第二十六章:星霞亭の変わり始めた日常
更新遅くなりました。
これからはもう少し更新できたらな~と思ってます。
また星霞亭を訪れたウィリアルド。庶民の装いのまま店に入ると、すぐにセランの姿を見つけた。
「こんにちは、セラン」
「いらっしゃいませ……って、また来たんですか?」
セランは思わず笑ったが、照れたように視線を逸らし、頬を赤らめた。
「君の笑顔を見られると、やっぱり嬉しいんだ」
「も、もう……またそんなことを……」
照れて目を逸らすセランに、ウィリアルドは心底楽しそうに微笑んだ。
胸の奥から自然に湧き出る思いが、言葉となってこぼれ落ちる。
その時、ふとウィリアルドはライナートのことを思い出し、
セランが彼を名前で呼んでいたことに小さな嫉妬を覚えた。
「ねぇ、もしよかったら、僕のことは“ウィル”って呼んでくれないか?」
「えっ ……なんだか、慣れないですね」
「これからも君に会いに来る予定だし、名前を知らないと不便じゃないか?……名前を呼んでほしいんだ」
「……ウィルさん?」
セランが困ったように笑った、その瞬間――
「……えっ?」
背後で酒樽が落ちる音が響いた。
リオン・アルバが驚いた顔で、転がった酒樽を慌てて拾い上げた。彼の目はセランとウィリアルドを交互に見つめ、言葉を失っていた。
「……なんだよ、これ……」
その後、リオンは女将に事情を尋ねた。
「すみません、あの客……この前の変なやつですよね。セランと、どういう……」
「どうって……この前、セランに怖い思いをさせたって謝罪に来てから、ずっとあんな調子さ。毎回お花持ってきてね。……まあ、変な真似はしてないし、セランも嬉しそうだから、私も見守ってるけどね」
リオンはそれを聞いてショックを受け、肩を落として店を後にした。
***
外に出ると、星霞亭の近くで待っていたライナートが声をかけてきた。
「……どうかされましたか?」
「……うるさい、放っておいてくれ」
リオンは俯いたまま通り過ぎようとしたが、ライナートは少しだけ肩をすくめて言った。
「……世の中には、報われない恋もあるものです。
ですが、だからといって、あなたの価値が下がるわけではないですよ」
「誰が恋なんて……!」
リオンは顔を真っ赤にして言い返すと、走るようにして路地裏へと消えていった。
ライナートはその後ろ姿を見送って、小さくため息をついた。
「殿下の周りは、今日も騒がしいですね……」
***
夜、セランは布団の中で眠りについた。
白い霧に包まれた静寂の中、どこかで誰かが、確かに自分ではない名前を呼んでいた。
『クラ…リス……』
その声は懐かしくも、苦しくもあった。
夢の中で振り返ろうとしても、姿は見えない。
目が覚めた時、頬には涙が一筋流れていた。
「? 誰……それ……?」
ウィルという人に出会ってから、この夢が頻繁に現れるようになった。
胸が締めつけられるような痛みに、セランは胸元を押さえた。
***
店を閉めた後の夜更け、ヴェルド夫妻は温かなお茶を飲みながら、小さくため息をついた。
「ねえ、あの青年……ウィルって名乗っていたけど、本当にセランの知り合いなのかいね」
「それに…ライナートって人も含めて、おそらく貴族なんだろうな」
夫人は思い出すかのように天井の明かりを見つめ、
「セランを見つけたときに着ていたドレスも、
破れてはいたけど、あれは相当上等な仕立てだったしね」
「元気に生きてくれているのも奇跡みたいな状況だったな」
「……もし、本当に記憶を失っているんだとしたら、思い出した時に……あの子、私たちの元から離れていくのかもしれない」
「そうだね……けど、幸せになってほしい気持ちもあるし、複雑だよ」
「どっちに転んでも、あの子が泣くようなことにはしたくないね。
私たちにできることは、そっと見守ることだけかもしれないね」
静かな部屋に、お茶の湯気がやさしく立ち上っていた。
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