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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第5部 帰還と、空の時代の幕開け
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第118話 堂々たる強行着陸

今日もページを開いていただき、ありがとうございます。

白亜のメインポートへ、爆音と共に強行着陸した野良犬たち。

無数の銃口を突きつけられる絶体絶命のピンチ……ではなく、リゼの独壇場が始まります!

アイアンポートの巨大な岩峰の壁面に沿って、アルバトロス号は一気に高度を稼いでいく。

眼下には、僕たちがかつて身を潜めるようにして停泊した、煤煙と油に塗れた下層の『臨時整備区画』や第4街区のスラムが、あっという間に小さく霞んでいった。

行きは、あそこのジャンク屋で部品を漁り、ギルドの役人に燃料代を五倍に吹っかけられ、最後は追われるように逃げ出した。あの時は、見上げることすら許されなかった「雲の上の世界」。

だが今は、特級浮遊石の圧倒的な反重力エネルギーにより、その「雲の上」へと瞬きする間に到達しようとしている。


「高度三千五百、三千八百……! まもなく上層のメインポート空域に進入するわ!」

助手席のシェリルがアストロラーベから顔を上げ、弾んだ声で報告する。


「管制塔からの警告無線、いよいよヒステリックになってきたぞ」

カイルがスピーカーのボリュームを少し下げながら、呆れたように手帳を閉じた。


『――直ちに引き返せ! これ以上の上昇はギルドへの明確な敵対行為と見なす! 対空砲の照準はすでに合っている、撃墜されたくなければ今すぐエンジンを止めろ!』


「撃墜、だとさ」

僕はスロットルレバーを握ったまま、鼻で笑った。


「やれるもんならやってみな。嵐の壁の落雷すら弾き飛ばす俺たちの『音叉の結界』に、あんな見掛け倒しの対空砲で傷一つつけられるもんかよ!」


「その通りよ。それに、今の私たちのカーゴには、この世界の相場を根底からひっくり返す『天空の塩』が山積みなんだから。もし少しでも傷をつけたら、ギルドの幹部連中に一生かけても払いきれない損害賠償を請求してやるわ」

リゼが後部座席で腕を組み、えげつない笑みを浮かべて言い放つ。


パァァァァッ……!


アルバトロス号が雲海を完全に突き抜け、アイアンポートの頂――上層部へと躍り出た。

視界に飛び込んできたのは、見渡す限りの純白の石畳と、太陽の光を反射して輝くガラス張りの管制塔。そして、各プラットフォームに整然と係留されている、白亜に塗装されたギルドの美しく巨大な正規船の群れだった。

煤煙の匂いなど一切しない。選ばれた特権階級と、莫大な税金を払える大商人だけが立ち入ることを許された、清潔で安全な「空の特等席」だ。


そこへ。


ドォォォォォォンッ!!!


澄み切った高音の和音と、腹の底を揺らすトラクターエンジンの野蛮な重低音を響かせ、青白い排気の閃光を引いた『銀色の異物』が猛スピードで突っ込んできたのだ。


「うわあああっ!?」

「な、なんだあの船は!?」


メインポートを優雅に歩いていた貴族や裕福な商人たちが、頭上を覆い隠す巨大な気嚢と、聞いたこともない異様な爆音に悲鳴を上げて逃げ惑う。


「おい、対空砲はどうした! なぜ撃たない!」


拡声器から管制官のパニックを起こした怒号が響くが、無理もない。

アルバトロス号は、彼らの常識の範疇にある「ゆっくりと降下してくる飛行船」ではなかった。マイナス質量を噴射する極限の機動力により、戦闘機のようなスピードでポートの上空を旋回し、一番広く、一番目立つ中央のVIP用プラットフォームへと、まるで獲物に飛びかかる鷹のように急降下したのだ。


「シェリル、後方フラップ全開! 逆噴射(リバース)で急制動かけるぞ!」

「後方全開!!」


ズバァァァンッ!!


