第32話 トラブルメーカー、その正体は
汽車の外が荷の積み込みや客の乗車のせいか、がやがやと騒がしくなってきた。もうしばらくしたら発車の時間である。しかしながらそんな外の出来事は気にしている余裕などない。
ルミナと名乗った少女は興奮気味に、タビトに異世界について聞かせるように迫る。さあさあさあ、とズイズイ要求してくるその様子は、先程までの余裕たっぷりなお嬢様ではなく年相応な十二歳の子供である。
「えっと、じゃあ取り敢えず」
タビトは一番分かりやすい異世界の品を机の上に出す。
「ん~? これは、なんですの?」
ガラスが嵌めこまれた金属の板。そうとしか思えないそれの表面を、少女は臆することなくツンツンと突く。しかし当然スリープ状態のそれが目を覚ます事など無く、何の反応も無い。彼女は首を傾げるばかりだ。
タビトはタブレットの電源ボタンを押した。
「!?」
突然明るくなったそれを見て、少女は驚く。魔石灯などとはまた違う、非常に明るい光だ。彼女は不思議そうにタブレットを至近距離から、それこそまつげが振れる程に接近して見つめる。
「目が悪くなりますよ」
「おっと」
タビトに注意されて彼女はサッと身体を引いた。
「写真が分かりやすいかな」
そう言って彼は端末を操作する。アルバムが起動し、そこに保存されていた写真が画面に表示された。
「こ、これは……! 写真、ですの!?」
「はい。この世界の物とは違うとは思いますけど」
「はぁ~~~~~~っ」
少女はキラキラと目を輝かせる。未知の物体、未知の技術であるというのに彼女は全く恐れも怯みもしない。警戒心よりも十二歳という年齢ゆえの好奇心が勝っているのだろう。
「ここをこうすると~」
「わぁっ」
実に得意げな顔でノーラは指で画面をサッと払う。すると表示されていた写真が別の物に変わった。初めて見た時は彼女も驚いたものだが、汽車の旅を始めてからは見る機会も多く随分と慣れたのだ。そして自分の半分程度の歳の少女を相手に得意満面でそれを披露しているのである、なんと素晴らしき大人っぽさであろうか。
「ふむふむふむっ、面白いですわっ」
指で払えば写真が切り替わる、それを理解してすぐに彼女は自分でそれを実行する。今まで撮った写真を好き勝手に閲覧し、そしてそれへと至る。
「……っ? こ、これ、これは、この町はなんですの!?」
「僕の故郷、日本という国の町です」
鉄筋コンクリート造の何十階建てビルディングが立ち並び、巨大な尖塔が天を衝く風景。大人でさえ驚くそれは、少女の常識では計り知れない驚愕の世界だ。
「ニホン……面白いですわ。行ってみたい!」
彼女は跳び上がるようにして立ち上がった。その目は輝きに輝き、まるで綺羅星のようだ。最初の小悪魔的な彼女は何処へやら、である。
「っとと。し、失礼しました」
タビトとノーラに見られている事を思い出し、少女は顔を赤らめて椅子に掛け直す。そんな可愛らしい仕草に、二人は笑みを浮かべた。
車窓の映る景色が動き、鉄の龍が動き始める。
どうやら今日はお向かいさんはいないようだ。と思いきや動いているのは隣に停まっていた、逆方向へと行く汽車であった。タビトたちが乗るこの車輌は動いていない、定刻だというのに動いていないのだ。
疑問に思っていると、なにやら廊下が騒がしい。
それは次第にタビトたちの部屋に近付いてきて、そして。
「わぁっ!?」
突然扉が開かれて鉄道警察、いや小銃を装備している兵士が入ってきた。
入ってきた人物を見てルミナは、あちゃぁ、といった表情を浮かべる。
「え、え、え?」
「動くな!」
「「ひぇっ」」
突然銃口を向けられて、タビトとノーラは両手を上げて硬直する。何が何だか分からないが、一つ理解できるのは下手な事をしたら撃たれるという事だ。それ故に二人はただ言われた通りにするしかない。
「姫殿下を拐かした罪、軽くはないぞ。おい、捕えろ」
「はっ!」
「え、え、姫? え、えぇ?」
一切合切、意味が分からない状況だ。
説明を求めようとそこに居る少女を見る。
が。
「あれ? ルミナちゃん、どこ行った?」
「むっ!?」
そこに座っていたはずの青髪少女は忽然と姿を消していた。指揮官と思しき男性もノーラの発言でそれに気付き、慌てる。
「あ、隠形術……」
自分がやられた事を思い出し、タビトはその単語を口に出した。
その瞬間。
「扉を閉めろ!」
「ハッ!」
「へみゅっ!」
指揮官の言葉に兵士が即応し、閉じられたドアに少女が当たって声を上げる。
「あっ、ひ、姫殿下、申し訳ございません!」
かなりの勢いで閉扉した兵士。思い切り少女の胴体を扉で叩いてしまい、大慌てで彼女を助け起こした。
「うぅ~、タビトさぁん。なんで言っちゃうんですの~」
「はぁぁ……」
恨めしそうに発言する少女に対して、指揮官の男性は片手で顔を覆って深くため息を吐く。両手を上げた状態で硬直していたタビトとノーラ。兵士達の雰囲気が一気に軟化した事を受けて、その手をゆっくりと下げていく。
「えーっと……」
完全に手を下ろしても何も言われない、もう誘拐容疑は晴れたと理解してノーラが声を出す。
「失礼した」
ただそれだけ。一応は謝罪の言葉だが誠意も何も無い、ただ謝っているだけ。いきなり突入してきた上に銃口を向けておきながら、あまりにも軽い言葉である。
「こら、ベル! 何が、失礼した、ですかっ!」
自身の父親程の歳の偉丈夫を少女は一喝する。
「いきなり入ってきて銃を突き付けて、それで一言で終わらせるとは何という非礼なのです!それが私の近衛の長を務める者のする事ですかっ!」
姫と近衛。つまりは少女はこの王国の姫君であり、百九十センチ以上の背丈の強面は彼女を守る傍仕えの騎士であった。姫は騎士の態度を責めに責める。
「お言葉を返すようですが、姫殿下が脱走しなければこうした事をせずに済んだのです」
「うぐ……っ」
勢いで抑えられるかと思った所を正論で返されて、少女は怯む。がしかし、それで倒れる程に彼女は弱くない。
「それはそれ、これはこれ。礼を失したのは確かです」
「む……」
反撃を受けて今度はベルと呼ばれた騎士が閉口する。
「ですのでタビトさん達を私の部屋に招き、謝罪致しましょう」
「「「は?」」」
タビトとノーラ、そして近衛兵長。三人の声が揃う。
「さあさあそうと決まったら出発ですわ!」
「お待ちください殿下! 何を勝手に」
「ベル、貴方はココで私に頭を下げさせるつもりですか?」
王女オーラを全開にして少女は自らの騎士を威圧する。彼女の言いたいのは、他の者もいる場所で王族が庶民に頭を下げるなど許される事ではない、という事だ。しかし。
「貴女様は本当に……こうした事には良く頭が回りますね」
「お褒めいただき光栄ですわ」
「褒めてなどおりません、まったく……」
騎士は深くため息を吐く。姫と騎士という上下関係は有るものの、両者の立場は案外緩い様子。そんなやり取りを聞いているタビトたちも他の兵士も、その顔に笑みを浮かべてしまう。周囲の様子に気付き、ベルはこほんと咳払いした。
「お二方、姫殿下のお誘いです。ご同行願えますでしょうか?」
断る理由などない。
タビトとノーラは促されるままに笑顔で部屋を後にした。




