第119話 突きつけられた真実
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騒然とするメインポートに現れたのは、バルド技術長官とガレイン特務大尉。
彼らに、アルバトロス号の真の力と「新しい海図」を突きつけます。
「銃を下ろせと言っているのが聞こえんのか、馬鹿者どもが」
静まり返ったメインポートに、低く、腹の底に響くような重厚な声が轟いた。
道を開ける警備隊員たちの奥から姿を現したのは、二人。
一人は、高級なギルド幹部のコートの下に、油と煤の染み付いた分厚い作業着を着込んだ恰幅の良い初老の男――アイアンポート技術長官、バルド。
もう一人は、汚れ一つない純白のパイロットスーツに身を包んだ、金髪の青年。かつて『迷いの峡谷』で僕たちと死線を駆け抜けたエリートパイロット、ガレインだった。
「バ、バルド技術長官! それにガレイン特務大尉! しかし、この無許可の船は……!」
「黙らんか。見れば分かる。こいつらはギルドの敵じゃない」
バルドは警備隊長を一喝すると、ズンッと重い足取りで船に近づき、目をすがめて僕たちの乗るアルバトロス号――いや、『無敵艦』を舐め回すように見上げた。
ガレインもまた、信じられないものを見るような目で、スマートな機体の細部を観察していた。
「……レオ。以前、迷いの峡谷で別れた時、君たちは『死にに行く野良犬』のような目をしていた」
ガレインが一歩前に出て、かすかに震える声で言った。
「だが、なんだこの船は。気嚢のシルクの異常な輝き、古代の遺物でしか見たことのない神鋼の装甲板。そして……先ほどの、物理法則を完全に無視した空中静止。後方から放出されたマイナス質量の逆噴射だとでも言うのか? あんな制御、私のシルフィード号の最新システムでも不可能だぞ……!」
「久しぶりだな、エリートさん」
僕は操縦席の窓枠に肘をつき、ニヤリと笑った。
「システムなんかに頼ってるからダメなんだよ。こいつの制御は、全部『音』だ。俺たちの手と耳で、完璧に調律してある」
「音、だと……?」
バルドが船にさらに近づき、エンジン周りに顔を近づけた。
熱を帯びたキメラ・ドライブからは、今もオゾンと焼けた油の匂いが立ち昇っている。だが、かつてのような「今にも爆発しそうな」不安定な熱気はない。
バルドの鋭い鷹のような目が、船の中央に設置された『音叉』と、それがエンジンマウントと直接繋がっている構造に釘付けになった。
「……信じられん。お前さんたち、トラクターのエンジンの暴力的な振動を、この音叉の周波数で『和音』に変換し、浮遊石に共鳴させているのか……? 物理的な力任せの打撃ではなく、音響による完璧な励起制御……。これなら、熱暴走の恐怖から完全に解放される!」
バルドの分厚い手がワナワナと震えていた。
「俺たちギルドの技術部が何百年かけても辿り着けなかった安全性の究極の答えに、こんな……こんな泥臭いジャンクの寄せ集めと古代技術のハイブリッドで辿り着いたというのか!」
「それだけじゃありませんよ、バルド長官」
助手席のドアを開け、カイルが分厚い束になった図面と計算式を抱えて降りてきた。続いてシェリルが、革の筒を大切そうに抱えて降り立つ。
「これは、カッシーニの観測所跡で回収した真の星図と、シェリルが実測した『絶望の海』以降の完全な海図。そして、アエテリアの王から託された『外界の広大な海図』です。……そして僕の持っているのが、この『共鳴型キメラ・ドライブ』の基礎理論の計算式」
カイルは丸眼鏡を押し上げ、誇り高く宣言した。
「ギルドの航法システムでも抜けられなかった見えない壁は、もう存在しません。僕たち四人が、空の地図を塗り替えました」
その言葉に、周囲を取り囲んでいた商人やギルドの役人たちがどよめいた。
「未知の空域の海図だと……!?」
「それに熱暴走を起こさない究極のエンジン理論……! それが事実なら、空の物流は根底から覆るぞ!」
「ええ、覆してもらわなきゃ困るのよ」
リゼが、先ほどの最高純度の『天空の塩』が入った革袋を頭の上でチャリンと鳴らしながら、悠然とタラップを降りてきた。
「私たちは、嵐の壁の向こう側にある伝説の都『天水都』へ到達しました。この純度百パーセントの塩や、気嚢に使われている絶対の強度を持つ布は、すべてあそこの特産品よ。そして――」
リゼは懐から、羊皮紙に書かれた仰々しい書状を取り出し、バルドの胸に突きつけた。
「これは、アエテリアの王アルディスが直々にサインした『独占交易協定書』。私たちアルバトロス号を唯一の仲介人として、彼らの資源を外界へ提供し、代わりに外界の土と鉄を受け入れるという正式な国家間契約よ」
水を打ったような静寂が、メインポートを包み込んだ。
