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第33話 姫殿下はお転婆さん

 三等から二等、二等から一等と車輌を通り抜けて前へ前へ。兵士に囲まれながら歩く庶民の姿に途中すれ違った乗客からは、連行されている罪人か、という目で見られもした。しかし自由奔放な姫が機転を利かせて二人の手を取って歩き始めた事でそれも解消された。その代わりに近衛騎士は渋い顔をしていたが。


 そして辿り着いた特等車輌。

 そこはまさに宮殿の一室だ。一つの車輌がそのまま部屋となっており、床には金刺繍の赤のカーペットが敷かれている。調度品はどれもこれも、庶民な二人でも一目で高価だと分かる品ばかりだ。


「「おおぉぉ……」」


 タビトとノーラ、二人の口から思わず声が漏れる。普通に生活していたならば絶対に見る事のない、それほどの空間だ。そうなるのも無理はない。


「ささ、お掛けになって」


 いかにも高そうなソファに腰を下ろした姫は、その向かいに座るようにタビトたちを促す。姫の身を守る騎士は入口扉横に立っており、睨みつけるように彼らを警戒していた。背中から感じる猛烈な威圧感に身体を固くしているタビトとノーラの様子に、コラ、と姫は騎士を叱りつける。


「お茶を出してくれるかしら」

「かしこまりました」


 車輌の一角、壁に隔たれた厨房スペースに姫は声をかける。するとおそらくはメイドであろう女性が返事をした。


「ん?」

「あれ、この声……」


 その声に二人は顔を見合わせる。


 少しして茶と共に現れたのは。


「ゼーミアさん!?」

「ご無沙汰しております」

「いや一昨日会ったばっかりでしょ」


 毎日向かいの個室を掃除に来てはお喋りして(サボり)、同僚メイドに連れ戻されていく不良な一流メイドがそこにいた。昨日は姿が見えなかったが、まさか特等車輌で仕事をしていたとは。


「あら、お二人は彼女と知り合いですの?」

「あ、はい。僕たちの乗ってる車輌のメイドさんで」

「そうでしたか! それは奇遇ですわ」


 まさかの縁に王女様は大喜びだ。


 しかし。


「私が申し上げた通り、面白い異世界人でしたでしょう?」

「あ! 何で言ってしまうんですのっ!」

「メイド、貴様の入れ知恵か……先程はよくもまあ、しらばっくれてくれたな」


 どうやらタビトの事を教えたのは彼女で、王女の脱走も手助けしたようだ。おそらくは何処に行ったのか知っているのか、と聞かれて首を傾げたりしたのであろう。王女は運命的な出会いを演出し損ねた事を悔しがり、近衛騎士は仕事を無駄に増やされて恨めしそうな目で彼女を見る。


 そんな両者の事など気にする様子もなく、ゼーミアは人数分のお茶と追加で自分の分のお茶もテーブルに置いた。そして彼女は王女の隣に、さも当然のように腰を下ろす。


「おいこら貴様」

「素性不明者から王女様をお守りするならば隣に控えていた方が良いかと」

「まあ、素晴らしいですわっ。ベル、そういう事ですから彼女は悪い事はしていませんわよ」

「はぁ……。もう好きにして下さい」


 遂に騎士が折れた、王女とメイドの大勝利である。


「さてでは改めまして、わたくしはこの国の王女ユリアナ。この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでしたわ」

「あ、いえ。僕もちょっと面白かったので。ですよね、ノーラさん」

「だねー。まあ後ろに居る騎士さんの突入は怖かったけど」


 ノーラは肩をすくめる。仕事に真摯に取り組んだ結果である事はよく理解できるが、冤罪でられそうになった身としては素直に笑えない部分もあるのだ。


「では私も。改めましてゼーミアと申します」

「いや知ってるよ」

「鉄道メイドとしてこちらでお仕事を」

「いや知ってますって」

「欠員が出ましたので、一流な私が特等のヘルプをしております」

「「それは初耳」」


 場を和ませるためのゼーミアジョークである、がしかし発射するタイミングがどう考えてもおかしい。しかしそれは王女ユリアナ殿下のツボに直撃したようで、彼女は腹を抱えて笑い始める。


 一頻り大笑いした後、ようやく話が先へと進む。異世界から来た旅人の事、彼が王都の図書館を目指している事、そしてそこに転移に関する資料があるかもしれない事。それらを聞いて、ユリアナはふんふんと頷く。


