第30話 旅の終わりへと
花の町から数日。
向かいの乗客との交流を重ねながらタビトは汽車の旅を楽しんだ。
そして。
「明日はようやく王都だね」
「そうですね」
夜。
もうそろそろ寝ようか、という所。
タビトとノーラはベッドに寝そべって、お互い天井を見たまま会話する。
異世界へと突然やって来て、右も左も分からない状態で彼女に助けられ。ノーラの両親に温かく迎えられて送り出され。汽車に乗って多くの人と交流して。途中の町では元の世界では経験できない沢山の事を見て聞いて体験して。その逆に自分の知る事をそこに残してきて。
短いようで随分と長い旅だった。濃密で充実した旅だった。
それも明日で終わるのだ。
「……楽しかった?」
「え?」
ノーラが一言、タビトに問う。
「ここまでの旅」
「勿論ですよ」
彼は答える、それしか答えは無いのだ。
楽しかった。心の底からそう言える。
だがそれも今日寝て、明日一日鉄の龍に揺られたら終わってしまう。
そう、終わってしまうのだ。
日本へと帰還する方法が見つかるかどうか、それは分からない。しかし少なくとも王都図書館で冊子を探すのには相当な時間がかかる。金銭面の心配は無いが、時間は掛かってしまう。
ノーラにも自分の生活が、仕事がある。いつまでもタビトに構い続けられるわけではない。旅のライターである彼女は、その仕事柄一ヶ所に留まり続けたりは出来ない、それでは仕事にならない。
つまり。
王都に着いたら。
(ノーラさんとも、お別れか……)
寂しい、タビトはそう感じた。
突然異世界へ来て、訳も分からない所で助けてくれた人。一緒に旅をしてくれて、共に笑って、楽しんだ相手。そんなノーラとの別れが迫っている。寂しさを感じないわけがないのだ。
到着して、そのまますぐに別れるわけではない。宿も探さなければならないし、ノーラも出版社での打ち合わせなどでそれなりに王都に滞在はする。しかし今とは違って同じ部屋で寝て起きて、一緒に遊びに行くような事は出来ない。
「見つかると良いね」
「え?」
「帰る方法」
「……そうですね」
タビトは隣で寝る人を見るが、ノーラは変わらず天井を見ている。旅が仕事である彼女にとって、人との出会いも別れも日常の一ページなのだろう。今まで多くの人と旅をして、さようならを告げてきたのだ。とても珍しい異世界人ではあるがタビトもまた、その内の一人なのである。
二人はゆっくりと眠りにつく。
明日は王都だ。
タビトは随分と早く目を覚ます。
色々と考えていたせいだろうか、少し眠りが浅かったようだ。ノーラはまだ寝ている、イビキがうるさい。どんな夢を見ているのだろうか、時々だらしなく、ふへへ、と笑っている。
外が白み始めている、夜明けの時間だ。
もう一度寝るか、ともタビトは考えたが完全に目が覚めてしまっている。ベッドに転がったとしても眠りに落ちる事は出来ないだろう。
「少し外の空気でも吸ってくるか」
そう言って彼は身支度をして、部屋から外へ出る。
車輌内を行き交う人は殆どいない、まだ多くの人は夢の中なのだろう。車輌後方の使用人控室をチラリと除くが、夜勤のメイドが少し眠そうにしていた。ゼーミアは昼の勤務であるようで、おそらく彼女も就寝中である。
乗降口からホームへ降りた。
朝らしい冷涼な空気が更に意識を覚醒させる。少しだけ寒さを覚えた。
広い広い駅ホームにも人は多くない。露店の店主たちは居るが、まだまだ準備中。いま何かを購入する事は出来ないようだ。する事も無く、タビトは少し散歩する事にした。
鉄の龍の尾に向かって歩き出す。
三等車輌の後ろは展望物販車、しかし停車中の今は展望窓にカーテンが掛けられている。四等車輌、その後ろには先頭の機関車の前進を助ける補助動力車がある。最初に同室となったヴァーゲンに聞いたが、ここにも小型の蒸気機関が備わっているらしい。そして後方の貨物車に侵入できないように武装した鉄道警察が常駐しているそうだ。
踵を返す。
歩いてきた道を引き返して、今度は龍の頭に向かって歩いていく。三等車輌の前はレモネードが美味しかった展望物販車、こちらも中を覗く事は出来ない。二等車輌、一等車輌と進み、補助動力車へと至る。この先は特等車輌、王族や上位貴族が使う車輌だ。
車輌外観はほぼ同じだが、閉じられているカーテンや窓枠から明らかに他の車輌との違いが見て取れる。ぼんやりと見ながら歩いていると、後ろから視線を感じた。振り返ってみると警察だった、どうやら朝早くに特等に近付いて眺めているタビトを不審に思っているようだ。おそらく今はやんごとなき御方が乗っているのだろう。
余計な警戒をさせてしまった、それを悪く思ってタビトは頭を下げた。
特等の前には燃料である魔石が積まれた魔石車、そして先頭。
龍の頭、機関車だ。
その顔が見える場所まで歩き、タビトはクルリと振り返る。
日本でも展示されている機関車は見た事がある。黒煙を噴き出しながら走る汽車を映像として知ってはいる。しかしそれとはまるで違う。長く太い身体を易々と前進させる力が、その顔から見て取れるのだ。
右も左も分からなかった自分を、期間の手がかりがあるであろう場所まで運んでくれる汽車。静かに佇むその姿はまさに誇り高き龍である。
「ありがとう」
ポツリと口からその言葉が出た。
手がかりへと自分を運んでくれることに対してなのか。
それともここまでの楽しい旅を経験させてくれた事へなのか。
それはタビトにも分からなかった。




