第29話 竜のお肉はお手頃価格?
医療談義に花が咲き、代わりにノーラが睡眠欲求を存分に解消した、その日の黄昏時。
「いやはや、実に有意義な出会いでしたよ、タビトさん」
「お力になれたみたいで良かったです」
昨日よりも目の下のクマを深くしたドクレイ。どうやらタビトから情報を得た後、ほぼ徹夜で情報の纏めと今後するべき行動予定を立てていたようだ。
「特に顕微鏡、あれは必ず作らなければ」
「細かい構造は分からなくて……すみません」
「何を言うのです。そういった物があれば医療が発展すると分かった、これはまさに回天の知でしょう」
ふ、と満足そうに彼は笑う。医療の進歩、その探究に余念のないドクレイの事だ、本当にこの世界で初の顕微鏡を作り上げてしまうだろう。その挑戦の始まりの一歩となったのが異世界より来た旅人から得た知識となるのだ。
「それと、手洗いの重要性も分かりました。医療関係者は習慣として行っていましたが、その原理は不明だった。これの本質を知った以上は徹底させるべきと理解しましたよ」
それをより広めるためにも顕微鏡が要る、と彼は続ける。
「こうした事を言うのは大変に失礼かつ不謹慎と理解していますが……タビトさん、この世界へ来ていただき、本当にありがとうございます」
深く深く、ドクレイは頭を下げた。それは彼に医療の知識を齎した事に対する礼だけでなく、今後、タビトの与えたものが多くの人を救うであろう可能性への感謝だ。
「そんなに頭を下げられるような事じゃありませんよ。本当に一般的に知られている事を……」
「はーい、タビトくん止め止め~。他人からの感謝は素直に受け取ることー!」
「その通りです。貴方が何処からそれを得たかなど、関係無いのですよ」
ノーラに頬をドスッと突かれ、頭を上げたドクレイに肩をすくめられる。過ぎた謙遜は自分自身を貶める事であり、そして同時にそれに対して感謝する者へ失礼なのだ。指摘されてタビトはようやく礼を素直に受け止めた。
「さて。王都まで向かおうと思っていましたが、次の駅で降りるとしましょう」
「むぅ? 何でです?」
突然予定を変える彼を不思議に思い、ノーラは問う。そんな彼女に対してドクレイは、ふふふ、と笑って返した。
「無論、まずはゼーロントで問題の貝を確認するのです。その後はガラス細工で有名な都市へと向かい、顕微鏡を……」
顎に手を当ててクククと彼は更に笑う、実に怪しい。
「大変だと思いますけど頑張ってください、ドクレイさん」
「ええ頑張りますとも」
タビトの応援に彼は、ふ、と笑みを浮かべる。今度は優しい、人々の事を考える医師としての笑顔だ。一見すると恐ろしい男だがドクレイは正しく医者なのである。
汽車がその動きを遅くし始める、次の町が目前なのだ。緩やかに緩やかに車窓に流れる景色が遅くなっていき、その中に人工物が、建物が増えていく。
汽笛が鳴る。
鉄の龍は駅へと滑り込み、ゆっくりと眠りについた。
「それではワタシはこれで」
「お話しできて楽しかったです」
「こちらこそ、重ねて感謝しますよタビトさん」
彼は席から立ちキャリーバッグに手を掛ける。
「ワタシは旅の医者、もしかしたらまた会う時があるかもしれません。その時はまた、よろしくお願いします」
「今度会う時は小瓶の中身、教えてよ~」
「ふ、どうしましょうかね」
「ドクレイさん、さようなら」
「……ええ。またいつか」
ドアを開け、医師は得た知識を現実の物とするために歩きだす。汽車のように簡単に次の駅へと進む事は出来ないだろう、しかし彼は決して止まらない。世界中の人々を思って医師は今日を、そして明日を戦うのだ。今よりもより多くの命を助けるために。
ドクレイが去った後、タビトたちは夕食を取るために町へと繰り出した。
