第十章 あたたかい日常
朝の光が、王都郊外の石畳を柔らかく照らしていた。
通りの一角、木造の小さな食堂「星霞亭」では、パンの焼ける香りと、鍋の湯気が一日を始めていた。
「セラン、そっちはもう焼けたよ。盛りつけお願い」
「はーい、お母さん!」
小気味よい返事とともに、セランは焼きたてのパイをていねいに皿に移す。
金色の髪が光を受けてふわりと揺れ、透き通った青い瞳がキラリと輝いた。
彼女は、もう立派な看板娘だった。
皮むきはお手の物、野菜の切り分けも手際よく、
常連からは「セランちゃんみたいな、可愛くて働き者の娘がいて羨ましい」と言われるほど。
お父さんはそんな声を聞くたびに、少し誇らしげに頷いた。
「まったく、お前はほんとに働き者だなあ。うちの自慢の娘だよ、セラン」
「もう!恥ずかしいからやめてよ、お父さん!」
食堂の扉がガラガラと音を立てて開いたのは、そんな朝の慌ただしさの中だった。
「おはようございまーす。おじさん、おばさん、酒屋です」
「リオンくん、ちょうど良かった!裏に積んでくれるかい?」
「はい、いつも通りで!」
大きな樽を担いで現れたのは、短く切りそろえた栗色の髪と、真面目そうな瞳をした青年――リオン・アルバ。
「セラン、おはよ」
「おはよう、リオン!」
にこっと笑いかけるセランの笑顔に、彼は一瞬、足を止めた。
「(…はああ…今日も可愛い……)」
無言のため息を飲み込みながら、リオンは樽を抱えて裏口へと向かう。
デートに誘おう、何か言葉をかけよう――そう思っているのに、毎回それはできないまま。
「ねえリオン、今日は何にする?鶏と野菜のスープ煮があるよ!
私の自信作なんだから食べてってよ」
「おう、じゃあ……それ、お願い……」
「うん、じゃあ席で待っててね。すぐ用意するから」
「酒運んでるから、ゆっくりでいいからな」
***
食堂は昼にはすっかり満席になり、笑い声とおいしそうな香りに包まれていた。
子どもを連れた母親、仕事帰りの職人、旅の商人たち――
彼らは皆、「星霞亭」の味と、そこで働く少女の笑顔に癒されていた。
「セランちゃん、これ包んでもらえる?」
「もちろんです、お持ち帰り用に包みますね!」
誰にでも分け隔てなく、あたたかく。
セランは、そうして今日も“ここで生きている”。
それが誰かの
“始まり”であり、
“再会”へと繋がっていることを――
今の彼女はまだ、知らない。
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