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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第5部 帰還と、空の時代の幕開け
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第113話 白銀の絶望との再戦

連日のご訪問、本当にありがとうございます!

標高七千メートルの絶対防壁「白い山脈」。

かつてカイルに「墜落率99パーセント」と宣告された死の空域へ、再び挑みます!

絶望の海を満天の星空と共に駆け抜け、やがて夜が明けると、前方の視界を完全に塞ぐように巨大な壁がそびえ立っていた。

天を衝くほどの高さを誇り、万年雪と分厚い雲に覆われた絶対防壁――標高七千メートル級の『白い山脈』だ。


「……見えてきたわね。相変わらず、見上げてるだけで首が痛くなるくらいデカい山」

後部座席でホットミルクの入ったマグカップを両手で包み込みながら、リゼがポツリと呟いた。


「行きは、あそこが本当に地獄だったよな」

僕も操舵輪を握ったまま、苦笑いを浮かべた。


かつてこの山脈に挑んだ時、高度が上がるにつれて極寒の風が船内を吹き荒れ、僕たちは凍傷一歩手前まで追い詰められた。おまけに空気が薄すぎてエンジンが酸欠を起こし、カイルに『墜落率九十九パーセント』と宣告されて絶望のどん底に叩き落とされたのだ。


「でも、今は全然違うわ! 見てよ、外は猛吹雪みたいになってるのに、船の中は春みたいにポカポカなんだから!」

シェリルが助手席で、薄着のブラウス一枚のまま嬉しそうに背伸びをした。


彼女の言う通り、現在のアルバトロス号の船内は極めて快適だった。キメラ・ドライブの熱で温められた潤滑オイルが、銅パイプを通って船室内をぐるりと這い回る『即席オイルヒーター』が完璧に機能しているのだ。防寒着など着込む必要は全くない。


「気温はクリアだ。だが、問題はここからだぞ。標高五千メートルを越え、山の斜面にぶつかった強烈な吹き下ろしの風――カタバティック風(滑降風)の領域に入る」

カイルが手帳から顔を上げ、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。


窓の外を見ると、分厚い雪雲が竜巻のようにとぐろを巻き、猛烈な向かい風が白い雪煙を伴って襲いかかってきているのが分かる。


「任せとけ。今の俺たちの船なら、風の暴力に怯える必要はねえよ」

僕はコンソールのスイッチを弾き、機体全体を覆う『音叉の結界』の出力を一段階引き上げた。


パァァァンッ……!


空間が微かに歪み、船体を包み込む蒼い光のドームが一層強く輝く。


ドゴォォォォッ!!


直後、山肌から吹き下ろしてきた猛烈な暴風雪が船体に激突した。だが、かつてならジュラルミンの装甲を軋ませ、船内をめちゃくちゃに揺らしたであろうその衝撃は、結界の柔らかな反発力によって「フワッ」と四方八方へ弾き流されてしまった。

コンソールの上に置かれたマグカップの水面すら、微かに揺れただけだ。


「す、すごい……! あんな強烈な向かい風を真正面から受けてるのに、全然揺れないわ!」

リゼが目を丸くして感嘆の声を上げる。


「結界の安定性は完璧だね。だが、レオ。高度が六千メートルに近づいて、いよいよ大気の密度が薄くなってきたぞ。プロペラが空気を噛み切れていない」

「ああ、分かってる」


僕はスロットルレバーから伝わる微細な振動で、キメラ・ドライブがわずかに喘ぎ始めているのを感じ取っていた。

いくら『琥珀の液状結晶』という超高効率燃料を使っていようと、エンジンが燃焼してプロペラを回す以上、酸素は必要だ。空気が薄い高高度では燃焼効率が悪化し、力任せにエンジンを回せば無駄に燃料を食うだけでなく、熱暴走の危険すらある。


行きは、ここで推進力を完全に失い、死に物狂いで山脈の気流を利用する『ダイナミック・ソアリング』を仕掛けるしかなかった。

だが、アエテリアの超技術を手に入れた僕たちの『最適な航行』は、全く次元の違う次元へと進化している。


「エンジンで風を押し返すんじゃない。空間そのものに、船を引っ張らせるんだ」

僕はスロットルレバーを手前に引き、エンジンの回転数をスッと落とした。


ドォォォォンという咆哮が収まり、キメラ・ドライブはアイドリングより少し高い程度の、静かで規則正しい「和音」の振動へと落ち着く。プロペラの回転による推進力は、ほとんどゼロに近い状態だ。


「シェリル! 気嚢の前方フラップ、開度三十パーセント!」


「了解! 前方フラップ、開くわ!」

シェリルが頭上のワイヤーを引くと、気嚢の先端に設けられたスリットがスッと開いた。


キィィィィン……!


アイドリング状態に絞られたとはいえ、キメラ・ドライブの精密な振動は、音叉と完璧に同調し、特級浮遊石を震わせ続けている。気嚢内部で極限まで圧縮された『マイナス質量』の空気が、開かれた前方フラップから一気に放出された。


ズォォォォォンッ!