駅から少し離れた所のとあるお店。
そこの名物はタビトにとって衝撃的なものであった。
「お、おおお~!」
強固な緑の外皮に鮮やかな赤色の中身、滴る肉汁と漂う香り。
「ドラゴン肉……!?」
龍の肉、そうとしか表現できない外見だ。手のひらほどの途轍もない厚みの塊である、しかし中までしっかりと熱は通されている様である。下には大きな鉄板が敷かれており、いつまでもジュウジュウと肉が焼ける音が続いている。
「チッチッチ。タビトく~ん、残念ながら違うんだなぁ、これが」
「え」
人差し指を立ててノーラはそれを横に振った。
「食べても良い竜の肉は高い、途轍もなく馬鹿みたいに高い。でもこれは~?」
「あ、安い……」
彼女は占有していたメニュー表をスッと差し出した。トントンとそこに書かれた一つをノーラは指して、タビトはそこに書かれた金額が千を切っている事に気付く。
龍とは神に近しい存在、それは先にノーラが言っていた。しかしそれは四肢を持ち、背に翼を生やした龍の事。翼竜や蛇竜などの腕や脚を持たぬものや、地を這う蜥蜴竜などの翼を持たない種は狩猟の対象である。がしかし、それらが普通の魔物よりも圧倒的強者である事には変わりなく、それゆえにその肉も高額なのだ。
だというのにこの店で出されている肉はあまりにも安い。何故だろうか。
「ふっふっふ、これはねぇ~。実はお花なのだよ!」
「鼻?」
「そっちじゃなーいっ、綺麗に咲く植物の方!」
自分の鼻を指さしたタビトにノーラは吠える。彼は決してふざけたり揶揄ったりしている訳ではない。どう見てもステーキな物を花だと言われて、はいそうですか、と理解など出来る筈がないのだ。
「竜肉花っていう、まあ名前そのまんまなデッカイデッカイ、すんごい大きな花があるの。蕾が出来たら開く前にそれを収穫して、切って焼くとこうなるわけ。赤いのは花弁が熱で一体化したものだよ」
「そんな植物があるんですね……!」
驚きだ。地球には絶対存在しない、肉になる花、である。
「この町は花の町だからね、色んな食べられる花がお店で出されてる」
「あ、だから他の人のテーブルも華やかなのか」
店に入ってからタビトはずっと気になっていた。各テーブルに置かれた皿の上にある物が黄色や赤、緑などでとても鮮やかなのだったのだ。盛り付けに凝ったお店なのかな、と彼は考えていたが違った。その鮮やかなものこそが料理だったのである。
「さあさあ食べようじゃないか~」
「はいっ」
タビトはナイフを手にする。目の前の塊の何処に刺し入れるかを迷い、取り敢えず上から一刀両断にするか、と皮に刃を付けた。力を入れて引く、すると。
「おっ」
頑強そうな見た目とは裏腹に、緑の皮はずぶりとナイフを受け入れる。そのまま易々と赤の花弁肉に刃は到達し、それもスルスルと切断できてしまった。外見は肉だがあくまで植物、刃でも切るのに苦戦する筋などは存在しないのだ。
簡単に切り分けられると理解すればあとは楽。手早く一口サイズにしたそれをフォークで刺し、口に運ぶ。ふわりと、肉とはまた違った柑橘系を思わせる香りが僅かに鼻孔をくすぐる。
「ぅむ」
ひと口、それで分かった。
美味しい。
食感は肉だが噛み切れない筋が無い事で食べやすい。成形肉のように纏めて固めた感は無く、一つの肉だ。入念に丹念に筋切りされたステーキ肉、と言った所だろうか。植物特有の水気の多さも、それが肉の汁に似た味わいである事から脳が上質な牛肉であると認識する。
「美味しいですね、これ!」
「でしょー」
ふっふっふ、と肉を頬に詰め込んだ状態でノーラは得意げに笑う。器用だ。
実に不思議な異世界の植物肉を二人は堪能する。
食欲的にもお財布的にも、大満足な夕食となったのだった。




