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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第5部 帰還と、空の時代の幕開け
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第120話 鉄の街の新しい風

連日のご訪問、本当にありがとうございます!

アイアンポートに滞在中の4人。

リゼは特級商会を手玉に取り、カイルはエリート整備士たちを指導する。無双状態の彼らをお楽しみください!

アルバトロス号がアイアンポートのメインポートへ強行着陸し、僕たちがギルドの常識を木っ端微塵に粉砕してから、早くも数週間が経過していた。


その間、僕たちはアイアンポートの上層に留まり、凄まじい熱気と狂騒の中心に居続けている。


「……信じられない。この『天空の塩』は、グラムあたりの取引価格が白金(プラチナ)を超えましたぞ!」

神鋼(オリハルコン)のサンプルはどうだ!? ギルドの装甲艦の骨格に加工できれば、軽量化と強度の両立において百年の技術的飛躍になるぞ!」

「それだけじゃない! この『音叉の結界』の理論データだ! 分厚い装甲や巨大な気嚢に頼らずとも、音の波長で嵐や雷を弾き返すだと!? これが標準搭載できれば、積載のペイロードは今の十倍に跳ね上がる!」


アイアンポートの中枢、特級商会とギルド幹部だけが入ることを許された豪奢な大広間は、連日、未知の技術と莫大な利益を前に欲望を剥き出しにした大人たちの、怒号のような歓喜に包まれていた。


僕とカイルは、その会議室の壁際に寄りかかり、腕を組んで面白そうにその光景を眺めていた。

円卓の中心で、分厚い帳簿とアエテリアの王から託された『独占交易協定書』を盾に、優雅に、そして悪魔のように微笑んでいるのは、もちろんリゼだ。


「あら、そんな端金で私たちの独占ルートを譲れると思っているの? アエテリアには、この塩や神鋼以外にも、空の船の素材となる特別な木材や布地が山のように眠っているのよ」

リゼは、香りの良い紅茶を啜りながら、ギルドの重鎮たちを小動物のように手玉に取っていた。


そして今、リゼの隣には、かつて大人たちの威圧感に怯えていた星読みの少女の姿はない。

シェリルは、真鍮のアストロラーベを胸に提げ、堂々とした態度で巨大な海図をコンソールの上に広げていた。


「嵐の壁を安全に抜ける『風のトンネル』の座標、磁気異常を無効化する星の軌道データ、そして無風地帯の気流の読み方。……それらすべてを網羅した『星の道』の完全なデータは、私が持っています」

シェリルの凛とした声に、ギルドの歴戦の航海長たちが息を呑んで静まり返る。


「この海図に基づく新航路の『独占使用権』。そして、航路上の安全を確保するため、私たちが指定した座標への中継基地と灯台の建設。……これが、私たちがギルドに提示する条件です」


「なっ……! 我々ギルドの資金で基地を作らせた上で、航路の支配権は君たちが握るというのか!?」

幹部の一人が立ち上がって反発するが、リゼがすかさず扇子をピシャリと閉じて冷たく言い放った。

「ええ、そうよ。私たちの故郷への定期航路を整備するための『投資』をしなさいって言ってるの。……うちの優秀な航法士の条件が飲めないなら、別の街の商会と取引するまでだけど?」

「ま、待ってくれ! 要求はすべて丸呑みする! だからその航路の利用権と、神鋼の第一ロットだけは我が商会に……!」


かつて、燃料代を五倍に吹っかけられ、逃げるようにこの街のスラムへ追いやられた少女たちは、今やアイアンポートの経済と物流を根底から支配する「大商人」と「主席航法士」として完全に君臨していた。

