第115話 最果ての街の熱狂
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白銀の斜面を滑降し、最果ての吹き溜まり「ラスト・ドロップ」へ凱旋!
死んだと思われていた彼らの帰還に、ザックやガラン親父の反応は!?
白銀の斜面をなぞるように滑降するアルバトロス号の窓から、懐かしい景色が見えてきた。
どこまでも続く雲海から突き出した、赤茶けた巨大な岩山。そこにへばりつくように無秩序に増築されたトタン屋根の群れと、粗悪な石炭が吐き出す何本もの黒煙。
アイアンポートの査察官なら眉をひそめるであろうその雑多な光景が、今の僕たちにはたまらなく愛おしかった。
「見えたわ! 最果ての吹き溜まり、『ラスト・ドロップ』よ!」
助手席のシェリルが、窓ガラスにへばりついて歓声を上げた。
「ああ。あの煙の匂いまで懐かしいぜ。……カイル、結界の出力を少し下げてくれ。あんまり神々しい光を放ってたら、街の連中にギルドの新型兵器か何かと勘違いされて、対空砲を撃ち込まれかねないからな」
「了解。音叉の共鳴周波数を巡航モードに落とす」
カイルがコンソールを操作すると、船体を包んでいた蒼いドーム状の光がスッと薄れ、透明に近くなった。
僕はスロットルを絞り、キメラ・ドライブの「和音」のボリュームを落としていく。
行きは、スーパーチャージャーで限界まで空気を押し込み、エンジンが焼き切れる寸前の爆音を轟かせながら、やっとの思いでこの街を飛び立った。
だが今は、特級浮遊石の圧倒的な反重力エネルギーにより、エンジンは心地よい重低音を響かせているだけで、船体は羽毛のようにふわりと空に浮いている。
僕は一番外れにある、かつて僕たちが借りていた見覚えのある木と鉄骨の空き桟橋を見つけ、滑らかに機首を向けた。
その頃、ラスト・ドロップの桟橋では、顔の半分に火傷の痕がある空賊のリーダー・ザックが、手下たちと安い酒を飲みながら空を見上げていた。
「……おい、頭。なんか北の空から、すげえスピードで下りてくる船がいねえか?」
手下の一人が指差す先を見て、ザックは眉をひそめた。
「ああん? ギルドの探査船か?だが、あんな銀色にピカピカ光る流線型の船なんて、見たことねえぞ。第一、あの北の『白い山脈』の方向から飛んでくるなんて……」
ザックの言葉が、途中でピタリと止まった。
近づいてくるその船のシルエット。神々しい銀色の装甲と、風を孕んで膨らむ巨大な気嚢。
見た目は完全に別の船だ。だが、機体後部から突き出した無骨な排気管のレイアウトと、船体に描かれた不格好な『鳥のマーク』には、見覚えがあった。
「……嘘、だろ」
ザックが持っていたジョッキを取り落とし、ガチャンと音を立てて床にエールがこぼれた。
周囲のならず者たちも、その船が自分たちの桟橋に向かって静かに降下してくるのを見て、幽霊でも見るかのように後ずさりした。
ガコンッ。
分厚いタイヤが、音もなく桟橋の木材に接地する。
キィィィン……と微かに鳴っていた音叉の音が止まり、トラクターベースのエンジンの重低音がプツンと切れた。
プシューッ、という排気音と共に、船体側面のハッチが蹴り開けられる。
「よお! 約束通り、一番高いエールを奢ってもらいに帰ってきたぜ!」
僕が油まみれの工具ベルトを揺らしながらタラップに姿を現すと、桟橋に集まっていた数十人の男たちは、まるで時間が止まったかのように一言も発さず、ポカンと口を開けて固まっていた。
「ちょっと、どうしたのよみんなして。鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちゃって」
僕の後ろから、リゼが真新しい革の外套を羽織って不敵に笑いながら降りてくる。続いて、カイルが手帳片手に眼鏡を押し上げ、シェリルが嬉しそうに手を振りながら姿を見せた。
「……レ、レオ? それにリゼ嬢ちゃんに、カイル先生に、シェリル嬢ちゃん……」
ザックが震える手で僕を指差し、何度も瞬きをした。
「お前ら……本当に、あの『白い山脈』を越えて……生きて、帰ってきたってのか!?」
「当たり前だろ」僕はニッと笑った。「言っただろ、野良犬特急便を舐めるなって」
「う、うおおおおおおおおっ!!!」
次の瞬間、桟橋が崩れ落ちんばかりの凄まじい大歓声が爆発した。
「生きてやがった! あのバカども、本当に死の山を越えて帰ってきやがったぞ!!」
「見ろよあの船! ボロボロの鉄屑だったはずなのに、なんだあのすげえピカピカの装甲は!!」
ザックをはじめとする屈強な男たちが、怒号のような歓声を上げながら殺到し、僕を揉みくちゃにして乱暴に抱きしめ、背中をバンバンと叩いてきた。
