第38話 回復と兆し
《特災対・コマンドセンター/訓練区画》
ダダダダンッ!
乾いた銃声が、地下の射撃レンジに反響する。
戦術局長・久我宗一郎。
彼は珍しく、思考を整理するためか、射撃レーンでHK416を構えていた。
放たれた弾丸は、的の中央――ではなく、的の周囲に散って集約する。
「……ふむ」
久我はトリガーから指を離し、小さく息を吐いた。
「やはり、久しく銃を握っていないと鈍るね……」
その背後で、足音が止まる。
「久我局長」
振り返ると、支援課の職員が2人、姿勢を正して立っていた。
「秋葉原の件、報告です」
「うん」
久我は銃を下げ、肩越しに振り向いた。
「第3部隊および第4部隊が現地で交戦。
カテゴリー3相当1体、カテゴリー4相当2体を確認しました」
「内、2体は捕捉。
逃走した1体については――現場から離脱後、何者かにより殺害されています」
久我は、職員の方へ完全に向き直る。
「殺害した人物は?」
「不明です。目撃証言なし。
周辺監視カメラにも該当映像は残っていません」
「情報局のサイバー・通信課の分析では、敵側にハッカーが存在した可能性が高いと」
「……なるほど。映像データを改竄されたか」
久我は顎に手を添え、わずかに考え込む。
「捕捉した2体は?」
「特殊監理局の尋問・対応プロファイリングチームが対応中です。
現時点で判明しているのは、いずれも“聖”と名乗る男の指示で動いていた、という点までです」
「そして、今回最大の懸念ですが…。
今回の事件の動機は"特災対を狙っての犯行だった"とのことです。それも、聖という男が特災対の存在を知っていたとのこと」
もう1人の職員が続けた。
「複数同時出現、情報共有、指揮系統あり……」
久我は短く息を吐いた。
「裏で糸を引いている存在がいる、ということだね」
一拍置いて、視線を上げる。
「隠蔽の方は? 今回は人質がいたはずだけど」
「はい」
職員の1人が即座に答える。
「情報局の心理・情報操作課が、事情聴取とケアの名目で被害者と接触しました。やはり、異能を見ていたようで、“室温が急激に低下した”などの証言は確認されています」
「温度低下については、冷却用薬剤の使用と空調誤作動による複合要因として整理しました」
「犯人の動作と連動していた、という証言もありましたが、
タイマー噴射と視覚的錯誤として説明しています」
「心理的後遺症については、
PTSDの初期反応として継続フォロー中です」
久我は、すべてを聞き終えると、静かに息を吐いた。
「そうか」
そして、射撃レンジの標的――散った弾痕を一瞥する。
「ひとまず、隠蔽の方は問題なさそうだね」
視線を戻し、淡々と言った。
「ご苦労様。引き続き、第三者の線を追って」
「はっ」
職員たちが一礼し、踵を返す。
再び、射撃レーンに静寂が戻った。
(――特災対を狙っての犯行、ね…。
いよいよ"奴ら"の影が、濃くなってきたね)
久我はHK416を手にしたまま、次の弾を装填せず、しばらく立ち尽くしていた。
◆◆
《特災対・コマンドセンター/医療区画》
レイディオ会館8階で鮫田と交戦した安藤分隊は、医療区画で凍傷の経過観察を受けていた。
白い照明に満たされた医療室。
消毒薬の匂いが微かに漂い、規則正しい電子音が静かに空間を刻んでいる。
内場はベッドの上に横になっていた。
(……だいぶ、良くなってきた)
凍傷で感覚を失っていた手は、すでに加温処置を終えている。
包帯を巻かれた指先に、じんわりとした熱が戻ってきていた。
ゆっくりと、手のひらを開く。
次いで、握る。
問題なく動く。
内場は小さく息を吐いた。
「……はぁ〜」
その直後、カーテン越しに、どこか気の抜けたため息が聞こえた。
隣のベッドだ。
安藤が横になっている。
「安藤さん……大丈夫でしたか」
「全然大丈夫ですよ〜」
軽い声色。
きっと今も、あの糸目の人懐っこい笑顔を浮かべているのだろう。
