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第21話 運休だ、遊びに行こう

 それは、三人での食事を終えて帰ってきた次の朝の事。


「乗客の皆さまにお伝え致します。この先ゼーロント、スヌールヴェル間において大型魔物の出現を確認。そのため王国基幹鉄道、本日運休と決定されました。現在鉄道保安部が対応しております。なにとぞご理解のほど、よろしくお願い致します」


 車内アナウンスが告げたのは、異世界ならではの理由による列車運休の知らせだった。


「ま、魔物、ですか?」


 タビトは驚く。彼の知る魔物は数日前に見たリスだけ、汽車の移動を取りやめとする程の存在ではない。漫画やゲームといった物の中には恐ろしい魔物が登場するが、そうした怪物が出たという事だろうか。


「あー、運が悪いなぁ。時々出るんだよ、この路線~」

「そんな虫が出たみたいに」

「普通の魔物程度なら汽車で撥ね飛ばすんだけどねー」

「撥ね飛ばす!?」

「いや、今までに何度か撥ねてるよ? 気付かなかった?」

「え、嘘!?」


 まさかの話をされてタビトは声を上げた。野生動物を轢いたら日本なら列車運休、しかし魔物がそこら中にいる異世界ではその程度では汽車は止まらないようだ。そうでありながら今日は運休、つまり走る鉄の龍よりも強い魔物が出たという事である。


「しかしそうなると今日一日暇だなぁ」


 頭の後ろで手を組んで、ノーラはぐいーっと伸びをした。既に八時半を回っているがお向かいさん(三等五号五番赤の乗客)は現れていない、つまり今日は話し相手がやってこないという事だ。


「これって、汽車からは降りれないんですか?」


 素朴な疑問をタビトは口に出す。

 そんな彼にノーラはニヤリと笑って見せた。


「もーちーろーん、降りれるよ! というわけで、町へ遊びに行くぞ~!」


 両腕を振り上げて、彼女は勢いよく立ち上がる。意気揚々と入口ドアに手を掛けてガラリと開いた。と。


「ぅひゃぃっ!?」

「どうも」


 昨日と全く同じ事が発生した。そう、ゼーミア登場である。


「ゼーミアさん、何か?」

「いえ、列車運休で仕事が無くて暇なのです」

「ヒマて。メイドさんの仕事なんて色々あるでしょ」

「残念ながら、誠に残念ながら、無いのです。この車輌の乗客の皆様は全員、町へと出てしまいました。残っているのはお二人だけです。ああ、働きたいというのに何という事でしょう」


 こんな不運を与えるなど神は何と残酷なのか、とばかりに彼女は非常にわざとらしく天を仰ぐ。そんなゼーミア、信仰する対象を持っていない。はたして彼女は、いったい何者に対して運命を嘆いているのか。


「えっと、私達もこれから町へ行こうかなと思ってるんだけ」

「ご一緒致します」

「誘ってないのに」

「言葉の頭に、まだ、をお忘れですよ?」


 誘われて当然という強硬姿勢、何という傍若無人。彼女は他者のために働く使用人メイドであるはずだが随分と我が強く、そして自由人である。旅のライターという、放浪を生業とするノーラよりもよっぽど好き勝手に動いている。ゼーミア、果たして彼女の天職はメイドなのだろうか。


「まぁまぁノーラさん、良いじゃないですか」

「いや断る気は無かったけど、ここまで積極的に先攻されるとあえて断りたくなるというか」

「ノーラ様は薄情者ですね」

「こいつ、客を罵倒しやがった」


 残念ながら今は非番です、とゼーミアは肩をすくめる。


「ははは……ここで言い合いしてると町で遊ぶ時間が無くなるんじゃないですか?」

「あっ、確かに!」

「それは一大事です、さあ参りましょう」

「ゼーミアのせいだよ、このやろう」


 タビトの華麗な軌道修正でようやく話が前へと進む。いつの間にかゼーミアの敬称を取り外したノーラは彼女を非難する、がしかし非番メイドな彼女は、何を仰る、とばかりにわざとらしく首を傾げた。