「騒がしいと思ったら、とんでもない幽霊が帰ってきたもんだな」
歓声の輪を割って進み出てきたのは、この街の顔役である初老の男、ガラン親父だった。
彼の片目の眼帯越しの視線は、アルバトロス号の放つ異様な威圧感と、僕たちの傷一つない姿を信じられないというように往復している。
「ガランのおっさん、久しぶりだな」
「……ああ。お前らが北の山に消えてから、もう何ヶ月も経つ。正直、春になったらお前らの船の残骸を探しに、山麓まで人をやろうかと考えていたところだ。……まさか、本当に壁の向こう側に行ってきたのか?」
「行ったとも! 分厚い『黒い嵐の壁』をぶち抜いて、伝説の都に辿り着いたんだ!」
僕が力強く頷くと、桟橋の熱気はさらに一段階跳ね上がった。
「おいレオ! だったら教えてくれよ、なんだよこの船は!」
ザックがアルバトロス号の滑らかな銀色の船体をバンバンと叩きながら叫んだ。
「行きと全然形が違うじゃねえか! お前らの船はもっとこう、鉄屑とトタンを継ぎ接ぎしたボロ船だったはずだ。この分厚くてピカピカの装甲……ただの鋼じゃねえだろ!」
「それに、機体を包んでたあの蒼い光は何だ!?」
ジャンク屋の老職人ドルトンが、目をひん剥いてカイルに詰め寄った。
「エンジンだって、俺が調整した時はトラクターの泥臭い重低音だったはずだ。それがなんで、あんな高く澄み切った『和音』みたいな音を奏でてやがるんだ! 魔法でも使ったのか!?」
「伝説の都はどうだったんだよ! やっぱり地面が全部黄金でできてたのか!?」
「空飛ぶ化け物とかいなかったか!?」
男たちが次々と身を乗り出し、新しい玩具を見つけた子供のように矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。
「おうおう、落ち着けって!」
僕は苦笑しながら両手を広げ、彼らの熱を少し冷ました。
「黄金の城なんかじゃなかったよ。あそこは、宙に浮いた無数の島々と、天然の滝が流れる石と木の島だった。……でもな、そこには俺たち『外』の人間が誰も知らない、すげえ技術を持った船大工と調律師がいたんだよ」
「調律師……?」
「ああ。この装甲は、向こうの王様から貰った『古代の神鋼』だ。そして船を包んでいるのは『音叉の結界』。エンジンの振動を特定の高周波に変換して、落雷も乱気流もすべて弾き返す真の盾さ」
カイルが丸眼鏡を指で押し上げ、ここぞとばかりにドヤ顔で解説する。
「彼らの純粋な古代技術と、僕たちの泥臭い機械工学を融合させたんだ。その完璧な理論の全貌は、後でドルトンさんにたっぷり講義してあげるよ」
「ひゃあ……! 嵐の壁を越えるために、船ごとバケモンに進化させちまったってのか!」
ドルトンが頭を抱えて歓喜の声を上げる。
「……なるほどな。そりゃあ凄まじい大冒険だ」
ガラン親父が感心したように息を吐き、口元をニヤリと歪ませた。
「だがよ、黄金の城じゃなかったってことは、まさかお前ら、そんなすげえ船に乗って、手ぶらで帰ってきたわけじゃねえだろうな?」
「馬鹿言わないで。私がそんな無駄足を踏むわけないでしょ」
リゼが待ってましたとばかりに前に進み出た。
「黄金なんて目じゃない。外の世界の相場を完全に支配できる、最高の『お土産』を山ほど積んできたわ」
リゼが指を鳴らすと、僕とカイルがアルバトロス号の後部カーゴのハッチを開け放った。
「見なさい、これが伝説の『天水都』の宝よ!」
リゼがドサッと木箱の一つを開けると、中から純白の結晶が顔を出した。
「……塩、か?」ガラン親父が眉をひそめる。「だが、なんだこの異常な白さと純度は……。こんな美しい塩の結晶、ギルドの最高級市場でも見たことがねえ」
「それだけじゃないわ」
リゼは続けて、浮根蔓で編まれた刃物さえ通さない絹のような布や、浮遊石の成分を含んだ羽のように軽い浮根杉の工芸品を次々と披露した。
「これらはすべて、外界の人間が誰も見たことのない未知の素材よ。私たちが正式に独占交易協定を結んで、仕入れてきたの。……どう? ギルドの連中が見たら、金貨を山積みにしてでも喉から手が出るほど欲しがるわよ」
リゼの言葉に、ガラン親父の片目がカッと見開かれた。
闇取引で長年スラムを仕切ってきた彼の目利きが、目の前にある品々が「世界をひっくり返すほどの価値」を持っていることを正確に見抜いていた。
「……お前ら、ただ山を越えて生還しただけじゃなく、伝説の都を見つけ出し、あまつさえそこから莫大な富を引っ張り出してきたって言うのか……!」
ガラン親父は葉巻を落とし、震える手で純白の塩を掬い上げた。
「すげえ……! ギルドのお上品な探査船が全滅した空域を、スラムから飛び出した野良犬どもが突破して、大金星を上げやがった!!」
