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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第5部 帰還と、空の時代の幕開け
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第111話 天欠島への帰還と希望の種

今日もページを開いていただき、ありがとうございます。

嵐の壁を難なく突破したアルバトロス号は、行きで不時着し、命を救われた「天欠島」へと降り立ちます。

バルカ長老たちとの再会です!

荒れ狂う漆黒の絶壁を背に、アルバトロス号はどこまでも続く真っ青な空を滑空していた。

窓から差し込む太陽の光が、船内の計器盤や真新しい浮根杉の操舵輪を黄金色に照らし出している。


「……見えたわ! 嵐の壁の手前に浮かぶ、台風の目のような無風の特異点。間違いない、『天欠島』よ!」


助手席のシェリルが、アストロラーベのレンズから顔を上げて弾んだ声を上げた。

視界の先、眼下に広がる純白の雲海の中から、ポツンと突き出した灰色の荒涼とした小島が近づいてくる。

かつて、行きで燃料も水も使い果たし、死に物狂いのグライダー状態で激突するように不時着した、忌まわしくも懐かしい場所だ。


「よし、着陸態勢に入る」


僕はスロットルレバーを手前に引き、キメラ・ドライブの回転数をアイドリング状態まで落とした。

行きはブレーキをかける手段すらなく、装甲を紙切れのようにひしゃげさせながら岩肌に船腹を擦り付けた。だが今は違う。特級浮遊石が放つ圧倒的な反重力エネルギーと、完璧に調律されたフラップの空力制御によって、重い積荷を満載しているにもかかわらず、船体はまるで一枚の羽毛のように空中でふわりと静止した。


シュゥゥゥ……。


音叉の結界が微かに蒼い波紋を広げ、着陸時の衝撃すらも柔らかく吸収する。アルバトロス号は、かつて僕たちが激突して砕いた岩山のすぐ隣の平地に、音もなく完璧なホバリング着陸を決めた。


「ふふっ、信じられないくらい快適な着陸ね。あの時の絶叫と激痛が嘘みたいだわ」

後部座席でシートベルトを外しながら、リゼがくすくすと笑う。


「ああ。あの時は僕も全身打撲で、二度と空なんか飛ぶものかと思ったものだがね」

カイルも丸眼鏡を押し上げ、感慨深げに窓の外の灰色の景色を眺めた。


「さあ、外に出ようぜ。あの気難しい長老さんたちに、無事の報告をしてやらないとな」

僕がタラップのハッチを蹴り開けると、乾いた風と共に、微かな土埃の匂いが鼻を突いた。


船を降りると、すでに着陸の気配を察知したのか、灰色の岩陰から十数人の村人たちが、警戒した様子で手製の槍を構えながら近づいてくるのが見えた。

その先頭に立っていたのは、深い皺を刻んだ顔の長老、バルカだった。


「……何者だ。ここは外の穢れが立ち入る場所では……」

バルカが厳しい声で言いかけ、そして、ハッチから降りてきた僕の顔を見て、パチリと大きく目を見開いた。

「まさか……。お前は……『外』から来た、あの時の野良犬か……!?」


「よお、バルカさん。久しぶりだな」

僕が油まみれの手をひらひらと振って挨拶すると、バルカの背後にいた村人たちも一斉にどよめいた。


「嘘だろ……! あいつら、あの死の壁を抜けて、本当に生きて帰ってきたってのか!?」

「それに、あの船を見ろ! ボロボロの鉄屑だったはずなのに……!」


彼らが驚愕するのも無理はない。


現在のアルバトロス号は、古代の神鋼によって流線型に打ち直された銀色の無敵の装甲を纏い、アエテリアの布で縫い上げられた巨大で美しい気嚢を背負っている。船体全体からは音叉の結界が放つ神秘的な蒼い光が薄っすらと漏れ出し、それはまさに、空を統べる神の使いのような威風堂々たる姿だった。


