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第20話 日本人なら魚介を食え!

 白米が食べられず、醤油も味噌も無く、何よりも出汁が、カツオのお出汁が無い。そんな環境が数日続き、実は案外とタビトはダメージを受けていた。勿論食事は美味しくて文句はないものの、それはそれ、これはこれ、なのだ。


 海があり、海産物が獲れ、そしてそれが美味しい。

 乾いた心に海水が滲みる。

 なんだかしょっぱい。


「美味しい、旨いぃ……」

「タビトくんが壊れた」

「重症であるかと存じます」


 泣き出す勢いでそう言って、持ち込んだ箸で焼き魚の身を器用に取って絶え間なく口に運ぶ。非常に、非常に、とてもとても残念ながら刺身は無い。生で食べる文化が無いのだ。美味しいのに、とタビトは残念がる、落胆する勢いで。


 一尾をあっという間に綺麗に骨だけに変えて、次は網の上で焼かれた大きな二枚貝に手を伸ばす。悲しいかな醤油は無い、泣きたくなるが存在しない。世界の何処かには有るかもしれないが、今この場所には影も形も無い。仕方ないので塩とハーブでいただきます。


「ああ、この、海を感じるのが……」

「タビトさまは愉快ですね」

「今までで初めてだよ、こんな感じになるの」


 付き合いはここ数日だけであるが、それまでの様子とはまるで違う彼にノーラは微妙に引いていた。ゼーミアに関してはタビトの事をそこまで良く知っていないからか、それとも知っていたとしてもそうなのか、大して気にする事無く机の上の料理を取って頬張っている。


「おい、そんなモン、一緒に持ってくるなよ」

「仕方ねぇだろ、箱に引っ付いて離れねぇんだから」


 店先で漁師と店員が箱の底にくっついている物を見て、とても嫌そうな顔で話をしている。どうやら漁で網にかかり、知らずのうちに木箱の底に入り込んでしまっていたようだ。どうにか剥がそうと手を突っ込んでグイグイと引くが中々取る事が出来ない。


「そっち持ってろ」

「おう」

「せーの、せっ!」


 片方が箱を、もう一方がその中身を持って思いっきり引っ張る。

 と、ようやくそれは分離した。


「ぅわっ、なにあれ気持ち悪っ」


 体はピンク色、幾つもの足をウネウネと動かして掴んでいる漁師の手に絡みつく。どうにかして引きはがそうにも、今度は彼の腕に吸盤を吸いつけて離さない。


「ああ、アレは―――」

たこ!!!」

「うわっ!? ビックリしたぁ!」


 海歌人セレイネスという種族柄、海に関する知識が多いゼーミア。しかし彼女が答えを言うよりも早く、途轍もない眼光と共にタビトがそれの名を口に出した。だけではなくすっくと立ちあがり、自分の腕を解放しようと苦戦する漁師の下へとズンズン歩んでいく。


「おっ?」


 いつの間にか隣にいた人物に気付いて、漁師の男性は驚く。が、彼に何を言うでもなくタビトは、蛸の首根っこをむんずと掴んで引っ張り、彼の腕を解放させた。


「厨房、借りて良いですか」

「お、おぅ……」


 強烈な圧力を漂わせるタビトの勢いに圧されて、店主はジリっと後退しながら許可を出す。許しを貰った彼は流しに蛸をずどんと置き、その目と目の間に包丁を突き刺した。それまで元気に動いていた蛸はその体から力を失い、サァと体色を白に変える。


 塩をバザッとぶっかけて、ボウルの中でグニグニと揉み解す。次第にぬめりが取れたら洗って綺麗にし、脚を切断した。その皮に包丁を入れて剥がし取ったら、それを薄く薄く切っていく。


「ほぉ」


 誰も食べない蛸をあっという間に切り身にしたタビトの手際を店主は感心した様子で見る。他の客も謎の人物がいきなり気持ち悪い生物を捌き始めた事に興味を抱き、客席側からその手元を覗き込んでいる。


 多くの人に見られている事など気にもせずに、タビトは薄切りにした蛸の足を平皿に円状に並べていく。他の料理に使われていたタマネギの残りを使っても良いかと店主に確認して、彼はそれを薄切りにした。水に晒して辛みを抜く。


 玉ねぎから辛みを取り除いている間に残りのタコの部位についても処理する。内臓を取り除き、(タコの口)を取り、脚は一本切り離し、他は湯の中へ。しかしドボンと放り込むような事はせず足の先端だけを湯に浸けて丸めて、一度上にあげてから再び浸けて丸めて、そしてようやく全体を投入する。


