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第34話 知恵は力を穿つ

《秋葉原・レイディオ会館/8階フロア》


長谷川は懸命に照準を江頭に向ける。

だが、皮膚の装甲により無駄弾になる。撃つ意味はないだろう。


(……ダメだ。氷で退路も塞がれた。

 体制を立て直すこともできない)


長谷川の思考が、焦りで渦巻く。


(スモークは意味がない)

(手榴弾は巻き込む。効くかもわからない)

(氷は………)


――その瞬間。


脳裏で、何かが繋がった。


「内場くん!」


長谷川の鋭い声が飛ぶ。


「もう少し、耐えて!」


彼女は腰のポーチに手を突っ込み、一本のマガジンを引き抜いた。

ブリーフィングで確認した、切り札。


――サーム弾。

対異能用に開発された、特殊化学反応弾。


(……いける)


長谷川の心臓が、強く脈打つ。


(これなら――突破できる。

 ()()()()()()()()()を)


歯を食いしばった、その時。


氷の奥から、低く響く声。


棘状障壁(アイスブランチ)


床が悲鳴を上げる。

バキ、バキバキッ!


鮫田の足元を起点に、無数の氷柱が床を突き破り、天に向かって伸び上がった。

冷気が爆発的に広がり、肺が凍る。


「下がって!」


長谷川は身を翻し、安藤のもとへ駆け寄る。

安藤は氷柱を砕くため、HK416を連射していた。


「……はぁ、はぁ。どうしましたか」


吐く息が白く凍り、声がかすれる。

鮫田の冷気は、じわじわと体力を削ってくる。


周囲では隊員たちが氷壁を撃ち続けていた。

削っても、削っても、氷はすぐに再生する。


長谷川は声を極限まで落とした。


「あの皮膚装甲を、破る方法を思いつきました」


安藤は一瞬だけ、彼女の手元を見る。

握られているマガジン。


「……サーム弾ですか」


「はい。氷対策として持参していました」


ドドドドドドッ!


ドルチェのMP5SDが一点を穿つ。

だが、氷壁に開いた穴はすぐに塞がれた。


「熱で皮膚を焼く、という話ですね」


「それだけじゃありません!」


安藤が眉をひそめる。


「あの異能者、凍っても動きました。

 皮膚そのものに断熱性がある可能性が高い」


「……ではどうすれば」


長谷川は、さらに声を潜めて続けた。

説明を聞き、安藤は数秒、戦場を見渡し、

――そして頷いた。


「なるほど……やってみましょう。

 ただし、誘導が必要ですね」


「……聞こえてたよね。内場くん…!」


長谷川は視線を送る。

少し離れた場所で、江頭の刃を紙一重で躱し続ける内場へ。


「あっちゃあああ!」


ドンッッ!


商品棚の合間から飛び出した李が発勁を放ち、江頭を揺らす。


その隙に、内場が振り返った。


「はい!」


迷いのない頷き。




◆◆




内場は、江頭に正面から向き直った。


「李さん!」


棚を蹴って跳び、刃を躱した李が隣に着地する。


「……なんじゃ」


「この人を、みんなのところに引きつけます」


「異能者どもを分断できてる今は"吉"じゃぞ。

 同時に来られたら敵わんわい」


「信じてください。作戦、聞こえました」


李は一瞬、内場を見て――笑った。


「……若造の癖に、肝が据わっとるのぅ」


江頭が刃を引きずり、振り向く。


「ちょこまかと……!」


苛立ちが、皮膚の隆起となって表れる。


「おらぁぁぁ!」


胴体から刃が噴き出す。


「っ!」


内場と李は横に飛ぶ。

布が裂け、血が滲む。


「退くぞ!」


2人はエスカレーター右側――安藤たちの位置へと走る。


「連れてくるな!」


ドルチェが叫ぶ。

MP5SDが咆哮する。


――ガンッ。


乾いた金属音が弾け、弾丸が弾かれた。

鋼のような皮膚の表面に、白い火花が散る。


江頭は、口の端を歪めた。


(……聞け)


金属音。

自分の皮膚が、世界を拒んだ音。


(これが、俺の“外側”だ)


