閑話~忠誠の原点~
今回は、物語の合間に登場人物の過去に少し触れています。
どこで入れようかずっと迷っていたのですが、思い切って今のタイミングで挟んでみました。
話の進行を楽しみにしていた方には申し訳ありませんが、彼らの背景も物語の一部として、温かく見守っていただけたら嬉しいです。
ライナート・グレイアスが忠誠を誓うと決めた、ささやかで、けれど確かな瞬間の記憶。
数年前。
ライナートは将軍家の次男として育てられた。
剣の才に恵まれた兄が注目を浴びる一方で、ライナートは兄に負けないよう弛まぬ努力を続けていたが、周囲からは「兄には敵わない」と見なされ、比較され続けた。
だが彼はもともと軍略や政治、座学に興味を持ち、勉学に勤しみ
学生ながらその能力は突出していた。軍学校では首席を維持し、指揮官としての資質は教官たちの誰もが認めるほど。
そんな彼が突然、皇太子ウィリアルドの近衛騎士に抜擢されたのは、十六の春のことだった。
その時は素直に誇らしく思った。ようやく自分の努力が認められたのだと。
だが、ある日。
偶然耳にした父と兄の会話が、その喜びを曇らせた。
「ライナートは将軍職より近衛騎士の方が向いている」
「……じゃあ、俺が外されたのは仕方ないってことか?」
「…まあ…そういうことだ」
何気ない兄の皮肉。そして父の肯定の言葉。
父は本来、兄には将軍職も近衛騎士も務まらないと見ており、ライナートの方が実力者だと認めていた。
だがそれは、兄にもライナートにも十分に伝わっていなかった。
* * *
その日から、ライナートは近衛騎士としての務めを果たしつつ、胸の奥に孤独と苦悩を抱えていた。
そんな折、クラリスの事故が起こった。
あの気丈な皇太子が、力なく、何も語らず、ただ沈んだままでいた。
(人の代わりなどいくらでもいる……そう思っていたのに)
ウィリアルドの喪失と向き合う姿を目にしたとき、
ライナートは初めて、人を深く想うということを知った。
自分の甘さを恥じ、クラリスの護衛についてもっと熟慮していればと自責の念に駆られた。
兄の方が近衛騎士に相応しかったのではないか、と悩みながら、ついにウィリアルドに頭を下げた。
「殿下、どうか兄を近衛騎士としてお迎えください。自分は……その役に値しないかもしれません」
ライナートが顔を伏せ、覚悟をにじませて言葉を告げると、
ウィリアルドは静かに、しかし確固たる声音で言った。
「私は、お前を選んだ。兄君ではなく、ライナート――お前をだ。」
その瞳はまっすぐにライナートを見据えていた。
「この任に最もふさわしい者は誰か、私は熟慮し、自らの意志で選んだ。お前以上の者はいないと、今もそう確信している。」
言葉には揺るぎのない信念が宿っていた。
「もし悔いがあるのならば、その想いを剣に宿せ。そして今後は、私と――私が守りたい者たちのために、その力を尽くしてくれ。」
その声音には、十四歳になったばかりの少年とは到底思えないほどの確信と、静かな威厳が宿っていた。
その瞬間、ライナートは驚きとともに、胸の奥に熱く静かな焔が灯るのを感じた。
選ばれた。
初めて、自分の存在を真に必要としてくれた人がいた。
その言葉の温かさに、ライナートの心は救われ
――この人のために剣を振るおう。
そう、ただそれだけを胸に、彼は誓いを立てたのだ。
* * *
「……おい、ライナート。聞いているのか?」
ふと現実に意識を引き戻された。
馬車の中、満面の笑みを浮かべてセランの話を続けるウィリアルドが、ライナートの袖を引く。
「セランが今日、“ウィルさん”って呼んでくれたんだ。あの響き、最高だったよ」
「はぁ……それはそれは」
いつになく浮かれている殿下を見て、ライナートは呆れたように、けれどどこか懐かしむように微笑む。
(……あの頃と比べれば、随分と変わったな)
「護衛がありますので、そろそろ馬車の外に出てもよろしいでしょうか」
「いや今後の作戦もあるからまだ馬車の中にいろ。
その為に今日の感動を詳しく聞いてもらう必要がある。」
(クラリス様のこと以外は冷静な方なのだが…)
忠誠を誓ったあの日の、静かな覚悟。
それでも、こうして笑っていてくれるなら、きっとそれが一番なのだと、ライナートは静かに思った。
皆さんのおかげで、ここまで書けました!
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