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第42話 届かぬ背中

《特災対・コマンドセンター/模擬市街区》


「−2ポイントです」


低く、落ち着いた声。


建物の影――瓦礫とコンクリートの境目から、内場総士が姿を現した。


投げた。

それだけだ。


だが、杉山の背中に当たったその一撃は、確実にポイントを奪っていた。


「……おー?」


杉山仁太郎は、ゆっくりと口角を吊り上げた。

怒りではない。むしろ――愉快そうに。


「死角から、投擲か。やるじゃねえか」


振り返り、内場に正面を向ける。


ギチ……ギチギチ……


内場の耳が、異変を拾う。

杉山の身体。

筋肉が、内側から膨れ上がるような、生々しい音。


(来る……!)


思考より先に、身体が動いた。

踵を返し、建物と建物の隙間――人ひとりが通れるだけの狭い路地へと飛び込む。


ドンッ!


地面を叩き割るような踏み込み。

背後から、重量のある足音が迫る。


近い。

異常なほどに。


「長谷川さん!誘導します!」


走りながら、無線のスイッチを叩く。

余計な言葉は要らない。


『了解。内場くん、こっちへ!飛鳥くんもすぐに来て!』


2階からの長谷川の声。

即座に状況を把握している。


(さすがだ……)


だが、安堵する余裕はない。


杉山は速い。

瓦礫だらけの地面を、まるで舗装路のように蹴ってくる。


(追いつかれる……!)


肺が焼ける。

脚が悲鳴を上げる。


それでも、止まれない。




◆◆




遮蔽壁の影。

地面に腰を落とした3人の隊員。


木ノ下、浦木、沢田。


全員、既にポイントはゼロ。

杉山のナイフを叩き込まれ、戦線を離脱している。


「……いや、ほんと。杉山隊長、化け物だな」


浦木が、乾いた声で呟く。


「ほんとそれ! 無茶苦茶すぎるよ〜。あんなの勝てるわけないじゃん」


木ノ下が、頭を抱える。


「……でも、まだ3人残ってます」


浦木の視線は、模擬市街区の奥。


「希望はありますよ」


木ノ下が勢いよく立ち上がった。


「頑張れー!長谷川さん!内場くん!飛鳥くん!」


両手を口に当て、全力で叫ぶ。


「なんとしても腕立て回避だあ!!」




◆◆




「はぁ……はぁ……」


内場は、長谷川が待つ建物へと飛び込むように走る。

すぐ背後――杉山の荒い足音。


近すぎる。


「しゃあおらああああ!!」


音が、来た。


――ヒュン


振るわれたゴム製ナイフが、風を切る。


内場は振り向かない。

身体を低く沈め、地面を擦るようにかわす。


「……振り向かずに避ける!?すげえじゃねえかオメェ!」


背後で、杉山が笑った。


内場はナイフを投擲に使用してしまった。

もう、ポイントを奪う手段はない。


(走るしかない……!)


内場は歯を食いしばり、建物の入口へと飛び込む。


「室内か?そりゃオメーらが不利だぜ!」


速度の落ちた内場に、杉山が追いつく。

走りながら、再びナイフを振りかぶる。


「捕まえたぜ!」


杉山の足が、建物の中へ――


その瞬間。


「やぁぁぁ!!」


壁裏から、長谷川が飛び出した。


狙いは頭ではない。

腹部。


一撃必殺より、確実なポイント削り。


だが――


ミキ……


嫌な音。


杉山の太ももが、再び異様に膨れ上がる。


ドンッッ!!


爆発するような踏み込み。

そのまま、後方へ跳躍。


「えっ……避けられた!?」


「……これすら避けるのか……!」


長谷川と、息を整えながら振り返った内場が、同時に目を見開いた。


「……甘ぇぜ」


杉山は、歯を見せて笑った。

余裕そのものの、戦場に立つ者の笑み。


「長谷川がいる建物への退避。待ち伏せしようとしてるのが、見え見えだぜ」


(……嘘だろ)


内場は、喉の奥がひくりと鳴るのを感じた。

これだけ走り回り、複数人を相手にして――

杉山の呼吸は、まるで乱れていない。


(どうする……どうすれば、この人を止められる……!)


「内場くん!ナイフを拾ってきて!ここは私が――」


「させねえよ」


ドンッッ!!


地面が爆ぜた。


杉山の踏み込み。

一瞬で距離が消し飛ぶ。


「戦場で武器を失うってのはなぁ、致命傷なんだよ!

 まずは――お前からだ!」


獣のような速度で、内場へ一直線。


(速っ――)


長谷川が、すれ違いざまにナイフを振る。


だが――


バシン!