リゼが指を鳴らし、シェリルが海図を指し示すだけで、莫大な富と権力が僕たちの足元へと転がり込んでくるのだ。


「……たくましくなったもんだ。もう俺たちが出る幕はねえな」

「ああ。彼女たちの交渉力とナビゲートがあれば、世界中の空が僕たちの庭になるね」

僕とカイルは顔を見合わせて笑い、熱狂する会議室をそっと抜け出した。


向かった先は、アイアンポートの地下に広がるギルドの『第一技術開発局』の巨大な工場だ。

ここでもまた、別の意味での「革命」が起きている。

僕たちが持ち込んだアルバトロス号をモデルにして、ギルドの次世代大型輸送船の試作機が急ピッチで建造されているのだ。


「おい、そこ違うぞ! 音叉のマウント部分にゴムブッシュなんか挟んだら、エンジンの振動が吸収されちまうだろ!」

「も、申し訳ありません、レオ先生! 我々のマニュアルでは、振動はすべてゴムで相殺するものと……!」

「だから、そのマニュアルが古えんだよ。振動は『殺す』んじゃなくて『音』に変換して響かせるんだ。直留めしろ!」

「は、はいっ!」


油まみれの作業着を着た僕が怒鳴ると、かつて僕たちを「野良犬」と見下していた白い作業着のギルドのエリート整備士たちが、慌ててスパナを握り直す。

彼らの視線の先には、カイルの設計図を元に組み上げられている『共鳴型キメラ・ドライブ』の巨大なモックアップがあった。


「素晴らしい……! エンジンの物理的な振動が、音叉の周波数によって見事な『和音』へと変換され、浮遊石の励起と結界の出力を完全に制御している!」

カイルが最新の計測機器のデータを睨みながら、歓喜の声を上げる。


「しかも、冷却コンプレッサーによる『断熱膨張冷却(フロスト・バイト)』の並列化により、熱暴走のリスクは理論上ゼロになった。これなら、ギルドの巨大な装甲艦でも、あの嵐の壁を安全に越えられるぞ!」


「カァーッハッハッハッハ!!」

工場の奥から、バルド技術長官が腹を抱えて笑いながら近づいてきた。


「お前さんたちのハイブリッド理論、何度見ても痛快すぎる! 俺たちギルドの技術部が『安全第一』で何百年もチマチマやっていた研究を、たった数枚の計算式と、トラクターのエンジンの暴力で飛び越えちまいやがった!」

バルドは僕の肩をガシッと大きな手で掴んだ。


「レオ、カイル。お前たちの残してくれたこの技術は、必ず俺の責任でギルドの標準装備にまで引き上げてやる。……これでもう、空に越えられない壁はなくなるぞ」

「へっ、頼むぜおっさん。せっかく俺たちが嵐に風穴を開けたんだ。誰でも安全に飛べるようにしてくれなきゃ、技術を渡した意味がねえ」


僕は真っ黒になった手で鼻の頭を擦り、ニヤリと笑った。


アエテリアの宝と、嵐を無効化する新しいエンジンと結界技術。

僕たちが持ち込んだ革命は、アイアンポートという閉鎖された街の空気を完全に変えていた。


そして、この数週間の滞在の間に、「死の嵐を越えた四人の若者たち」と「熱暴走を克服した無敵の船」という信じられない噂は、ギルドの伝書鳥や行商人の口コミに乗って、大陸中の空へ爆発的な勢いで広まっていたのだ。


その日の夕方。


僕たちはギルドの会議室に押し入ってリゼとシェリルを引っ張り出し、四人揃ってアイアンポートの最も見晴らしの良い展望デッキに立っていた。

眼下には、雲海に沈みゆく夕日と、オレンジ色に染まる鉄の街が広がっている。

かつては僕たちを縛り付け、冷たく見下していたこの街が、今は僕たちが持ち込んだ新しい風に吹かれ、熱狂と活気に満ちていた。


「やりきったわね……」

リゼが、疲れ切ったような、でも最高に晴れやかな顔で手帳をパタンと閉じた。


「ギルドとの基本協定はすべて結び終わったわ。莫大な前払金も確保したし、私たちの指定した航路の関税は永久にゼロ。……これで、私たちの故郷は、世界で一番豊かな交易の拠点になれるわよ」

「僕の方も、バルド長官への技術移譲は完了した。あとは彼らが、あの図面をどう進化させていくかだ」

カイルも丸眼鏡を押し上げ、誇らしげに眼下の街を見下ろした。


「じゃあ、これで本当に全部終わりだね」

シェリルが胸のアストロラーベを大切そうに撫でる。


僕は頷き、遥か南の空――僕たちの本当の故郷がある方角を見据えた。

アルバトロス号は、アエテリアの神鋼で流線形に打ち直され、結界技術という最強の盾を手に入れた。間違いなく、世界一の無敵艦だ。


「ああ。野良犬の長かった旅も、いよいよラストフライトだ」

僕は仲間たちの顔を順番に見回し、ニッと笑った。


「明日の朝イチで、ここを出る。……帰るぞ、俺たちの街へ!」


「「「おう!!」」」


僕たちの声は、新しい時代を迎えたアイアンポートの夕風に乗って、高く、遠くへ響き渡っていった。

お読みいただき、ありがとうございます!

ギルドの重鎮やエリートたちを完全に圧倒し、新しい空の時代のルールを作り上げるリゼとシェリル、そしてレオとカイル。

彼らが持ち込んだ技術と海図が、閉鎖的だったアイアンポートの空気を完全に変えました。

そして、いよいよ。

明日は、彼らの「本当の故郷」へ帰るラストフライトです!

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