第31話 侵入者は可憐な少女
ゆっくりと散歩をしていると露店の一部が営業を始めていた。タビトは朝食に良さそうな物を幾つか購入する、当然ノーラの分もだ。何だか沢山買いたい気持ちになってしまったせいで、いつの間にか両手で抱える程の紙袋を運ぶ事になってしまった。
しかし無事に自室へと辿り着き、どうにかして入口扉を開ける。共有スペースの机にどさりとそれを置き、朝っぱらから少し疲れてしまったタビトは椅子に掛ける。無駄に幾つも買ってきた飲み物の中から一つ取り出して、彼は一息ついた。
車窓から見える向かいのホームにも車輌が停まっている。だが殆どの窓のカーテンは閉められており、タビトと同じように早朝から起床している者は多くないようだ。
汽車を段々と明るくしていく朝日。その風景を何を思うでもなく眺めながら、彼はコップを傾ける。温かな飲料がスルリと胃に流れ、朝の空気で冷えた身体を温めてくれた。
それから約一時間後。
個室の中で音がする、どうやらノーラも目を覚まして身支度を始めたようだ。となると絶対に個室の中へは入れない、間違ってもドアを開けないようにタビトは窓側の席へとその身体を移した。
「おはよー」
「ノーラさん、おはようございます」
「……え?」
朝の挨拶を返したタビトにノーラは呆けた顔を返す。
「あ、コレですか? ちょっと買いすぎちゃって……」
机の上の紙袋、それを指して彼はバツが悪そうに笑った。
しかしノーラはそれを見ていない。
「ノーラさん?」
「ねえ、タビトくん」
怪訝な顔をするタビト。ノーラはスッと片手を上げる。
「その子、誰?」
「えっ?」
彼女はタビトの向かいの席を指さした。
この空間には自分とノーラしかいない、先程までは自分一人だ。当然何者も入って来たりはしておらず、そこに誰かが居るはずなどない。しかし。
「うわぁっ!?!?」
そこには女の子がいた。
年齢十二歳くらい、腰まである長い青の髪で瞳は明るい紫。そして衣服は随分と凝った意匠が施されており、どう見ても一般庶民とは思えない。
いやそんな事よりも。
「いつの間に!? え、え、えぇ?」
タビトは弾かれるように立ち上がり、混乱しながら少女を見る。彼女はタビトが買ってきた飲料の内の一つをいつの間にか拝借して飲んでいた。その行動から、どうやら幽霊の類ではなさそうだ。
「え? タビトくんが連れてきたんじゃないの?」
「違います違います! 外に散歩には出ましたけど、戻ってきた時は僕一人でした! その後も誰も入ってきてないし、いや本当にいつの間に……???」
ノーラの疑問に答えを返しながら、タビトは彼女と少女を交互に見る。旅の輩は首を傾げ、向かいに居る彼女は何とも落ち着いた態度で飲み物を啜った。
「えーっと……どちら様? 赤の部屋の人?」
「いいえ、違いますわ」
ノーラの問いかけに少女はコップを机に置いて、静かに首を横に振る。意思疎通は出来る、ちゃんと人間だったようだ。それは確認できてタビトはホッと胸を撫でおろす。いつの間にか魔物の類に憑りつかれたかと思い始めていたのだ。
「となると本当に何者……?」
恐る恐る聞くタビトに対して、少女は椅子から立ち上がった。
「私は、ルミナですわ」
「はあ、ルミナさん……」
名は分かった。がしかし少女はそれ以上何も話さず椅子に掛け直して再び飲み物を啜り始める。タビトとノーラは部屋の隅でしゃがみ、ルミナと名乗った少女に聞こえない声で相談を始めた。
「ちょっとタビトくん、ホントあの子、誰なの?」
「僕も分かりませんって。いつの間にか目の前に……一体どうやって部屋に?」
「……誘拐してきたとかじゃないよね?」
「そんなわけないですよっ」
「ごめんごめん、冗談だって」