ギルドという絶対的な権力によって管理され、限られた空域だけで安全な商売を回していた大人たちの常識が、たった四人の十七歳の若者たちによって、木端微塵に粉砕された瞬間だった。
「……ふざけるなッ!!」
最初に叫んだのは、さっきまで震えていた警備隊長だった。
「そんなでっち上げが通用するか! その塩も、海図も、技術も、すべてギルドの管理下におくべきだ! 長官、こいつらを直ちに拘束し、船を解体して――」
「黙らんか、マニュアルしか読めん唐変木が!!」
バルドの怒声が、爆発のように轟いた。
大男の技術長官は、警備隊長の胸倉を掴み上げて放り投げると、深く息を吐き出し、そして――。
「ガァーッハッハッハッハッハ!!」
腹を抱え、涙を流さんばかりの大笑いを始めた。
「傑作だ! 痛快すぎる! 俺たち大人が『安全第一』なんて言ってビビって閉じこもっていた鳥籠を、死んだはずの野良犬どもが外側から蹴り破って帰ってきやがった!!」
バルドは笑いすぎてむせた後、真剣な目つきで僕を見た。
「……レオ。お前たち、これだけの技術と海図、そして交易の権利を独占すれば、このアイアンポートどころか、大陸中の空を支配する『王』にだってなれるぞ。なぜ、ギルドのど真ん中にこんなものをひけらかしに来た?」
「王様なんて、柄じゃないんでね」
僕はハンマーを肩に担いだまま、バルドを見返した。
「俺は、親父から継いだ田舎の修理屋だ。最高の翼を作って、空の向こうに行きたかっただけさ」
僕は船体に視線を向け、優しくその神鋼の壁を叩いた。
「俺たちの手で、空の果てまで行き着いて、世界一の無敵艦を手に入れたんだ。これでもっと、もっと自由に、世界中の空を飛び回ってみたい。……でも、向こうには、まだまだ大量の土と鉄が必要なんだ。俺たちのアルバトロス号一隻じゃ、とうてい運びきれねえ」
僕はカイルから図面の束を受け取ると、それを惜しげもなくバルドの胸に押し付けた。
「だから、図面は全部くれてやる。アエテリアの王から貰った海図も共有してやる。その代わり……あんたらの持つ資金と設備で、俺たちの船よりずっとでっかくて、大量の荷物を安全に運べる『新しい船』をたくさん作ってくれ」
「……俺たちに、作れと?」
「ああ。技術は独占したって意味がねえ。広めて、繋いでいくもんだ。……そうだろ、長官?」
バルドは押し付けられた図面と、僕の顔を交互に見た後、ニヤリと深く、獰猛な笑みを浮かべた。
「……生意気なガキだ。だが、最高のオーダーだ。技術屋の血が沸き立ってきやがる」
「なら、私も一枚噛ませてもらおうか」
ガレインが一歩前に出た。その目は、エリート特有の冷ややかさを完全に捨て去り、純粋な空への渇望に燃えていた。
「新しい空の道、新しいエンジン。となれば、それを真っ先に乗りこなす最高のテストパイロットが必要だろう? レオ、君たちの拓いた道は、この私がギルドの先陣を切って飛ばせてもらう」
「おう! せいぜい嵐にビビって墜落しないように気をつけてな、エリートさん!」
「ふっ……言うようになったな、野良犬」
僕とガレインは、お互いに一歩も引かない視線を交わし、そして同時に吹き出した。
「さあ、いつまでも油売ってる場合じゃないわよ、あんたたち!」
リゼがパンッと手を叩いて仕切り直す。
「まずはギルドの上層部と、この『塩』の正式な価格交渉よ! 足元を見られないように、私がきっちり相場をコントロールしてやるわ。バルド長官、最高の会議室を用意してちょうだい!」
「やれやれ、これだから商人は恐ろしい。案内する、こっちだ」
バルドに連れられ、僕たちは意気揚々とギルドの中枢へと歩き出した。
周囲の群衆は、もはや僕たちを「無許可のならず者」としてではなく、「新しい時代をこじ開けた英雄」として道を開け、畏敬の眼差しで見送っていた。
僕は歩きながら、ふと後ろを振り返った。
朝日に照らされたメインポートの中央で、静かに翼を休めるアルバトロス号。
トラクターのエンジンと戦車の冷却器、ガラクタの鉄骨を継ぎ接ぎした不格好な姿から始まり、今やアエテリアの神鋼で流線形に打ち直された、美しくも獰猛な無敵艦。間違いなく、誰よりも速く、誰よりも遠くへ飛んだ、世界一の俺たちの翼だ。
だが、旅はこれで終わりじゃない。あの寂れた親父の工房――俺たちの本当の故郷に帰り着くまでが、このフライトだ。
「……もう少しだけ頼むぜ、相棒。最後までかっ飛ばそうぜ」
小さく呟いた僕の言葉は、これから始まる「新しい空の時代」の熱気に飲まれ、静かに大空へと溶けていった。
最後まで読んでいただき、感謝です!
驚愕する大人たちに、海図と技術を独占せずに「新しい船をたくさん作ってくれ」と頼むレオ。
王様になるのではなく、開拓者として空を広げる道を選ぶ姿が最高にかっこいいですね。
ガレインとのライバル関係も良い味を出しています。
次回、アイアンポートで大旋風を巻き起こします! 明日もお楽しみに!