その瞬間、アルバトロス号の巨体が、前方に向かってスゥーッと滑らかに引っ張られた。

プロペラで重たい空気を後ろに掻き出すのではなく、マイナスの重さを前へ噴き出し、その反動で前へ進む。これなら、空気が薄かろうが向かい風が強かろうが、酸素の燃焼効率など一切関係ない。


「推力安定! エンジンの負荷は最低限のまま、信じられないスピードで斜面を登っていくぞ!」

カイルが歓喜の声を上げる。


「シェリル、風の道はどうだ! このまま真っ直ぐ山頂を狙えるか!」

「待って……正面にすごく冷たい下降気流の塊がある! そのまま突っ込むと結界が相殺しきれずに押し戻されるわ! 右へ十度、少しだけ高度を下げてから、岩肌の隙間の気流に乗って!」

「了解だ!」


僕は浮根杉の操舵輪を切り、同時にエンジンの回転数――『音叉の共鳴音』をわずかに低く調律した。

浮遊石の波動が弱まり、船は滑るように高度を落として、シェリルの言う「見えない風の隙間」へと正確に滑り込む。そして風の道を捉えた瞬間、再び共鳴音を高くし、エレベーターのようにフワリと高度を上げた。


「……なんて綺麗な操縦。まるで、空を見えない階段みたいに登っていくわ」

リゼが窓にへばりつき、うっとりとしたため息を漏らした。


僕自身も、操舵輪から伝わる手応えに思わず笑みがこぼれていた。

エンジンの出力を最小限に抑え、音叉の共鳴による的確な「高度の上げ下げ」と、前方フラップの開閉による「マイナス質量の推進力」。そしてシェリルの完璧な「風読み」と、結界による「風の無効化」。

これらすべてが噛み合った時、アルバトロス号は重たい鉄の塊であることを忘れ、まるで空そのものと一体化した魔法の生き物のように、美しく、力強く白銀の空を泳いでいた。

行きはあんなに恐ろしく、大自然の前に這いつくばるしかなかったのに。

今は、船の旅がたまらなく楽しい。操縦桿を握る手がワクワクと高鳴り、もっと高く、もっと速く飛んでみたいという衝動が湧き上がってくる。


「……すごいよ、レオ。もう標高六千八百メートル。あと少しで、山頂を越える!」

シェリルがアストロラーベの目盛りを見て、弾んだ声を上げた。


窓の外の景色は、もはや吹雪と雲しか見えない白一色の世界だ。だが、その雲の天井が、少しずつ明るくなり始めている。


「へっ。どんなに高くて冷たい壁でも、今の俺たちならただの散歩道だ」

僕はニヤリと笑い、操舵輪を強く握りしめた。


「さあ、カイル、リゼ、シェリル! 仕上げといくぜ! あの鬱陶しい雲の天井を、一気にぶち抜く!」

僕はエンジンのスロットルを少しだけ開け、音叉の共鳴を極限まで高めた。


フォォォォォォンッ!


澄み切った高音が船全体を震わせ、特級浮遊石が太陽のような眩い青光を放つ。


「前方フラップ、全開!!」

「全開!!」


ズドォォォォォォンッ!!!


限界まで溜め込まれたマイナス質量が前方に大噴射され、アルバトロス号はロケットのような猛烈な加速で、強烈な向かい風と分厚い雪雲の中を、真っ直ぐ垂直に近い角度で駆け上がった。


そして。


パァァァァッ……!


雲の天井を突き破り、視界が一気に開けた。

そこには、遮るものの何一つない、抜けるような群青色の空と、眼下に広がる白銀の山頂――僕たちがかつて命懸けで越えた絶対の壁が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている絶景があった。


「やったぁぁっ!! 山頂突破!!」

リゼが立ち上がり、シェリルと抱き合って歓声を上げた。


「ああ。圧倒的だ。僕たちの技術と、アエテリアの古代の知恵が、大自然の物理法則を完全に凌駕したんだ」

カイルも丸眼鏡を外し、誇らしげに白銀の頂を見下ろしている。


僕は操舵輪を片手で握り、もう片方の手でゴーグルを額に押し上げた。

「俺たちは、もう大自然に怯えるだけの野良犬じゃねえ」


最高に晴れやかな気分で、大きく息を吸い込む。

「さあ、凱旋フライトの続きだ! 次は、あの山麓のならず者たちの街……『ラスト・ドロップ』に顔を出してやるぜ!」


無敵艦となったアルバトロス号は、白銀の絶望をただの美しい景色へと変え、銀色の翼を煌めかせながら、次なる空へと力強く滑空していった。

お読みいただき、ありがとうございます!

猛烈なカタバティック風(吹き下ろしの風)を逆に利用し、ダイナミック・ソアリングで斜面を駆け上がる!

そして、薄い空気の中でも限界まで回るキメラ・ドライブと、マイナス質量のブースト噴射!

自然の力と機械の力が完璧に噛み合い、ロケットのように山を登っていく爽快感がたまりません。

明日、ついに彼らは雲の天井を突き破ります!

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