呼吸が荒くなる。

心拍に合わせ、皮膚の内側がじくじくと軋む。


内場と李が走る。

銃声が重なり、足音が反響する。


――昔は、違った。


ただ立っているだけで。

ただ歩いているだけで。

視線が、刺さった。


「……うわ」


誰かの、抑えきれなかった声。

それだけで十分だった。


(見るな)


前髪を引き下ろす感覚が、ふと脳裏をよぎる。

病変で荒れた皮膚を人目に晒さぬよう、顔を隠す。

隠しても、視線は消えなかった。


“気持ち悪い”

“触るな”

“近づくな”


言葉にされなくても、わかった。

肌が、全部を決めていた。


「ちょこまかと……!」


現実に引き戻すように、江頭は吼える。

皮膚が隆起し、刃となって噴き出した。


内場と李が、紙一重で躱す。


――努力?

――性格?

――中身?


そんなものは、誰も見ていなかった。

その理由は全部、同じ場所に帰結する。


“肌”。


世界は、外側しか見ない。


(だったら……)


腕の皮膚が波打つ。

刃が、より鋭く伸びる。


弱点だったものが、

武器になった瞬間。


(ああ……)


(これなら、俺は立っていられる)


江頭は踏み込み、刃を振るう。

だが――


――ダダダッ!


内場、李、ドルチェの銃弾が一斉に叩き込まれる。

衝撃に押され、背中を氷柱に叩きつけた。


「チャンスだ!こいつら集まったぞ!

 まとめて凍らせろ!」


江頭は鮫田に向かって怒声を上げる。


その瞬間。

内場の耳が、氷壁の向こうの動作音を拾った。


服が擦れる音。

手を上げる気配。


「来ます!避けて!」


冷気衝撃波(フロストショック)


――バキバキバキバキッ!!


隊員達は内場の言葉を聞いて、咄嗟に横に跳んだ。


冷気の塊が戦場を薙ぎ払う。

床も棚も、空気さえも凍りつく。


凍りついた領域に立っていた江頭の身体も、氷に覆われる。


――だが、動いた。


「無駄だ。俺の皮膚は、温度も通さない」


「なら――これは?」


長谷川の銃撃。


ダダダン!!


サーム弾が、胴体に突き刺さる。


ゴォッ!!


閃光。

瞬間的に発生する、灼熱。


「……熱? そんなもの、俺の皮膚は通さん――」


……ビキ


江頭の動きが止まる。


ビキビキビキッ!!


鋼の皮膚に、亀裂が走る。


「――ぎゃああああ!!」


痛みが、皮膚の“内側”から突き上げる。


「高温だけじゃ恐らく貫けない。

 でも――急激な温度差なら話は別です」


長谷川の声が、遠く聞こえる。


熱衝撃破壊(サーマルショック)――

急激な温度差によって生じる熱応力が、物体を内部から破壊する物理現象。

凍結した皮膚に2,000度近い熱を叩き込まれ、さすがの江頭の装甲も耐えきれなかったのだ。


江頭の視界に、氷壁が映る。

そこに映ったのは――


黒く硬化した皮膚。

ひび割れ。

血に濡れた、自分の姿。


皮膚を操る力を得て、

もう隠す必要はないと思っていた。


皮膚が、鎧だと。


――そのはずなのに。


ひび割れは、確かに広がっている。


冷気。

温度差。


甲冑の内側で、神経が悲鳴を上げる。


(やめろ……)


(壊れるな……)


壊れたら、どうなる?


異能が剥がれたら。

この皮膚が、ただの皮膚に戻ったら。


――また、あの視線だ。


無意識に、影を探す。


(……頼む)


(見捨てるな)


声にならない声が、喉の奥で震える。


異能者である前に。

武装した敵である前に。


そこにいたのは――

再び“報われぬ者”に戻ることを、何より恐れる男だった。



内場は銃を構え、叫ぶ。


「誘導完了です!」


安藤が跪いて苦痛に悶える江頭を見据える。


「……投降してください」


氷の向こうで、鮫田が吐き捨てる。


「……使えねえ。どけ、江頭」


冷気が、再び集束し始めた。

空気がより一層、冷たくなる。


今週も毎日21時前に1話ずつ更新予定です(水曜休載)

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