第二十八章:親子の会話 1
リアナは父――宰相ゼグレスト・ルーデンドルフの執務室を訪ねた。
「お父様、お時間をいただけますか?」
執務机に山積みの書類を前にしていた宰相は顔を上げ、娘の姿に僅かに眉を上げた。
「珍しいな、こんな時間に。入れ」
リアナは軽く会釈して部屋に入ると、丁寧に扉を閉め、静かに腰を下ろした。
「殿下の……最近の外出について、何かご存じではありませんか?」
ゼグレストの口元がわずかに歪んだ。
「ようやく動き出したか、リアナ。もちろん、既に調べさせてはいる」
その声には温情も遠慮もなかった。
「だが、困ったことにな。毎回、途中で尾行が気づかれてな。”お前の殿下”の盾――ライナート・グレイアスという男に、ことごとく撒かれている」
「ライナートが……?」
リアナの表情が一瞬険しくなる。ゼグレストはその変化に気づいていたが、あえて無視し、続けた。
「流石はグレイアス家の神童だ。危機察知能力も申し分ない。今は邪魔で仕方ないが……お前がウィリアルドと結婚すれば、実に使える駒になるだろう」
その余裕を含んだ笑みに、リアナはそっと目を伏せた。
「つまり、行き先は……」
「明確な場所までは掴めていない。ただ、王都を出ている形跡はない。毎日、王宮へ戻っていることからもな」
ゼグレストは椅子にもたれ、指先で机を軽く叩いた。
「時期的に考えても、先日の王都視察が関係しているだろう。特に、二日目の行き先が怪しい」
「……南、ですね。なぜ、そこだと?」
「気づかんか、リアナ」
ゼグレストはわざとらしく目を細め、娘を値踏みするように見つめた。
「初日は北市場から始まり、工房地区、医療施設は我が領土も含まれている。
予定通りに終わっているしな。お前に贈り物をする余裕すらある。
だが、二日目の南は遅延が発生していた。
報告では特に問題はなかったとされているにもかかわらず、だ」
リアナは息を呑んだ。
「しかも、その日から……殿下の様子が明らかに変わった」
「そういうことだ。南で“何か”を見つけた。いや、“誰か”かもしれんな」
ゼグレストは椅子を揺らしながら、意味深な笑みを浮かべた。
「ある程度の目星はついている。
待ち伏せも視野に入れているが……その前に、王や王妃を動かすのも手だ」
そして、ふと目を細めてリアナに向き直る。
「お前も今日、王妃に会いにいったのだろう?」
リアナは驚きを隠せず、一瞬言葉を失った。
「……ご存じだったのですね」
自分の行動が筒抜けであったことに、背中に冷たい汗が伝う。
ゼグレストは娘の動揺をまるで愉しむかのように微笑んだ。
「お前が何をしているか、何を考えているか、それくらい把握している。
…それに忠実な護衛はライナートだけだしな。」
リアナは唇を結び、無言のまま立ち上がった。
「……ですが、他の護衛も皆、行き先を教えてはくれませんでした」
「私を誰だと思っている」
そう言い放ったゼグレストの声には、確かな自負と底知れぬ闇が滲んでいた。
「失言でした…ありがとうございます。お父様」
リアナは笑みを浮かべながらも、その内側で言いようのない寒気を覚えた。
丁寧にお辞儀をして部屋を出たとき、その背後で扉が重たく閉じる音が、ひどく遠く感じられた。
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