 湯が通っている間に辛みの抜けた玉ねぎを薄切り蛸に乗せ、オリーブ油と塩、それとレモンを絞ってカルパッチョを完成させた。随分美味しそうになった見た目に、観衆から、ほぉぉ、と感心の声が上がる。


 続いて一本だけ切り離した足、その皮を除去してまた薄切りにしていく。何が出来るのだろうか、と皆が期待するが、残念、それは刺身なのだ。綺麗に薄く切られた所で皿に盛られて終了だ。


 茹った蛸を取り出したら足は先程切った物と同じように薄切りにして刺身は完成だ。残る頭の部分は小指の太さに切って別の皿に盛る。とろみのあるマヨネーズのようなソースと辛みのあるハーブをボウルの中で混ぜ合わせ、頭部分を盛った皿の端にどちゃと乗せた。


 以上、タビトのタコ調理、終了である。


「おお~」


 店主、漁師、そして観衆。全員が思わず声を上げた。味が良いのかは分からないが、流れるように調理を済ませた手際に魅せられたのだ。


「はっ!?」


 そこでようやくタビトは正気に戻った。


「兄ちゃん、凄いじゃねぇか!」

「え、あ、すみません、なんか勝手に色々やっちゃって……」

「いやいや、良いモン見せてもらった。……で、コレ旨いのか?」

「はい」

「ホントに?」

「はい」

「マジで?」

「はい」


 彼は再び目から圧力を放って店長を威圧する。

 正気に戻ったとは何だったのだろうか。


 タビトにカルパッチョ皿を差し出されて、店主は恐る恐る蛸を口にする。


 と。


「ほぉ、こりゃ中々……」


 独特な食感と味わい、玉ねぎとオリーブ油、レモンと塩の相性の良さ。彼は頷き、十分旨いと判断してタビトから皿を受け取って観衆に差し出した。


 結果、程々に好評という結果になる。手の込んだカルパッチョより、お手軽な頭の細切りアンド辛みマヨの方が人気であった。


「タビトくん、料理出来たんだ。というか手際良いねぇ~」

「あはは……。学生時代にアルバイトでちょっと……」

「謙遜される事では無いかと。十分王宮のシェフとして通用する腕前です」

「いや、それは流石に」

「冗談です」

「ですよね」


 席に戻ったタビトに素直に感心の言葉を送るノーラとは反対に、渾身のジョークを躱されたゼーミアは少々不満そうだ。


「で」


 ノーラは机の上を見る。

 皿に盛られた刺身がそこにあった。


「どうぞ」

「いや、その」

「美味しいですよ?」

「うお、ホントに食べた」


 醤油が無いのは心の底から残念、仕方なしに塩と辛みハーブで頂く。カルパッチョの様に玉ねぎが無い事で蛸の味と食感がそのまま感じられる、中々良い味わいだ。しかしやはり醤油と山葵が欲しい、タビトは心の底からそう思った。


「ふむ……」

「あ、いくの?」


 興味を持ったゼーミアは特に躊躇う事なく、茹蛸の刺身を一つ口に放り込んだ。


「食感はコリグニで歯切れ良し、味は淡白で目立ったものは無し。ソースしだいで変わる食材です、サイコロ状にして濃い味のソースを掛けるのが良さそうですね」


 もっもっ、と咀嚼しながら彼女は蛸を評価する。もしかしたら今後、汽車カフェの食事に蛸が出る日が来るのかもしれない。


「さあノーラさんも」

「う、ぐ……」


 ずいっ、とタビトに皿を差し出されて遂にノーラは観念する。ゼーミアと同じく茹でられた方を取ろうとしたが彼女に皿をサッと回転させられ、生の刺身を取らされた。触れてしまった以上は食べるしかない。


 覚悟を決めて、ノーラはそれを口にする。


「……ぐっ……? あれ、結構美味しいぞ」

「だからそう言ったじゃないですか」


 眉間に皺を寄せていたノーラの顔から険が取れる。もにゅもにゅと噛みつつ、蛸の美味しさに気付いた彼女はもう一枚刺身を口へ。ゼーミアも同じように二つ目に手を付けた。


 二人に刺身を広められた、タビトは満足そうに頷く。


「おい、兄ちゃん、ちょっと蛸の捌き方、教えてくれ」

「あ、はい、構いませんよ~」


 店主から呼ばれ、彼は厨房へと向かった。


 この日を最初として、ゼーロントで漁獲される海産物に蛸が加わる事になるのだった。

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