第二十二章:嬉しい反省会
私生活が忙しく更新に間が空いていますが、
待っていてくれると嬉しいです。
星霞亭の扉が激しく閉まる音が、路地に残る昼の余熱に重く響いた。
そのすぐ外で、ウィリアルド・カディスは呆然と立ち尽くしていた。
「……クラリス……」
力なく呟かれたその名は、空虚な風の中へと溶けていった。
彼の両肩は小刻みに震えており、その目は、目の前に現れたはずの少女が自分を認識しなかった事実を受け止めきれずにいた。
しばらくして――
近くの建物の陰から一人の男が姿を現した。
ライナート・グレイアス。
王太子付き近衛騎士。
「……殿下」
その穏やかな呼びかけに、ウィリアルドはゆっくりと顔を向けた。
「……ライナート。彼女は……クラリスは、僕を……」
「……はい、聞いておりました」
「だが、間違いない。あれは、クラリスだ」
ウィリアルドの声は、震えていたが、強い確信が込められていた。
「姿も、声も、瞳も……すべてが、クラリスそのものだった」
ライナートは一瞬黙し、深く息を吐いた。
「……殿下、そのお気持ちは理解しております。しかし――」
「…わかっている」
ライナートは、馬車を手配するよう軽く合図しながら静かに頷いた。
「今は、この場を離れた方が賢明です」
***
その日の夕刻、王宮へと戻る馬車の中。
ウィリアルドは、座席にもたれたまま、まだどこか遠くを見るような目をしていた。
ライナートは静かに言葉を選びながら、口を開いた。
「殿下……もし、あの少女がクラリス様であるとするならば――」
ウィリアルドは、ライナートの言葉を遮るように言った。
「間違いなくクラリスだ」
そう言い切るその声音には、揺るぎない確信が滲んでいた。
「…となれば、記憶を失っているか、あるいは何らかの事情で身を隠している……そうだな?」
どうやら、ウィリアルドはようやく冷静さを取り戻したようだった。
「はい」
ライナートは頷きつつ、ひとつ気になっていたことを問いかける。
「…ちなみに殿下。クラリス様の叫び声だけは聞こえたのですが、中で何があったのですか?」
ウィリアルドは少し視線を落とし、ためらいがちに口を開いた。
「…抱きしめてしまった」
「なんと!?」
思わずライナートは声を上げ、眉をひそめる。
「…すまない」
ウィリアルドの声には、後悔と困惑が入り混じっていた。
ライナートはしばし黙し、天を仰いでから深く息をついた。
「……あれほど冷静にと申し上げましたのに」
「わかっている!だがクラリスがいたのだぞ!…冷静になどなれるはずもない」
ウィリアルドの言葉は感情に揺れていたが、どこか開き直った響きすら感じられた。
ライナートは苦笑しながらも頷いた。
「わかっております。私も初めてお会いした時は、流石に動揺しましたから」
ウィリアルドは静かに呟いた。
「…生きていてくれた」
「…クラリス様と確信されているのですね」
「間違いない。彼女以外にあり得ない……たとえ、私を覚えていないとしても…」
ライナートは真剣な表情で問いかける。
「…今後、どうなさるおつもりですか」
「……明日、もう一度、あの場所へ行こう。真意を確かめねばならん」
「ですが、今日の殿下の行動が、先方に強い不安を与えてしまいました」
ウィリアルドは深く目を閉じた。
「……ああ。わかっている。僕は、やってはならないことをしてしまった」
ライナートはやや呆れたような、しかしどこか諦めも混じった口調で言う。
「……まったく、殿下はクラリス様のことになると……」
「すまない……だが、もう次は取り乱さない。彼女に、謝らなければならない」
「ええ。それが第一歩です。そして、彼女やその家族に、誠意をもって接すること、
次の接触の際は、まず私が先に話をつけておきます。警戒を解くことが先決です」
ウィリアルドは深く頷いた。
「頼む、ライナート。……彼女を、再び失いたくない」
「必ず、最善を尽くします」
馬車の車輪が石畳をゆっくりと軋ませながら、王宮への静かな帰路を進んでいく。
その音が、また新たな再会への鼓動のように響いていた。
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