まるで小枝を払うように、杉山の腕がそれを弾いた。

ナイフが宙を舞い、床に転がる。


「あ……」


声にならない声。


「行くぜええ!!」


そのまま、がら空きになった長谷川の腹へ――

軽く、確実に、ナイフが触れた。


コン。


「−2点だ!」


長谷川、残り3。


だが、長谷川は退かない。

即座に杉山の腕を掴み、反対の手で襟を引き寄せる。


「おりゃあああ!!」


腰を落とし、全体重を乗せて投げに入る。


グッ……


びくともしない。


まるで、地面そのものを掴んだかのような感触。


「……重っ」


「いい判断だ。切り替えも早え。

 だが――足りねえ!」


内場が背後から飛びついた。


ガシッ!


羽交締め。

全力で、両腕を絡める。


「長谷川さん、押さえて!――飛鳥さん!!」


「っ!?」


タッ、タッ、タッ――!


駆け寄る足音。

飛鳥彗。


長谷川が、ナイフを握る杉山の右腕に必死でしがみつく。


「飛鳥くん!今!」


「杉山隊長!いきます!」


飛鳥が、ナイフを構え、突っ込む。


「普通ならな。これで詰みだ」


杉山が、笑った。


「――だが俺は、異能者役だ。

 遠慮はしねえ」


メキメキメキメキ――


全身の筋肉が、異様なまでに“張る”。


常人の数十倍の筋繊維密度。

人の身体でありながら、人の出力ではない。


そのまま地を蹴り、壁を蹴る。


――バク宙。


猛牛を押さえ込もうとした人間が、まとめて弾き飛ばされる。


「ぐっ……!」


内場と長谷川が、地面に叩きつけられる。


飛鳥は、一瞬だけ動きを止めた。


(……2人がかりでも、押さえられないのか)



――杉山仁太郎。

筋線維1本あたりのミオフィブリル密度が極端に高く、

神経動員効率も常人の域を逸脱している特異体質。


それこそが――

スリムな体格のまま、圧倒的怪力を発揮するカラクリだ。



「来い、飛鳥!」


内場と長谷川が転がる中。

杉山は笑顔のまま、掌をくい、と動かす。


「くそ……!」


飛鳥は歯を食いしばり、突っ込んだ。


「おらあああ!!」


ナイフを振り下ろす。


だが、杉山は横へ跳ぶ。

紙一重でかわし、即座に向き直る。


「ほらよ!当ててみろ!!」


その足元――

長谷川が、地を這うように回り込んでいた。


「やあああ!!」


腰の裏に隠した右腕を振り抜く。


「甘え!」


杉山が、即座にナイフで払う。


だが――

長谷川の手に、ナイフはない。


「!?」


杉山のナイフが、空を切り――

そのまま長谷川の手を叩く。


パンッ


「……っ!」


長谷川、−1ポイント。残り2。


「おらあああ!!」


背後。


内場。


その手には、先ほど長谷川が落としたナイフ。


「お前が拾ってたか!」


杉山は即座に向き直り――


パシン!


内場の腕をナイフで叩いた。


「−1!」


衝撃で、内場が握っていたナイフが弾かれる。

ナイフが地面を回転しながら滑る。

内場、残り4。


「長谷川さん!」


飛鳥が、ナイフを投げる。


杉山のすぐ近くにいる長谷川は、それを空中で掴み――

勢いそのまま、杉山の腕へ。


パン!


当たった。


「−1!」


杉山、残り2。


「だああああ!!」


杉山が咆哮し、至近距離でナイフを振るう。


(速い……!読めない!)


スパァン!!


長谷川の胴に命中。


長谷川、0。


だが――

彼女は、すでに投げていた。


「決めて!!」


飛鳥が走る。

宙でナイフを掴み、そのまま振り下ろす。


「おりゃああああ!!」


「それはもう見たぜえええ!」


――杉山が蹴りを放つ。


スパァァン!!


当たらない。いや、当てる気はない。

だが、“当たる未来”を見せつける速度。


飛鳥は反射的に身を引いた。


内場が、ナイフを拾い、突っ込む。


「らぁあああ!!」


杉山の左拳が唸る。


ボゴオオオオ!!


壁が砕け、破片が飛び散る。


「っ!」


内場が、反射的に怯む。


その背後――

すでに、飛鳥。


(内場さんに意識が行ってる!今だ……!)


メキメキ……


筋肉の収縮音。


ギュン。


振り向く――否、回転。


スパァァン!!


勢いそのままに、飛鳥の頬をナイフが平手打ちのように叩いた。


「うっ…」


飛鳥、−5ポイント。脱落。


「うらああ!!」


内場が、最後に飛び込む。


メキメキ……


(脚の筋肉の音……踏み込む!)


ドンッ!!


圧縮された力が解放される。


「おりゃあああ!!」


スパァァン!!


すれ違いざまの一閃。

通り過ぎる杉山。


内場の手に――

ナイフは、ない。


(……叩き落とされた)


急いで周囲を見渡してナイフを探す。


「お返しだ」


軽い動作。

背後から投げられたナイフ。


コン。


内場の頭に当たる。


『そこまで』


荒屋の声が、イヤーピースに響いた。


『6名、全員0ポイント。杉山、残り2ポイント。

 勝者――杉山』


「よっしゃああああ!!」


杉山の咆哮が、模擬市街区に響き渡った。


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