「……すみません」
内場は視線を落とす。
「僕が、もっと早く……ケリをつけていれば」
言葉が、途中で喉に引っかかる。
沈黙。
医療機器の電子音だけが、間を埋めた。
「ドルチェくんとのやり取り、見てましたよ〜」
安藤の声は、相変わらず緩い。
「キツいですよね〜、彼」
「……はい」
「でもね〜」
カーテンの向こうで、安藤が少しだけ声の調子を変えた。
「内場くんの考え方、僕は正しいと思いますよ〜」
内場は、わずかに顔を上げた。
「日本の公的武装組織の基本原則は“人命最優先”です〜。
警察も、自分や人質の生命に差し迫った危険があれば、犯人確保は“可能であれば”に引き下げられる」
淡々とした説明。
だが、その一言一言は、現場を知る人間の重みを帯びていた。
「とはいえ、可能であれば確保。
今回は〜…死者を出さずに確保できた。
結果論ではありますけど……内場くんの判断は、間違ってなかったんじゃないですかね〜」
内場は、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
「んまぁ、とはいえ……」
安藤は続ける。
「異能者って、人を簡単に殺せる力を持ってます。
確保か、それ以上かを毎回迷うと、思考に隙が出る。
カテゴリー4以上相手だと……
あんまり良くないかもしれませんねぇ〜」
「……すみません」
「内場くん、まだ23歳でしたよね〜。
陸自の頃は、訓練だけでした?」
「はい……想定敵との訓練のみです」
「ですよね〜」
安藤は、まるで当然だと言うように言った。
「最初は人をバンバン撃てなくて当たり前ですよ〜!
最初からできるのは、シリアルキラーか……ドルチェくんくらいです」
思わず、内場は小さく笑ってしまった。
「んまぁ、なんでもいいですけどね〜」
安藤は、軽く話を締める。
「……安藤さんも、陸自出身なんですか?」
「違いますよ〜。
元は防衛省の極秘観測班です」
(防衛省……?)
内場は一瞬、予想外の経歴に言葉を失った。
(正直……戦闘員には見えない。
こんなに緩いのに……極秘班って……)
「広域監視と戦場状況の統合が専門でした〜。
でも長時間労働で代謝が壊れて、デブになっちゃって!」
軽い笑い声。
「防衛省も、労基案件ですねぇ〜」
「……そんなすごいことしてたから、特災対に呼ばれたんですね」
「まぁね〜」
安藤は一拍置いてから言った。
「でも今は、同じ場所にいます。同じ部隊です。
内場くんと、何も変わりませんよ〜。
だから、そんなに持ち上げなくていいです」
内場は、包帯の下で拳を握った。
ちゃんと、力が入る。
「……安藤さん」
内場は、カーテンの向こうに向き直る。
「僕……皆さんと並べるように、頑張ります」
一瞬の沈黙。
「あはは」
安藤の笑い声が、柔らかく返ってきた。
「まあまあ〜。緩〜くいきましょう〜(笑)」
いつもの調子。
だが、その軽さが、今の内場には何より救いだった。
◆◆
――3人の異能者による立て篭もり事件から、ちょうど1週間が過ぎた頃。
傷を負った第3部隊の隊員たちは、ようやく身体を取り戻し、日常の感覚を取り戻しつつあった。
荒屋は、コマンドセンターのコンクリート打ちっぱなしの無機質な廊下を、静かに一人で歩く。
壁に反射する淡い蛍光灯の光が、歩く彼の影を長く引き延ばす。
今日は訓練日。
訓練区画に集まる部隊の元へと、一歩ずつ足を進める。
廊下の先。
両側の蛍光灯がぼんやりと照らすその先に、黒い影が集まっていた。
黒のタクティカルスーツに身を包んだ、20人以上の人影。
隊列は整っていながらも、どこかしなやかで、歩く度に静かな緊張感を放つ。
その最前列を歩く1人の男。
若々しく引き締まった身体つき、スポーツマンの風格を漂わせ、顔には真剣さと余裕が混ざった表情。
荒屋の視線を捉えると、彼はゆるやかに
――笑みを浮かべた。




