第108話 積み込まれる希望
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アエテリアの空に新しい朝が訪れました。いよいよ出航の日。
最強の船に、アエテリアが誇る最高級の特産品と、商人リゼの野望(?)が次々と積み込まれていきます!
アエテリアの空に、新しい朝が訪れた。
夜明けの冷たく澄んだ空気が徐々に温められ、雲海が淡い黄金色から燃えるような茜色へとグラデーションを描いていく出航の朝。最下層の入り江は、昨夜の大宴会の熱気をそのまま持ち越したかのように、早朝から凄まじい活気と喧騒に包まれていた。
「そこ! 足元に気をつけて、もっと慎重に運びなさい! その塩の袋一つで、外の世界の立派な家が建つほどの価値があるんだからね!」
アルバトロス号の広大なカーゴスペースの前で、真新しい革の外套を羽織ったリゼが、手帳を片手に鋭い声を飛ばしていた。彼女の瞳はすでに一流の商人としての猛禽類のような光を帯びている。
「うおおおおッ! 任せておけ、リゼ殿! 俺たち近衛兵の毎日の丸太運びで鍛え抜かれた筋肉に、一ミリのブレはない!」
ガラン兵長が野太い声を上げながら、自分より大きな木箱を軽々と肩に担ぎ、船のタラップをドスドスと力強く登っていく。その後ろにも、額に汗を光らせた屈強な兵士たちや村の若者たちが、列をなして次々と重い荷物を運び込んでいた。
今日からアルバトロス号は、ただのしがない飛空艇ではなく、アエテリア王室公認の『専属交易船』となる。
外の世界へ向かうための最初の積荷として、この国が誇る最高級の特産品が、底なしの胃袋を持つカーゴスペースへと次々と吸い込まれていくのだ。
「一番奥の区画には『天空の塩』を! 湿気を絶対に避けるために、分厚い油紙で二重に包んだ木箱を隙間なく積み上げて!」
リゼの的確で容赦のない指示のもと、純白の塩が大切に格納されていく。
最上層のプラントで、強烈な紫外線と低気圧による低温蒸発という奇跡的な環境下で生み出された、不純物が一切ない純度百パーセントの『天空の塩』。それは間違いなく、外の世界の美食家たちを唸らせ、貴族や富裕層が金貨を山積みにしてでも欲しがる、最高級のブランド品となる。
「おいリゼ! 王室から預かった『神鋼のインゴット』三十本、持ってきたぜ!」
セトたち船大工が、車輪をギリギリと軋ませながら、台車に乗せた鈍く輝く銀色の延べ棒を運んできた。
「ええ、ありがとう! それは一番重いから、船底のバランスを崩さないように中央区画に均等に配置して!」
鉄と同じ硬度を持ちながら自己修復性を備える古代の神鋼は、外界の鍛冶師たちが見れば狂喜乱舞して飛びつくであろう、伝説級の金属素材だ。インゴット同士がぶつかるたびに響く、澄み切った高音が入り江の朝の空気に響き渡る。
「燃料の積み込みも完了したぞ」
カイルが眼鏡のレンズを布で拭きながら、ひときわ満足げな表情でタラップを降りてきた。
「機関室のメインタンクに加えて、予備の強化ガラス樽十個分……すべて完璧に精製された『琥珀の液状結晶』で満たしてある。これだけの量があれば、恐るべき嵐の壁をフルスロットルで強行突破して大陸まで飛んだとしても、まだまだお釣りがくる。さらに、余った分は外界のエネルギー市場で、とんでもない高値で取引できるはずだ」
「ふふっ、完璧ね。あの黄金の液体は、煤やカスを一切出さない夢の燃料であると同時に、計り知れない熱量を秘めた『超高密度のエネルギー資源』だもの。外の技術者たちが成分を調べようと、喉から手が出るほど欲しがるわ」
リゼは分厚い帳面に、勢いよくチェックの印を書き込んだ。
その他にも、アエテリア特有の浮根蔓で編まれた、絹のようにしなやかでありながら刃物さえ通さない頑丈な布や、村の職人たちが手彫りした微かな香りを放つ浮根杉の工芸品など、これまで外界の誰も目にしたことがない未知の品々が、寸分の隙間もなく丁寧に積み込まれていく。
「……すげぇ量だな。いくらカーゴを拡張したって言っても、これだけの重さを積んだら、普通の船なら空に浮く前に船底が抜けて沈んじまうぞ」
甲板でその怒涛の積み込み作業を眺めていた僕が苦笑すると、カイルが隣に立って船底の方を指差した。
「だが、今のアルバトロス号は『普通の船』じゃない。昨日セトたちが組み込んでくれた、アエテリア最深部の『特級浮遊石』の反発力を甘く見ないことだな」
カイルの言う通りだった。