二人はチラリと少女を見た。随分と落ち着いた様子で、彼女はのんびりとしている。まるで、自分はここにいるのが当然だ、とでも言っているかのよう。なんとも不思議な女の子である。
「どう見ても良いトコのお嬢さんなんですけどぉ?」
「これ、早く保護者さんの所に帰さないと大変な事になるのでは?」
「でも本人、何も言いたがらない感じだよ……?」
再び少女を見る。彼女はニコリと笑んだ、可愛らしい。
「取り敢えず色々聞いてみましょう、何か分かるかも」
「そ、そうだね」
作戦会議終了。二人は少女の向かいに腰を下ろした。
「内緒話は終わりました?」
「まあね。で、聞きたい事は色々あるけど……まず、どうやって部屋に入ったの?」
「勿論、そちらの方に入れて頂いたのですわ」
「え、僕!? いや、入れてないですって!」
「あら、扉を開けてくれたではないですか」
そう言って少女ルミナはクスクスと笑う。そんな少女の発言に混乱するタビトだが、それとは逆にノーラは冷静に考えて可能性を口に出した。
「魔法、かな?」
「ふふ、大正解~」
彼女の解答に満足したのか、少女はパチパチと手を打つ。どうやらタビトは揶揄われていたようだ。
「隠形術を使ったのですわ、といっても弱いものですけれど」
「なるほどね、だから私は見えた、と」
「ええ。ですがそちらの方は全く気付かなかった。面白かったですわ」
「う……」
言われてタビトは恥ずかしがる。別に何かをしていたわけではないが、自分一人だと思って気を抜いていた所を誰かに見られていたのだから当たり前だ。もし独り言などを口にしていたとしたら耳まで真っ赤になっていただろう。
「じゃあ次の質問。なんでここへ?」
ノーラの問いに少女は飲み物をひと口飲んで答える。
「そちらの方、魔力を一切感じません。それが不思議だったので、つい」
そう言って彼女は悪戯っぽく笑った。
「魔力が無い……」
当然だ、そもそもが魔力など存在しない世界から来たのだから。むしろ魔力があると言われた方が驚きである。
「大なり小なり生物は魔力を宿しています、ですが貴方は違う。不思議、不思議、とーっても不思議。だから気になって尾行して、扉を開けた所でコッソリと」
「完全に不法侵入じゃないですか」
「ふふふ、ごめんなさーい」
砂一粒ほどの可能性だが存在していた誘拐の嫌疑が完全に晴れて、タビトは調子をいつもの通りに戻す。彼の指摘を受けて少女は、てへっ、とあざとい仕草で謝罪した。全く反省していない。
「で、どうしてかを聞きたかったのですわ。貴方は何者なのか、そして何処へ行こうとしているのか」
そう言った少女の顔は真剣で、それまでの人を食ったような態度ではない。好奇心に突き動かされた発言とも違う、何か強い意志を感じる目だ。
「タビトくん」
「……隠すような事でも無いですよ」
どうするのか、とノーラはタビトを見るが彼は笑って少女の問いに答える選択をする。
「僕は異世界から来ました。そこには魔法は存在しない、だから僕には魔力が無い。そういう事なのだと思います」
「なるほどやはり……え、異世界?」
少女は一つ頷く、がその答えが自身の想像しているものとは違ったようで驚きの声を上げた。聞き返した彼女に対してタビトは一言、はい、と返す。
「異世界というと……その、ここではない別の世界、という事ですの?」
「そうですね、そういう事です」
サラリと当然のように返された。それによって発言が偽りではないと感じたのか、彼女は俯いて身を震わせる。タビトとノーラは顔を見合わせ、何か問題があったのだろうか、と声を掛けようとする。がしかし。
「そのお話、もっと詳しく聞かせて下さいまし!」
机に身を乗り出した彼女の勢いに圧されたのだった。




