第二十三章:謝罪訪問
休日出勤しててふと思ったんですけど、
ライナートはちゃんと休み貰えているんだろうか…
早朝の王都はまだ静寂に包まれていた。陽は昇りかけ、薄明の光が石畳をやわらかく照らしていた。
ライナートとウィリアルドは、庶民風のシンプルな服装に身を包み、星霞亭へと向かう馬車の中にいた。昨日の出来事を悔い、誠意を示すための訪問を計画していた。
「まずは私が話しかけます。あくまで一客として、顔なじみ程度にはなっていますので」
ライナートが慎重に言うと、ウィリアルドが眉をひそめ、じとっとした目を向けた。
「……なぜ、そんなに馴染んでいる?」
「殿下に頼まれて通っておりましたから」
「仲良くなれとは言っていない!」
「ですが、接触するには自然な距離感が必要だったもので」
「……そこら辺について後で詳しく報告してもらおう」
「すでに報告書は提出しております」
「……余計なところで優秀だな、君は」
「過分なお言葉です」
肩をすくめるようなやり取りを交わしながらも、馬車はやがて星霞亭の前に静かに停車した。
***
店の前に立ち止まると、ライナートが軽く扉をノックした。
「……まだ準備中です」
中から聞こえてきたのは、女将の落ち着いた声だった。
ライナートは一歩前に出て、はっきりと答える。
「ライナートと申します。昨日、こちらで我々の不始末によりご迷惑をおかけしました。その件で、謝罪に伺いました。開店準備中申し訳ありませんが、開けていただけないでしょうか」
しばらくの沈黙の後、女将が少し考えたような声で応じた。
「この声……我々ってことは、昨日の人と知り合いだったのかい?」
ライナートが本来の関係を伏せながら説明する。
「以前、知り合いに似ている人を探していると申しましたが、その依頼主が彼だったのです」
ウィリアルドも前に出ると、やや緊張した面持ちで頭を下げた。
「セラン嬢に謝罪する機会をいただけないだろうか」
「謝罪かい?……うちの娘に不埒なことしといて、今更なんだい」
ウィリアルドが深く頭を下げ、真剣な口調で言った。
「怖い思いをさせるつもりはなく、あまりに大事な人に似ていたもので……本当に申し訳ありません」
「帰っておくれ!」
女将の怒鳴り声に奥にいたセランが異変に気付く。
「お母さん、どうしたの?」
その声にウィリアルドが反応し、ドア越しに必死に叫ぶ。
「セラン嬢ですか?昨日は急に抱き着いてしまって申し訳ない!」
「抱き着いてって……昨日の変態さん!?」
「へん…たい。…いや、そう思われてもしょうがない」
セランに変態扱いされて、ウィリアルドは相当へこんでいた。
ライナートがここで助け舟を出すことにした。
「セラン様、主が直接、昨日の件について謝罪したいと今日伺わせていただきました。どうかドアを開けていただけませんか」
セランは少しだけ悩みながらも、決意を込めた声で答えた。
「お母さん、開けてあげて」
女将が驚いた様子で言う。
「こんなやつらに会う必要はないよ!昨日怖い思いしただろう?」
「なぜだかわからないけど、悪い人ではないと思うの。それに、お店の前にずっと立たれてたら迷惑でしょ?」
一瞬の沈黙のあと、女将はため息混じりに言った。
「しょうがないね、開けるからちょっと待ちな」
内側から鍵が外される音がして、ギイ、と音を立てて扉が開く。
現れたのはヴェルド夫人だった。彼女はライナート達の顔を見て、目を細める。
「またあんなことしたら承知しないよ」
その奥から、セランが顔を覗かせた。
「この前の……ライナートさんっておっしゃるんですね」
彼女の声にはまだ少しの警戒が混じっていた。
ライナートは深く頭を下げた。
「セラン様……申し訳ございません。ある人物を探していた主がこの方で、昨日は突然の行動に出てしまい、大変な恐怖を与えてしまいました」
ウィリアルドも、かしこまった姿勢で頭を下げた。
「セラン嬢、昨日は怖い思いをさせてしまって申し訳ない。本当にすまない」
その様子を見て、セランが慌てて手を振る。
「二人とも顔を上げて下さい。確かに怖かったけど、もう怒ってませんから」
その言葉にウィリアルドが顔を上げ、安堵と喜びを滲ませた笑顔で言った。
「本当かい? セラン嬢はやさしいんだね。これ、お詫びの印に」
そう言って、ウィリアルドがそっと差し出したのは、丁寧に束ねられた星霞草の花束だった。
「……この花」
「何がいいか迷ったんだが、この店の名前に因んで選ばせてもらったんだけど……」
ゆっくりと花束を受け取ったセランは、ふわりと微笑んだ。
「……私、この花、大好きなんです」
その笑顔に、ウィリアルドは思わずつぶやいた。
「……なんて可愛いんだ」
「ふぇっ?」
セランは突然言われた言葉に頬を染めて、恥ずかしそうに目を伏せた。
「すまない……つい」
セランは花を見つめ、そしてふと、ウィリアルドの顔を見る。
なぜか、心がざわめく。
「……困った人ですね、本当に。
でも……なんだか、許してしまいそうです」
可笑しそうに笑うセランの髪に、ウィリアルドが手を伸ばそうとしたその瞬間――
女将が腕を組んで仁王立ちになり、低く一喝した。
「待ちな!」
甘い雰囲気が一気に崩れた。
「何セランに触れようとしてるんだい!」
ウィリアルドがすぐさま頭を下げた。
「申し訳ありません」
「セランも油断してるんじゃないよ!」
「ごめんなさい!」
セランもすぐに頭を下げた。
その光景が可笑しくて、皆でつい笑ってしまった。
「まったく、しょうがない子達だね。
すっかり毒気が抜かれちゃったよ。セランも許しているし、もう何も言うことはないよ」
「すいません、ありがとうございます」
「ただ、そろそろ開店準備に戻らないといけないから、今日はもう帰っとくれ」
「はい。……セラン嬢、お願いがあるのだが」
「なんです?」
セランは首をかしげる。
「また客としてでも、ここに、君に会いに来ていいだろうか」
セランはきょとんとしてから、ぱっと笑顔になった。
「ご来店、お待ちしてますね!」
とびきりの笑顔で答えた。
「ありがとう、また来る」
ウィリアルドも、とびきりの笑顔で答える。
が、なぜか動かないので――
「では、また改めて伺わせていただきます。本日は、ありがとうございました」
ライナートはもう一度、丁寧に頭を下げ、ウィリアルドを引きずるようにして店をあとにした。
***
扉が再び静かに閉じられたあと、ウィリアルドはぽつりと呟いた。
「……可愛すぎないか」
ライナートは聞かなかったことにして、淡々と言った。
「主、帰りますよ」
「……もう少しだけ、余韻に浸りたいのだが」
ライナートは呆れ顔で肩をすくめた。
「ここでは目立ちますし、迷惑ですよ」
「ふむ……では、余韻は心の中で味わうとしよう」
「そうして下さい」
ウィリアルドは名残惜しそうにもう一度振り返ったが、すでに扉は静かに閉じられていた。
「……本当に、また来てもいいのだろうか」
「はいはい、何度でもどうぞ。ただし、次は変態扱いされないようお気をつけて」
「む……それはもう十分に反省している」
朝の風が吹き抜ける中、ふたりはまた静かに歩き出した。
更新するたびに反応があると「見てくれてるんだなぁ」ってすごく嬉しくて、続ける力になっています。
のんびりペースですが、これからもどうぞよろしくお願いします