船体がずしりと沈み込むほどの重積載であるにもかかわらず、アルバトロス号は波一つ立てず、まるで巨大な羽毛のように軽やかに水面に浮かんでいる。神鋼の装甲の驚異的な軽さと、特級浮遊石が放つ規格外の浮力エネルギーが、これほどの無茶な重量を完全に打ち消し、船に絶妙なバランスをもたらしているのだ。
「これなら、帰りは外の世界から大量の鉄のインゴットや専門書、最新の機械のパーツをいくら積んでも、余裕でアエテリアの空まで飛んで帰ってこれるわね」
観測用の真鍮製アストロラーベをピカピカに磨き終えたシェリルが、嬉しそうな足取りで駆け寄ってきた。
「ああ。俺たちの船は、戦闘力や航続距離だけじゃなく、運搬船としても世界最強になっちまったってわけだ」
僕は小脇に抱えていた真新しい浮根杉の操舵輪を台座にセットし、その手に吸い付くような完璧な手触りに思わず笑みをこぼした。
「よし! すべての積み込み、完了よ!」
リゼが手帳をパタンと大きな音を立てて閉じ、誇らしげに胸を張って僕たちの元へやってきた。
その顔には、一人の商人としての果てしない野心と、これからの旅への期待が最高潮に達した、とびきり不敵で美しい笑みが浮かんでいた。
「見てよ、この宝の山! アエテリアの奇跡と職人たちの誇りがぎっしりと詰まった、世界で一番価値のあるカーゴよ!」
リゼは船尾の巨大なハッチをビシッと指差し、拳を強く握りしめた。
「私たちが最初に飛び立った、あの『空の拠点』の市場の連中……私がボロボロの飛空艇を買う時に足元を見て散々コケにしてきた、あの腹黒い商人どもを思い出すわ。……ふふふっ、このピカピカの船と、誰も見たことがない特産品の山を見せつけて、あいつらの度肝を完全に抜いてやるわ! そして、市場の相場を私たちの手で思い通りに支配してやるのよ!」
「やれやれ、相変わらずえげつねぇ野望だこと。故郷に帰るまでの寄り道で、ひと波乱どころか大嵐を起こす気満々じゃねぇか」
僕が呆れたように言うと、カイルもやれやれといった様子で肩をすくめた。
「だが、我々にはそれを実現できるだけの圧倒的な力と物資がある。それに、あの大陸の沿岸部にある拠点には、不足している日用の補給物資や、何より最新の外界の情勢を仕入れるために、どうしても立ち寄る必要があるからな」
僕たちの視線は、カイルが大切に小脇に抱えている古い革の筒……昨夜アルディス王から託された、アエテリアの先人たちが遺した『外界の広大な海図』へと向けられた。
あの海図が示す通り、僕たちはまず強烈な嵐の壁を抜け、かつて飛び立った大陸の沿岸部にある「空の拠点」へと向かう。そこで商売と補給を行い、さらに遥か彼方にある僕たちの故郷を目指すのだ。
「準備は完全に整ったわね」
シェリルが、眩しい朝陽に輝く空を見上げながら静かな、しかし力強い声で言った。
「ああ。装甲も、エンジンも、燃料も、そしてこの船を満たす積荷も。これ以上ないくらい完璧だ」
僕は腰の工具ベルトをキュッと締め直し、アルバトロス号の真新しいメインマストを見上げた。
そこには、僕たちの誇りである『鳥のマーク』が描かれた旗が掲げられ、アエテリアの清々しい朝の風をいっぱいに受けて、力強くはためいている。
「レオ殿! カイル殿! リゼ殿、シェリル殿!」
入り江の奥から、幾重にも重なる大きな声が響いた。
振り返ると、砂浜にはバウワ村長をはじめ、王の使者であるルシアン、首席調律師のカシム、船大工のセト、近衛兵長のガラン、そして昨日市場で笑い合っていた村の人々が、続々と集まってきていた。
誰もが、別れの寂しさを滲ませながらも、僕たちの新たな門出を心から祝福するような、これ以上ないほど温かい笑顔を浮かべている。
「……さあ、主役の出番だ」
僕は仲間たちと顔を見合わせ、大きく頷いた。
「行って、ちゃんと挨拶してこようぜ。この、世界で一番美しくて、力強い国の人たちにな」
僕たちはタラップを軽やかに降り、出航を待つ群衆の待つ砂浜へと、ゆっくりと歩みを進めた。
今日も読みに来てくださり、本当にありがとうございます!
天空の塩に神鋼のインゴット、そして琥珀の燃料。
もはや飛空艇のスケールを超えた、世界一価値のあるカーゴの完成です!
「あいつらの度肝を完全に抜いてやるわ!」と息巻くリゼ。故郷に帰る前に立ち寄る「空の拠点」で、一波乱起こす気満々ですね(笑)。
次回、第4部のクライマックス。感動の旅立ちです。明日も夜にお待ちしています!




