第三十章:親子の会話 3
あれもこれも入れたい…と悩みながら書いているので、少しゆっくりペースですが
どうか優しく見守っていただけたら嬉しいです!
夕暮れの光が、王都の南にある小さな食堂「星霞亭」を優しく包んでいた。
忙しい昼の喧騒も落ち着き、厨房では今日最後の煮込みが静かに湯気を立てている。
セランはカウンター越しに並んだ皿を拭きながら、ふと扉の方へ目を向けた。
まだ来ない。けれど、きっと来る。
(今日も、来てくれるかな……)
誰にも告げぬまま、胸の奥で膨らむ期待を、セランは自分でも持て余していた。
理由はわからない。ただ、あの青年が店に現れるたび、胸の奥にぽうっと灯るような感覚があった。
その様子を、厨房からヴェルド夫妻──女将のミールと大将のセージ──はそっと見守っていた。
「……また、あのウィルって人を待ってるのかね」
と、女将がそっと呟く。
「気持ちはわかるが、あの人は貴族だ。深入りしすぎてはいかん」
大将もまた、セランの気持ちに気づいていた。
しかし、身分の差がもたらす重さも理解していた。
そのとき、扉の鈴が鳴った。
「こんにちは」
凛とした声とともに、ウィリアルドが姿を現す。
「いらっしゃいませ! 今日も来てくれたんですね」
セランは思わず顔を綻ばせた。
「君が出迎えてくれると、ここがまるで天国のように思えるよ」
そんな軽口を交わしつつ、ウィリアルドはいつもの席についた。
しばらく談笑が続いた後、ふと彼が言った。
「セラン……君は、小さいころもきっと今と同じように可愛らしかったんだろうね」
セランは目を瞬かせた。
「……小さいころ、ですか?」
「そう。たとえば、どんな遊びをしていたとか、どんな風に笑っていたのかとか。
もし覚えていたら、聞いてみたいな」
その瞬間、セランの顔から表情が消えた。
頭の奥に、鈍い痛みが走る。
「……ごめんなさい。私、昔のことが……」
言葉を繋ぐより早く、セランの額に手が添えられた。
「大丈夫かい?」
「少し、頭が……」
その声に、厨房から飛び出してきたミールとセージが駆け寄る。
「申し訳ありませんが、今日はこれで」
「ですが……」
「セランの様子が少しおかしいのです。どうか、今は……」
その言葉にウィリアルドは何かを言いかけたが、口を閉ざした。
やがて静かに席を立ち、深く頭を下げて店を後にした。
* * *
夜更け、店内が静まり返った頃。
階段の軋む音が聞こえ、ヴェルド夫妻が顔を上げる。
セランが、ゆっくりと降りてきていた。
「……ごめんなさい。眠れなくて」
「無理もないよ。飲み物、何か飲むかい?」
「うん…お父さん、お母さん、少し、話してもいい?」
温かいお茶が湯気を立て、三人は店の隅のテーブルに座った。
いつもなら顔を見ながら談笑する三人が、
お互いの顔を見ることなく、コップの水面をのぞき込んでいた。
セランは、指を組みながらぽつりと尋ねた。
「……私、子供のころってどんな子だったの? 何も思い出せなくて…」
しばし沈黙が流れた。
やがて、父親であるセージが重い口を開く。
「セラン、お前には……伝えなければならないことがある」
その声は、静かでありながらも、深い覚悟に満ちていた。
「お前は、私たちの……本当の子ではないんだ」
セランの目が揺れた。
「え……?」
驚きと同時に、どこか納得する気持ちもあった。
「やっぱり…そうなんだ」
女将が驚いたように顔をあげる。
「気づいていたのかい?」
セランは少し沈んだ顔でうなずく。
「だって私、見た目が2人に似てないもんね」
「…寂しい思いをさせたね」
「なんで……見ず知らずの人間なのに、育ててくれたの?」
ミールとセージは顔を見合わせ、深く息をついた。
「……昔、セラン村というところで私たちは暮らしていた。
実は私達には遅くに授かったもう一人の娘――ジル――がいたんだ。」
セランは内心驚きながらも、黙って話を聞いていた。
「ジルは、生まれつき体が弱くてな。 医者も少なく、満足な治療も受けさせてやれなかった」
「食堂の切り盛りに追われながら、合間にジルの顔を見に行く毎日だった。
あの子は、それでもいつも笑っていて……その笑顔が、何よりの支えだった」
「でも、ある日……夕方の休憩中には元気に笑っていたのに、
夜、様子を見に行ったら……もう、息をしていなかった」
セージの声が震え、ミールは彼の手にそっと手を重ねる。
「セラン村の家には、思い出が詰まりすぎてて、
辛くて辛くて……それで、王都で心機一転、新しく店を開こうって決めたの」
「王都への道中で、星霞草の花びらが風に舞っていた。
あれはセラン村にしか咲かない花なのに……不思議に思って、つい追いかけたんだ」
「すると、道端に、血まみれで倒れているセランを見つけた」
「何日も目を覚まさなくて、でも開業準備の合間に何度も見舞いに行って……
まるでジルがいたころと同じ生活だった」
「そして目を覚ましたときには、記憶は一切失われていて。
名前すらわからなかったから、お前が呟いたことからセランと呼ぶことにした。
多分、私達がセラン村の話をしていて、それを自分の名前だと勘違いしたんだろうな」
と思い出すように笑った。
「最初は保護するだけのつもりだった。
でも、一緒に過ごすうちに……他人とは思えなくなって。
ジルの代わりなんかじゃない。 お前自身が、大切な存在になっていったんだ」
ミールは涙ぐみながら微笑み、セランの手を取る。
「血は繋がっていなくても……お前は、私たちの娘だよ」
セランの胸に、今まで味わったことのない熱い何かがこみ上げてきた。
一瞬、心が大きく揺れ、混乱と安堵の波が交錯する。
その中に確かな愛の重みを感じ、涙が頬を伝い、やがてこぼれ落ちた。
「ありがとう……お父さん、お母さん」
その言葉に、ヴェルド夫妻もまた、目頭を押さえながら小さく頷いた。
しばらくの間、三人は無言のまま、そっと抱き合っていた。
胸の奥に絡まっていた感情がようやく解きほぐれ、安堵と涙が温かく入り混じる。
やがて落ち着きを取り戻したセランが、そっと顔を上げ、再び口を開いた。
「そうだ、ひとつ聞きたいことがあるの」
セランが思い出したように尋ねる。
「定休日になると、二人で朝早くから出かけてたのって……もしかして」
「……ああ、ジルの墓参りさ」
「そっか……次は、私もジル…お姉ちゃんの墓参りに一緒に行ってもいい?」
ミールとセージは、顔を見合わせ、深く頷いた。
「もちろんだよ」
セランは小さく微笑みながら、亡き姉にも胸の内を語りたいと思った。
店の外には、変わらず静かな星霞草の風が吹いていた。
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