「なるほど、そういう事でしたの。図書館の蔵書数は膨大、その中から一冊を見つけ出すのはかなり大変だと思いますわよ?」

「う……やっぱりそうなんですね」


 だからと言って諦める等という事は有りえない。時間が掛かったとしても、帰還の為の唯一の手掛かりであるその一冊を見つけ出さなければならないのだ。


「ふふふ。ですので私が力になりましょう!」

「!?」


 ドンと胸を叩いてユリアナは立ち上がる。


「姫殿下」

「ベルンハルト近衛兵長、はい、黙るっ」

「……」


 王族が一介の庶民に肩入れする、気まぐれだとしても良い事ではない。それを諫めようとしたが姫に先制されて発言を封じられてしまう。立場上、彼にとって彼女の命令は絶対なのだ。


「えっと、力になる、とは?」

「王都図書館に収蔵されている本の中で読めない物、それらはおそらく表に出ていませんわ。古い書籍や破損した本、そういった物と一緒に書庫の奥深くに納められているはず」


 誰にも読めないならばそれは最早、情報を書き残した本としての役割を果たしていない。しかしだからと言って国費で集めた書物を捨てたりするはずがない。ユリアナはそう考えたのだ。


「私のお父様が生まれるよりも前の事ですから完全に想像ですけれど、そのおじいさんが見た冊子は誤って本棚に納められてしまったのでしょう。後に職員が気付いて裏に片付けた、だからある日突然無くなった。私はそう考えますわ」

「なるほど納得~」


 話の筋道は立っている。もしそれが本当だとしたら、今日こうしてユリアナが脱走して出会えていなかったら未来永劫その書物を見付けられなかったという事だ。奔放な姫様に感謝すると共に、彼女に自分の事を話したゼーミアにも感謝しなければ、とタビトは考える。


 そう考えた彼がふとゼーミアを見ると、彼女は物凄く偉そうに胸を張っていた。どうやらタビトが考えたのと同じ事を考え、自らが功績第一位と気付いたのだ。褒めても良いんだよ、とばかりにゼーミアは彼の事をチラチラと見る。タビトは笑いつつ彼女に、ありがとうございました、と礼をした。


「図書館の職員たちへの指示は王都に着いてから。ですのでそうですね……二日後なら大丈夫なはず。ゆるりと王都を満喫していて下さいな」

「ありがとうございます、ユリアナ殿下」

「もー、そんなに畏まらなくてよろしいですわ。いっそ呼び捨てでも―――」

「姫殿下」


 流石にストップが掛かる。ユリアナは残念そうに笑った。


「でもどうしてそこまで?」

「困っている者を助けるのは王族の務め……と言いたい所ですけれど、打算的な考えですわよ」

「打算?」


 言わんとする事が分からず、タビトは首を傾げる。


「そう、打算ですわ。異世界の知識を教えて頂ければ国の為になる、そう考えているだけですわ。ですので是非、私に利用されて下さいまし」


 本心半分、嘘半分。王族であればこそ国の利益になるならばツバを付けておきたいのは本心だ。しかしそれが全てではない。自身で否定した王族の務め、それよりもずっと小さい、困っている人がいたなら助けたいという当然の感情から来るものである。利用されろという言葉の裏には、王族の力を利用する事について気にするなという優しさが隠れているのだ。


「……ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えさせていただきます」

「ふふ、甘えて下さいな。では到着日の明々後日に王都図書館の受付へ。流石に私は行けませんが代わりにベルを行かせます」

「姫殿下、それは」

「はーい、黙って下さーい」


 ぐっ、とベルンハルトは口を噤む。姫の護衛が任務であるというのに、その仕事から一時的に外されるというのだから言いたい事は山ほどある。脱走癖のあるユリアナを阻止出来る人間は王宮にそうはいないのだから、そちらの面でも心配事で一杯だ。


「ふふ、ベル、安心してちょうだい。流石の私も、こんな手で逃げようなんて思いませんわ」

「そう言っておきながら、以前パーティーを抜け出された事をお忘れになりましたか?」

「ぅぐっ!? こ、今回は本当ですわ! ほ、本当に脱走したりはしませんわよ!?」


 過去の行いが今の自分に牙を剥く。ユリアナが嘘を吐いているかどうかなど、幼少期からずっと彼女を見てきたベルンハルトには分かる。今の発言は単に軽い意趣返しだ。


「むぅ……。ま、まあそういう事で! さあさあ異世界の、ニホンの事をもっと教えてくださいまし!」

「はい、分かりました。あ、その前に……」


 タビトは立ち上がる。突然の動きにベルンハルトは警戒するがそんな彼にも声をかけて、ユリアナの後ろに立つように促した。よく分からないと言った顔の彼とは逆に、何が始まるかを理解した姫は彼を急かす。


 タビトはタブレットを前に出し、全員がフレームに収まる事を確認する。


 こうしてまた一枚、アルバムに想い出が追加された。

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