎ止めていた太い係留ロープが、限界を超えて悲鳴を上げる。


「シェリル! 前方のフラップを開けろ!!」

「開けるわ!!」


シェリルが力いっぱいにロープを引くと、気嚢の前方に設けられたスリットが大きく開いた。

途端に、気嚢内部で極限まで圧縮された青い光の粒子――『空へ上がろうとする空気』が、前方に向かって凄まじい勢いで噴き出した。


ズォォォォォォンッ!!!


マイナスの重さを前へ噴き出し、その逆の反動で船ごと前へ引っ張るという、常識破りの推進力。

アルバトロス号の巨大な鉄の船体が、前方へと爆発的な力で『引っ張られ』、岩肌を激しく削りながら前進しようと暴れ狂う。

トラクターの荒々しい爆音と、古代の純粋な音響技術。二つの相反するテクノロジーが完全に融合し、かつてない桁外れの推力を生み出していた。


「……す、凄い……!」

リゼが風圧に耐えながら、信じられないものを見る目で機体を見上げる。


見守っていたバルカや村人たちも、金属の鉄屑が「生きた魔法の楽器」として蘇り、圧倒的な力で空を掴もうとしている姿に、言葉を失っていた。


「どうだ、カイル! 計算通りか!」

僕はエンジンの出力を落とし、興奮冷めやらぬ声で窓から叫んだ。


「ああ! 推力も浮力も、以前の比じゃない! これなら……あの壁を粉砕できる!」

カイルが空に向かって拳を突き上げ、野良犬のように牙を剥いて笑った。


数週間に及ぶ泥臭い試行錯誤の末、最高の整備士の『腕』と、最高の理論家の『頭脳』が完全に噛み合い、不可能を可能にする「奇跡の心臓」が完成したのだ。


僕は操縦席から降り、嵐の絶壁へと視線を向けた。

雷鳴が轟く漆黒の壁は、相変わらず僕たちを拒絶するようにそびえ立っている。

だが、今の僕たちの船は、どんな暴風もぶち抜く絶対的な力を手に入れた。


「……さあ、いよいよ大詰めだ」


僕は油まみれの手でスレッジハンマーを肩に担ぎ、仲間たちを振り返って不敵に笑った。


「伝説の都の扉を、俺たちの手でこじ開けに行こうぜ」

読んでいただき、本当にありがとうございます!

澄み切った高音の和音と共に、爆発的な青い閃光を放つ浮遊石。

そして、マイナス質量の前方噴射による、岩肌を削るほどの桁外れの推力!

不可能を可能にした彼らの前に、もはや越えられない壁はありません。


もし「カイルの覚醒熱い!」「悪魔的エンジンの誕生にワクワクした!」と思っていただけましたら、

ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の何よりの原動力になります!

(皆様の応援が、彼らを嵐の向こうへ押し出す推力になります!)


明日、いよいよ『嵐の壁』をぶち抜きます! 絶対にお見逃しなく!

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