アエテリアでの改修時に新たに設けた気嚢の後方スリットが開き、マイナス質量の空気が一気に後部から大気中へ放出され、強烈な反動力のブレーキが掛かる。

アルバトロス号は、白亜の石畳のわずか数メートル上空で、物理法則を完全に無視したようにピタリと空中に静止(ホバリング)した。

船体を包む蒼い『音叉の結界』がシュゥゥゥ……と微かな波紋を広げながら消え去り、極めて滑らかに、分厚いタイヤがメインポートの石畳に接地した。


ギィィィン……と、白亜の床に真っ黒なタイヤの跡がくっきりと刻み込まれる。

エンジンの回転が下がり、ドッドッドッドッ……という腹の底に響く重低音のアイドリング状態へと移行した。

圧倒的な静寂と清潔さが支配していたアイアンポートの中心に、僕たちの持ち込んだ「油と熱」の匂いが、強烈な存在感を持って広がっていく。


「……ふぅ。完璧な着陸だったな」

僕は浮根杉の操舵輪から手を離し、肩の力を抜いて深く息を吐いた。


「ええ。最高の気分よ。……さあ、お出迎えが来たわね」

リゼが窓の外を顎でしゃくる。


着陸から数十秒も経たないうちに、メインポートの四方八方から、完全武装したギルドの警備隊が数十名規模で殺到してきた。彼らは一斉にライフルを構え、アルバトロス号を何重もの円陣で完全に取り囲む。


『――所属不明の違法船に告ぐ! 貴様らはギルドの絶対管轄空域およびメインポートへの不法侵入罪を犯した! 直ちにエンジンを完全に停止し、両手を上げて船から降りろ! 抵抗すれば即座に射殺する!』

拡声器を持った警備隊長が、真っ赤な顔をして怒鳴り声を上げている。


周囲の安全な距離からは、避難した貴族やエリートパイロットたちが、何事かと遠巻きにこちらを指差してざわめいていた。


「なんだあの不格好な船は? だが、あの銀色の装甲は見たことがないぞ」

「気嚢の布地も……あれは絹か? いや、あんな光沢のある布、ギルドの交易品にも存在しないはずだ」

四方八方から突きつけられる銃口と、数百人の敵意に満ちた視線。


かつての僕たちなら、この圧倒的な権力の暴力の前に、顔を青ざめて震え上がっていただろう。

だが。


「さあ、野良犬の凱旋だ。胸張って降りようぜ」

僕はスレッジハンマーを肩に担ぎ、仲間たちに向かってニッと笑った。


「当たり前でしょ。私たちは今、この空で一番偉い『大商人』なんだから」

リゼも新しい革の外套を羽織り、不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。


プシューッ! という排気音と共に、アルバトロス号の重たい側面ハッチが蹴り開けられた。

ガチャン、ガチャンと、金属のタラップが白亜の石畳に下ろされる。


周囲の警備隊員たちが一斉に銃を構え直し、緊張が頂点に達する中。

僕たちは四人並んで、ゆっくりと、そして堂々とした足取りでタラップを降り、アイアンポートのメインポートへと降り立った。


先頭に立つのは、油まみれの作業着を着て、スレッジハンマーを担いだ僕。

続いて、真新しいアストロラーベを胸に抱き、少しも怯むことなく真っ直ぐに前を見据えるシェリル。

片手に分厚い手帳と計算尺を持ち、冷静に周囲の戦力を分析するように丸眼鏡を押し上げるカイル。

そして最後尾から、最高級の布で仕立てられた外套を翻し、まるでこの街の所有者であるかのように優雅に、そして傲慢に笑うリゼ。


「な……お前らは……!」

警備隊長が、僕たちの顔を見て驚愕に目を見開いた。


「お、お前らはたしか……数ヶ月前、下層のドックから入港許可証もなしに逃亡した、あの生意気なガキども……!」


彼の言葉に、周囲のギャラリーからも「あいつら、あの時の野良犬か!?」「まさか、あのポンコツ船をこんな化け物に改造して帰ってきたのか!?」と、信じられないものを見るような驚きの声が波のように広がっていく。


