第二十九章:親子の会話 2
登場人物の過去を書くのは楽しいんですけどね…
あれもこれも入れたい…と悩みながら書いているので、少しゆっくりペースですが
どうか優しく見守っていただけたら嬉しいです!
午後の光が王宮の回廊を柔らかく照らしていた。
侍従に先導され、ウィリアルドは王と王妃の待つ謁見の間へと向かっていた。
「……父上、母上がこの時間に揃って話すとは珍しいな」
そう呟きながらも、彼の足取りにはためらいがなかった。
扉の前で一礼すると、重厚な扉が静かに開かれ、威厳に満ちた空間が彼を迎え入れた。
玉座に並ぶ二人の姿。王は険しい顔で書簡に目を通し、王妃は穏やかな微笑みを浮かべて息子を見つめていた。
「ウィリアルド、こちらへ」
王の声は落ち着いていたが、その響きには確かな重みがあった。
「はい、陛下」
ウィリアルドは真っすぐに歩を進め、膝をついた。
「今日は公務ではないが、お前に少し聞きたいことがあってな…
最近、お前が頻繁に外出していることについて、幾つか報告が上がってきている。
公務に支障はないと確認しているが……念のため、本人の口から聞いておきたくてな」
ウィリアルドは自分が呼ばれた意味を瞬時に理解した。
あまりに頻繁に星霞亭へ通っていたし、尾行の件もあった。
自分がいかに浮かれていたかをようやく認識し、心の中に静かな反省の念が広がっていく。
「……ご心配をおかけして申し訳ありません。
ですが、外出先は限られており、公務にも一切の支障を与えてはおりません。
すべて、私なりの責務の一環として行動しております」
その口調は冷静だったが、内には複雑な葛藤が渦巻いていた。
記憶喪失という決定的な事実が、すべてを曖昧にしていた。
本人の証言も得られず、軽率に話せば混乱や疑念を招き、王家の威信すら揺るがしかねない。
慎重であらねばならなかった。
王は頷くと、静かに視線を移した。
「……それはわかっている。
ただ、何か心を煩わせるものがあるのなら、我らに相談しても構わぬのだぞ」
「ありがとうございます、父上」
ウィリアルドは深く頭を下げた。だがその胸には、まだ言えない真実が重く沈んでいた。
王妃が静かに口を開いた。
「私も気にしていたの。あなたが何を想い、どこへ向かおうとしているのか
……母として、知りたいだけなのよ」
その優しい声に、ウィリアルドは一瞬、言葉を詰まらせた。
しかしすぐに表情を引き締め、穏やかに言った。
「……今は、まだお伝えできないこともあります。
ただ、いずれ必ず、すべてを話す日が来ると思います。
それまでは……どうか、信じてお待ちいただけますか」
その言葉には、年齢にそぐわぬ覚悟が宿っていた。
王と王妃は短く視線を交わし、やがて王が小さく息を吐いた。
「……わかった。その時を待つとしよう。
ただし、余計な詮索を招かぬよう、行動には十分に気を配れ」
「心得ております」
王妃は、そっと立ち上がり、ウィリアルドのもとへ歩み寄る。
「あなたが話してくれるのを待っているわ。けれど……無理はしないで」
ウィリアルドはその手を取り、静かに頷いた。
しかし王妃は一呼吸おいて、ふと真顔になった。
「この件はリアナも心配しています。
あなたと話す機会も減って少し寂しそうにしていたわ。
奥ゆかしい子だし、立場的にも言いづらいでしょうからね。
…この機会に“候補”から正式な婚約者として話を進めてもよい頃合いでは?」
その提案に、ウィリアルドの表情が一瞬で変わった。
彼の胸中には、未だ誰にも明かせない事情があった。
「…婚約については、次の私の誕生日まで、保留という約束だったはずです。
ディアクレス家にも、早々に代わりを立ててしまったら失礼にあたります」
ようやく絞り出した言葉には、芯のある静けさがあった。
王妃はやや語気を強めた。
「…リアナのどこが不満なの?」
ウィリアルドは一瞬、唇を噛んだ。
「不満などありません。そのような問題ではなく、気持ちの問題なのです」
理屈では割り切れぬ情が、彼の胸の奥でくすぶっていた。
「まさかとは思うけど、女性関係で出歩いているのではないでしょうね?」
その言葉に、ウィリアルドは一瞬口を閉ざす。
図星をつかれたのではない。だが、否定できるほど単純な感情ではなかった。
王妃の声が鋭くなる。
「ウィリアルド、軽率な行動は許しませんよ」
「軽率……?私の行動や想いは、軽くありません!」
感情がにじみ出るように、ウィリアルドの声が高まった。
クラリスへの想いだけは否定させるわけにはいかないのだ。
王妃は目を細めたが、すぐに表情をやわらげた。
「……それなら、信じて見守るだけです。けれど、あなたの立場を忘れてはいけません」
「……承知しております」
謁見の間を出た後、彼はしばらく誰もいない廊下に立ち尽くしていた。
――いつか、この手で真実を明かす時が来る。
それは遠いようでいて、確かに近づいている気がした。
その胸に、小さく熱い灯がともるのを感じながら、彼は静かに歩き出した。
* * *
謁見の間の扉が閉まった後、王は重く腰を下ろし、しばし沈黙した。
「……あの子の目は、決して嘘をついてはいない」
「ええ、でも何かを隠しているのも確かね」
王妃が静かに呟く。王は頷きながらも、深く息を吐いた。
王妃が少し思案した後、王に提案する。
「…婚約者の件、進めましょう。
あの子が最後に感情的になったのを見て少し不安があるし、
…なによりあなたのように華やかすぎる噂を立てられるようなこともなく、
正式な婚約者を立てておけば余計な憶測も避けられるでしょうから」
王は公務のときは、厳格そのものだが、元来の性格は飄々としている。
かつて学園時代、今の王──当時の王太子は、
まるで風のように自由で、そして華やかな存在だった。
浮ついた噂が絶えず、可愛い子を見るたびに目を細め、無邪気な笑みを向ける。
王妃はそんな彼に、何度心をざわつかされたかわからなかった。
ふいに話題が過去の話に飛び、王が口を開く。
「…因みに私は、浮気は一度もしていないぞ」
王がバツが悪そうに口にすると
その言葉に、王妃は眉をひそめてぴたりと手を止めた。
王はその視線に思わず肩をすくめ、目を泳がせた。
「浮気はね……でもいったい何人の娘を勘違いさせてきたの?」
「うっ……」
「あなたのそういうところが、息子に影響を与えてるかも知れないのよ。
いい加減、反省なさい」
「……肝に銘じておこう」
王は肩をすくめ、苦笑いをした。
話を戻そうとコホンとわざとらしく咳払いをする。
「ディアクレス家はどうする?」
「…時間が解決してくれるという訳ではないけど、
あれから2年も経ちますし…一度、提案できないかしら?」
「ディアクレス夫人は最近ようやく元気を取り戻したと聞く、
公爵は夫人を大切にしていると有名だし…少し早計ではないか?」
「でも夫人が立ち直れたのも、ウィリアルドとリアナが関わっていると聞いてるわ」
王は息子の想いを汲むべきか、王妃の想いを汲むべきか、少し考える。
「…少し調査させるか、 いつまでもこのままという訳にもいくまい」
「ありがとう、あなた」
王妃は王の肩に手を置き、軽く笑みを浮かべた。
「王家に相応しい花嫁を迎えるためにも……慎重にことを運ばねばな」
玉座の背後に差し込む光が、静かに王と王妃の影を長く伸ばしていた。
皆さんのおかげで、ここまで書けました!
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