ザックが両拳を天に突き上げて咆哮すると、街のならず者たちの熱狂は最高潮に達した。
「おい野郎ども!! 今日は街を挙げての大宴会だ!! ギルドの権力にも、大自然の壁にも勝った俺たちの英雄に、ありったけの酒と肉を振る舞え!!」
「うおおおおおっ!!」
その夜のラスト・ドロップは、僕たちが行きに体験したどの夜よりも、凄まじい熱気と狂騒に包まれた。
広場には巨大な焚き火がいくつも焚かれ、豚の丸焼きが脂を滴らせている。
僕たちは大人たちに肩車され、エールの入った巨大な木樽が次々と空けられていった。
「飲めレオ! 俺が約束した、この街で一番高い極上のエールだ!」
ザックが顔を真っ赤にして、並々と注がれたジョッキを僕に押し付けてくる。
「おう! ありがたくいただくぜ!」
僕はジョッキを受け取り、冷たいエールを一気に喉の奥へ流し込んだ。
喉を焼くような強烈な炭酸と深い麦の香りが、満たされた身体の隅々にまで染み渡っていく。
「ぷはぁっ! 最高だ!」
「あっ、レオ! 私にも一口ちょうだい!」
シェリルが背伸びをして僕のジョッキを覗き込んでくる。
「ダメだダメだ、お前にはまだ早い。こっちの果汁割りにしとけ」
僕が笑ってグラスを遠ざけると、シェリルは頬を膨らませてむくれた。
少し離れた場所では、カイルが相変わらずドルトンをはじめとする街の職人たちに囲まれ、地面に数式を書きながら熱弁を振るっていた。
「……だから、エンジンの振動をこの音叉の波長に同調させると、気嚢の中でマイナス質量が……」
「信じられねえ……!古代の魔法とトラクターのエンジンを融合させるなんて、あんた、とんでもないイカレ頭だな!」
ドルトンが頭を抱えながらも歓喜の声を上げている。
「フッ、僕の完璧な理論と、レオの野蛮な腕力が組み合わさった結果さ」
そしてリゼはといえば、抜け目なく街の闇商人たちと交渉のテーブルについていた。
「……だから、この『天空の塩』のサンプルを少しだけ置いていってあげる。あんたたちのルートで、ギルドの金持ちどもに少しずつ流して、市場の反応と相場を探っておきなさい。本格的な取引は、私たちがアイアンポートで正規のルートを確保してからよ」
「へへっ、さすがはリゼ嬢ちゃん。えげつねえ商売しやがる」
商人たちがもみ手をしてリゼのご機嫌をとっている。彼女はすでに、ただのスポンサーから、この空の未来の経済を握る「大商人」の顔になっていた。
宴が深夜に差し掛かった頃。
僕は熱気から少し離れて、桟橋に停泊するアルバトロス号の装甲に寄りかかり、夜空を見上げていた。
「……いい夜だな」
隣にやってきたザックが、ジョッキを片手にドカッと座り込んだ。
「ああ。行きは、あの『白い山脈』に絶望して、おっさんたちに仲間に入るように誘われたんだよな」
「へっ、あの時は本気でお前らが死ぬと思ってたからな。……だが、俺の目は節穴だった。お前らは、俺たちみたいな『飛べなくなった鳥』とは違った。自分の力で壁をぶち壊して、本当に空の王様になっちまいやがった」
ザックはどこか眩しそうな、そして少し寂しそうな目で僕を見た。
「……次は、どうするんだ?」
「決まってるさ」
僕はスレッジハンマーの柄を強く握りしめた。
「南の『迷いの峡谷』をぶち抜いて……アイアンポートへ帰る」
「アイアンポートへ……」
ザックが息を呑む。
「ああ。あのお上品なギルドの連中に、この無敵艦と、アエテリアの宝を見せつけてやるのさ。親父の船をゴミ扱いした連中の鼻っ柱を、根元からへし折ってやる」
「ハハハッ! そりゃあ痛快だ!」
ザックは腹を抱えて笑い、ジョッキを僕のジョッキにガチンとぶつけた。
「やっちまえ、レオ! この空がギルドだけのものじゃねえってことを、あいつらに思い知らせてやれ!」
「おう! 任せとけ!」
僕たちは再び笑い合い、夜空に向かってエールを飲み干した。
大自然の絶対の壁を越え、最果ての街のならず者たちから「英雄」として認められた僕たち。
だが、僕たちの凱旋の旅はまだ終わらない。
次なる標的は、僕たちをスラムへ追いやった巨大な権力の壁――尖塔都市アイアンポートだ。
満たされた誇りと、新たな闘志を胸に秘め、僕たちは熱狂の夜を過ごした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ピカピカの無敵艦で降り立ち、「約束通り一番高いエールを奢ってもらいに来たぜ!」と笑うレオ。最高にかっこいいですね!
そしてリゼの商人魂も炸裂。黄金の城ではなく、世界をひっくり返す「天空の塩」を披露し、街中のならず者たちが熱狂の渦に巻き込まれました。
宴の夜に語る、次なる標的。いよいよアイアンポートへ帰還します!