「久しぶりだな、ギルドのお偉いさん方」

僕は、鼻先まで突きつけられた無数の銃口を全く意に介さず、肩に担いだハンマーの柄をポンポンと叩いた。


「行きは随分と冷たく追い出されちまったが、今日はとびきりの『お土産』を持って帰ってきてやったぜ。そんな物騒な鉄砲を向けてる場合じゃないと思うがな」

「黙れ! ここは貴様らのような下層のゴミが足を踏み入れていい場所ではない! 直ちにその違法船を没収し、貴様らを投獄する!」

警備隊長が顔を真っ赤にして部下たちに合図を送ろうとした、その瞬間だった。


「――お待ちなさい」

リゼが、氷のように冷たく、しかし圧倒的な威圧感を持った声で言い放った。


「ゴミですって? ……ねえ隊長さん。あなたたち、私たちが今、この船のカーゴに『どんな価値の物』を積んでいるか、理解して銃を向けているの?」

「何だと?」


警備隊長が怪訝な顔をする中、リゼは懐から小さな革袋を取り出し、親指と人差し指で『ひとかけらの結晶』をつまみ上げた。そして、それを太陽の光に透かすように高く掲げる。

結晶は、ダイヤモンドのように眩く、一切の不純物を持たない光を放った。


「あなたたちも知ってるでしょ? アイアンポートの最高級市場で、グラム単位で取引されている『白金塩』を。あれの純度はせいぜい八十パーセントってところね。でも……これはどう見える?」

「まさか……」

遠巻きに見ていた貴族や商人たちの中から、悲鳴のような声が上がった。

「お、おい見ろ! あの結晶の透き通るような輝き……まさか、純度百パーセントの『塩』なのか……!?」

「それに、あの船の気嚢に使われている布……光沢が異常だ! あんな素材、ギルドの交易品にも存在しないぞ!」


ざわめきが、明確な「欲望」と「驚愕」の入り混じったどよめきへと変わっていく。

リゼは満足げに鼻で笑い、警備隊長に向かってビシッと人差し指を突きつけた。


「この船のカーゴには、その最高純度の塩が山積みになっているわ。もしあなたたちが発砲して、積荷に傷が一つでもつけば……ギルドの上層部は『得られるはずだった莫大な利益』をフイにしたあなたたちをどうするかしら? 一生、下層区の石炭掘りに落とされるんじゃない?」


「なっ……!」

警備隊長が顔を引きつらせ、構えていた銃口が微かに震え、下がり始めた。末端の兵士にとって、幹部の利益を損なうことでの責任追及は命よりも恐ろしい。


「撃ちたければ撃てばいいわ。でも、私たちは大自然の壁を越え、幻の空域から正規の『独占交易権』をもぎ取って帰ってきたの。つまり、今の私たちは単なる侵入者じゃなく、ギルドにとって『逃せば大損害になる最大のビジネスパートナー』よ」

リゼは一切の容赦なく、冷酷に言い放った。


「話の通じない三流の番犬じゃ交渉にならないわ。撃つ度胸がないならさっさと銃を下ろして、ギルドの『一番偉い責任者』をここに連れてきなさい!」

銃口に囲まれながらも、彼らの権力を真っ向からへし折る圧倒的な宣言。


かつては逃げ惑うしかなかった野良犬たちは、今や分断された世界を繋ぐ「最強の翼」と「莫大な価値」を武器に、巨大な鳥籠の扉を内側から完全に蹴り破ったのだ。

アイアンポートのメインポートは、一人の少女の言葉によって、完全なる沈黙と混乱の渦に飲み込まれていった。

お読みいただき、ありがとうございます!

圧倒的な権力を持つギルドの警備隊を、たった一握りの「純白の塩」と交渉術だけで沈黙させるリゼ! 痛快すぎますね!

逃げ惑うしかなかった行きとは違い、完全にこの空の「価値」を支配した4人。

次回、あの因縁の大人たちが登場します!

明日も夜にお待ちしています!

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