「……信じられん。お前たち、本当にあの嵐の壁の向こう側……『天水都(アエテリア)』へ辿り着いたというのか」

バルカが、震える手で杖を握りしめながら尋ねた。


「ええ、行ってきましたわ。そして、これをもらってきたの」

リゼが前に進み出ると、懐から小さな革袋を取り出し、バルカの手にそっと握らせた。

中に入っていたのは、純度百パーセントの雪のような『天空の塩』の結晶だった。


「こ、これは……」

「アエテリアの最上層のプラントで作られた塩よ。あそこはね、もう『死にゆく鳥籠』なんかじゃないわ」

リゼは誇らしげに微笑み、僕たちが見てきた真実を語り始めた。


僕たちが持ち込んだ鉄の技術と、現地の船大工たちの力が合わさり、枯渇していた大地にミネラルの雨を降らせたこと。木々が芽吹き、人々が市場で笑い合い、生きる喜びを取り戻したこと。

そして、この塩を外の世界に運ぶ交易路が、今まさに繋がろうとしていること。


「そうか……。あの国は、死ななかったのだな。我々の故郷は……今もあの空の果てで、美しく生き続けているのだな……!」

バルカは塩の結晶を両手で包み込むように握りしめ、その深い皺の奥から、ポロポロと大粒の涙をこぼした。


「ああ……! おおおおおっ……!」

周囲の村人たちも、天を仰いで泣き崩れた。


彼らは、外界の土を求めて脱出しようとした先人たちの末裔だ。故郷の滅びを誰よりも案じながら、何度も嵐の壁に阻まれ、希望を持つことすらトラウマとして恐れていた。

その彼らにとって、故郷が蘇ったという知らせは、何百年もの間胸につかえていた重い呪縛から、魂を解放する救いの光だったのだ。


「……だが、それでも」

ひとしきり泣き晴らした後、村の若い男の一人が、真っ赤な目で僕たちの船を見上げた。


「俺たちは、やっぱりあの空には行けねえよ。お前らみたいに、すげえ魔法の鉄や、化け物みたいなエンジンを持ってるわけじゃねえ。……俺たちの力じゃ、あの嵐には勝てねえんだ」

彼の言葉に、他の若者たちも暗い顔で俯いた。

彼らの心の奥底には、「空は恐ろしい怪物だ」という絶望が、まだ深く根を張っているのだ。


その時。


黙って話を聞いていたカイルが、静かに一歩前に出た。

「魔法なんかじゃない。僕たちが嵐を越えられたのは、あなたたちの先祖が残してくれた『知恵』のおかげだ」


「俺たちの先祖の……?」

「ああ。案内してくれるかい? あの広場にある、慰霊の祭壇へ」


カイルの言葉に、バルカは訝しげに眉をひそめながらも、僕たちを村の中央にある広場へと導いた。


そこには、かつてカイルが徹夜の計算の末にブレイクスルーのヒントを得た、石造りの祭壇があった。美しい木材の破片と共に、二股の金属の棒の根元に浮遊石の欠片が象嵌された『欠けた音叉』が祀られている。

カイルはその祭壇の前に立ち、持っていた分厚い手帳から、数枚のページをビリビリと破り取った。


「あなたたちの先祖の船は、この音叉の周波数を使って浮遊石を操る、美しく静かな船だった。だが、軽すぎたために嵐の暴力には耐えられなかった。……一方で、僕たちのエンジンは力強かったが、振動が野蛮すぎて浮遊石をうまく制御できなかった」


カイルは破り取ったページを、先ほど項垂れていた若い男の胸にポンと押し付けた。


「その紙に書いてあるのは、僕がこの音叉から導き出した『音響共鳴理論』の基礎と、エンジンの振動を同調させるための計算式だ」

「計算、式……?」

男が戸惑ったように紙片を見つめる。


「そうだ。嵐は神の怒りでも、越えられない絶対の壁でもない。ただの気圧と風の『物理現象』に過ぎない。この数式を理解し、あなたたちが受け継いできた音叉の技術に、簡単な機械の動力を組み合わせれば……嵐の雷も乱気流も、音の結界で完全に相殺できる」


