表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却の花嫁  作者: あかさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/36

第十八章:すれ違う影

その朝、星霞亭の厨房には、どこか緊張した空気が漂っていた。


「セラン、これ忘れないでね。帽子はしっかり深くかぶるんだよ」


「はいはい、お母さん。行ってきます」


「”はい”は一回」


「もう…」


セランはエプロンを脱ぎ、入り口に掛けていた薄手の上着を羽織った。

いつものように籠を持って外へ出ようとしたその時――


「……これも履いていきな」


そう言って差し出されたのは、落ち着いた色味のズボンだった。


「えっ、ズボン? これ、私のじゃ……」


「用意しておいたのさ。ほら、あの声が聞こえてから心配でね……」


「……これじゃあ、まるで男の子みたいじゃない」


「そのほうがいいのさ。目立たないってことが大事なんだよ」


セランは観念してズボンに履き替えた。

帽子を目深にかぶり、リオンが来るのを待ちながら小さくため息をついた。


「なんか納得いかない……」


「大丈夫、似合ってるさ。さ、行っておいで」


ちょうど扉が開き、リオンが現れた。


「おはよう……って、セラン? なんか……男みたいだな」


「……気にしないで」


「でも、なんか安心する」


セランは小さく頷いて、リオンと共に街へと向かった。


***


その頃、王都の街中では。


ライナート・グレイアスは、王家直属の近衛騎士でありながら、今は一人の影として、王都の路地を歩いていた。


(今日で五日目……思ったより、ずっと手こずっている)


陽光を遮る建物の影の中、彼は静かに人々の流れを観察していた。


(目立つ金髪。庶民の中に混じれば、すぐに見つかると思っていたが……)


だが、どの市場でも、どの店でも、そんな客は来ていないと口を揃えて言った。


「うちは昔から来てる顔ぶれだけですからねぇ」

「星霞亭の子ならよく来ますよ、可愛い子でね。……けど、あの子はただの食堂の娘さんですよ」


(……星霞亭。噂には聞いたことがあるな)


ある日、

ライナートは市の外れの八百屋で、ちょうど買い物をしているふたり組の若者を見かけた。


ひとりは籠を持ち、帽子を目深にかぶっている。

もうひとりは、酒樽を運ぶような太い腕をしていた。


「すみません」


そう声をかけたのは、思いつきだった。


「ここらで最近、金色の髪をした少女を見かけたことはありますか?」


リオンが一瞬驚いた顔をして、すぐに答えた。


「金髪……あー、そういう人は知らないですね」


帽子の奥からこちらを見たもう一人は、何も言わずに軽く頭を下げて、すぐに後ろへ隠れた。


(兄妹か? ……いや、男の子にしては華奢だが)


ズボン姿、帽子、そして距離。

それらが、彼女を見逃す要因となっていた。


(兄弟……だったのか? いや、待て。まさか、あれが……?)


一抹の違和感を覚えつつも、はっきりとした手がかりがないまま、時間は過ぎていった。


***


その日の夜、セランは店に戻ってからしばらくして、ヴェルド夫妻と話をした。


「リオンが言っていたけど…今日、金髪の少女を探している人がいたんだって?」


「うん、なんかこの前から聞き込みしてるらしくって」


セランがめずらしく暗い表情を見せている。


「何かされたのかい?」


「リオンがさりげなく庇ってくれたし、大丈夫だったよ。

でも、私何かしちゃったのかな…」


「もしかしたら綺麗な髪だからって、お貴族様に目をつけられたのかもしれないね」


「ええ、やだよ!私ここで働いていたいもん」


「私たちの可愛い娘を、貴族なんか渡してやるものかい」


ヴェルド夫妻は神妙な面持ちで、溜息をついた。


「リオンがいる時は、買い出ししてもいいけど、他は私がいくしかなさそうだね」


「でも、お母さん腰痛いんでしょ?」


「最近、楽させてもらったおかげか、大分よくなったよ。

それに娘の為ならなんともないさね」


「お母さん…」


セランを抱き寄せ、髪をなでる。


翌日から、セランの外出時は一層慎重なものになった。


***


ライナートは再び路地に向かう前に――

エルヴェリアの正門でリアナに出くわした。


「おはようございます、ライナート様」


「リアナ嬢。おはようございます」


「最近、お姿を見かけませんでしたが……どこかへ?」


「少々、個人的に殿下より任を賜っておりまして」


リアナはにっこりと笑った。


「……殿下のために、動いているのですね。

変わらぬ忠義、感服いたします」


「光栄です」


「……もし、殿下が何かお悩みであるなら、

どうか私にも教えていただけませんか?」


「……そのときは、必ず」


礼をして去っていくライナートの背を見送りながら、

リアナは静かに目を細めた。


(こんな頻繁にウィリアルド様から離れるなんて

やっぱり、何かある……)


リアナは胸の奥にかすかなざわめきを感じながら、それ以上問いかけることができなかった。



***


その日の午後、王宮の執務室にて。


「……殿下、申し訳ありません。もう少し時間をいただけませんか?」


ライナートの低い声に、ウィリアルドはゆっくりと頷いた。


「構わない。午後からの予定は調整しておく。君の調査が進むよう、できる限りの配慮をするつもりだ」


「……感謝いたします。ですが、ひとつ、申し上げておきたいことが」


「何だ?」


「リアナ様が……少し、様子を気にされているご様子でした」


ウィリアルドの表情が、わずかに曇る。


「リアナが……? そうか、君が僕の側を離れるのは、確かに珍しいことだからな」


「はい。彼女は鋭い方です。殿下が何かをお隠しになっているのでは、と案じているように思えました」


「……それでも、クラリスのためだ、必要なことだと思っている、

だが、無理はするなよ」


ウィリアルドのその言葉には、迷いがなかった。


「はっ。ありがとうございます。引き続き、慎重に行動いたします」


ライナートは一礼し、再び王都の路地へと向かった。


***


許可を得たライナートは、前に視線を感じた南路地の一角に腰を下ろした。


時計の針が、昼の鐘を示す。


(あの路地……たしか、あの時の兄妹がいた場所)


張り込みを続けるが、今日も目当ての人物は現れなかった。


昼を回り、そろそろ引き上げようかと思ったとき。


(星霞亭……よく話も聞くし、ここも気になっていたな)


彼はふと歩き出し、人気の食堂へと向かっていった。


通りを曲がり、あたたかな香りが漂う小さな木造の店の前に立つ。


「……腹ごしらえも悪くないな」


そう呟いて、彼は扉を押し開けた。


皆さんのおかげで、ここまで書けました!

気に入っていただけたら、ブックマークしていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