カイルは丸眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、村の若者たち全員を真っ直ぐに見渡した。


「君たちには、その音を聴き分ける耳があるはずだ。あとは、この数式を読み解き、自分たちの手で鉄を叩く勇気さえあれば……必ずあの嵐を、自らの力で越えられる」

カイルの言葉は、冷徹な理論でありながら、どんな熱い演説よりも彼らの胸を強く打った。


「……俺たちの手で、嵐を」

若い男が、渡された紙片を震える手で強く握りしめた。


「長老! 俺……勉強する! この外の学者の兄ちゃんの数式を理解して、絶対に嵐に負けねえ船を、俺たちの手で造ってみせる!」

「俺もだ! いつまでもこんな岩山に引き籠ってる場合じゃねえ!」


次々と若者たちが声を上げる。


百年もの間、空への恐怖に縛り付けられていた天欠島の住人たちの瞳に、再び熱い「希望の火」が灯った瞬間だった。


「……ふふっ。立派な先生っぷりね、カイル」

リゼが嬉しそうにカイルの背中を小突く。


「よせ。僕はただ、事実を伝えただけだ」

カイルは照れ隠しのようにそっぽを向いたが、その口元には確かな笑みが浮かんでいた。


「さあ、あんまり長居すると、外の連中に商売の先を越されちまう。行くぞ、お前ら」

僕はスレッジハンマーを肩に担ぎ、タラップへと足を向けた。


「おい、野良犬の兄ちゃん!」

背後から、若者の一人が大声で呼び止めてきた。

「絶対に俺たちも外の海へ行くからな! あんたらに負けねえくらいの、すげえ船を造ってやる!」


「へっ、言うじゃねえか」

僕は振り返り、ニッと野良犬のような泥臭い笑顔を見せた。


「だったら、迷わずにアイアンポートの街まで飛んでこい! ギルドの連中が腰を抜かすような船を、楽しみにしてるぜ!」

僕たちはバルカや若者たちに大きく手を振り、アルバトロス号へと乗り込んだ。


エンジンが静かに、しかし力強く唸りを上げ、特級浮遊石が蒼い光を放つ。

天欠島の人々の熱い視線に見送られながら、僕たちの船はふわりと浮かび上がり、そのまま弾かれたように西の空――果てしない雲海の上へと飛び立った。


「……いい置き土産になったね」

シェリルが窓の外の遠ざかる天欠島を見つめながら、優しく微笑む。


「ああ。これでアエテリアと外の世界を繋ぐ航路は、俺たちだけのものじゃなくなる。いつか、あの島が中継地点になって、たくさんの船が行き交うようになるはずさ」

僕は操舵輪を切り、機首を真っ直ぐに向けた。


「さあシェリル、ナビゲートを頼むぜ。次は……」

「ええ、分かってる」


シェリルがアストロラーベのダイヤルを回し、琥珀色のレンズを太陽に向けた。


「次は、磁気嵐でコンパスが狂う『絶望の海』と、風の止まった『無風地帯』の逆行ルート。……でも、今の私たちなら、あんな海、ただの鏡みたいな水たまりよ」


「上等だ! かっ飛ばしていくぜ!」


僕はスロットルを開け、琥珀の液状結晶の爆発的な推力を解放した。

かつての死の海を越え、自分たちの故郷へ帰るための圧倒的な凱旋フライトが、今、さらなる加速を始めた。

お読みいただき、ありがとうございます!

アエテリアの復活を伝え、天空の塩を渡すことができました。長老たちの涙に胸が熱くなりますね。

そして、空を恐れていた若者たちにカイルが手渡した「音響共鳴理論」の数式。

これがいつか、彼ら自身の力で嵐を越えるための「希望の翼」になるはずです。

過去の恩に報い、アルバトロス号はさらに西へ。

明日は、あの「絶望の海」に突入します!

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