 ゼーロントの町は内陸に存在する海の町。

 中々遠い海まで行く事が出来ない王国民にとって、海とは何たるか、を自国内という現実的な移動距離で知る事の出来る場所である。それ故に町には様々な『海らしさ』が詰め込まれている。


 昨日、夕食を取った店は海湖かいこに面した開放的な酒場だ。そこでは目の前の巨大な塩味水溜りで漁獲された物を食べる事が出来る。これぞ海の食事だ。


 ゼーロントの雑貨屋では、砂浜で獲れた綺麗な貝殻とサラサラの砂が詰められた小瓶が売っている。買って帰ればいつでもどこでもこの町の事を思い出せる品だ。とても素晴らしい海のお土産である。


 食料品店では魚の干物は勿論の事、海塩が猛プッシュされている。塩と言えば岩の塩である内陸国にとって、自国領内で海原の味わいが詰まった塩を得られるなど凄い事だ。まさに海そのものを味わえるのだ、これを海らしいと言わずして何とする。


 そう、海無し国は海有り国に対して一種の劣等感があるのだ。


 しかしそんな中で王国だけは違う、我が故国には海があるんだ、と民は誇っているのだ。それ故にゼーロントでは最高に海を楽しむのが王国民らしさなのである。海湖はあるのにとてもとても海に憧れている、そんな悲しさが滲んでいるような気がするが、考えてはいけない。


 さてそんなゼーロントにおける海らしいこと人気投票ナンバーワン、それこそが。


「おっしゃ~、着替え完了!」


 ビキニタイプの水着のノーラが更衣室から飛び出る。


「子供のようですね、ノーラ様」


 競泳水着のようでありながら腹部が大きく露出した物を着用したゼーミアが後に続いた。ノーラのあまりのはしゃぎように、同行者と見られないように少しばかり距離を取っている。


「あはは、ノーラさんは元気だなぁ」


 タビトは一足先に着替えて終わって、二人を椅子に掛けて待っていた。彼は笑って、一目散に海へと突撃するも途中の砂浜で盛大にスッ転んだノーラを眺める。彼女はその程度では負けず、ガバッと起き上がって再度駆け出した。


 がしかし、海を目前にして急停止する。


「あれ? どうしたんだろう」


 はしゃぎまくっていたのに、いきなり大人しくなったノーラ。その様子を不思議に思ってタビトとゼーミアは彼女の下へと歩み寄る。すると。


「タビトく~ん、私、泳げないの忘れてたぁ……」

「あー、そういう事でしたか」


 弱々しい表情でノーラは彼に顔を向けた。内陸国であり、湖や川で機会もそうそう無いために泳げない者は多いのだ。周囲に目を向けても腰まで水に浸けている人は多くとも、水中に身を沈めている者は少ない。海は好きでもその中に入るのには抵抗がある様子。


「ああ、足が、足がもつれてしまいましたー」

「へ、ぅおあっ!?!?」


 ゼーミアが完全に棒読みな台詞を口走りながら、全くふらつかずに完全に狙い撃ちでノーラに体当たりする。足元は砂浜で踏ん張りがきかず、ズルリと滑った彼女はそのまま仰向けに海へと倒れ込んだ。


「ぶばッ、ばぼぼッ、お、おぶぼッ!?!?」


 突然水の中。その状況に大混乱でノーラはバシャバシャと藻掻く。溺れる、溺れてしまう、彼女は大焦りだ。


「ああっ、ノーラさんっ。ほら、手を」

「がぶあっ、は、はぁ、死ぬかと……」


 差し出されたタビトの手を掴み、ノーラは立ち上がった。彼女は膝丈の場所で溺れそうになったのだ、それほど余裕が無かったのである。飲んでしまった塩辛い水をペッペッと吐いて、元凶をギロリと睨んだ。


「てめぇコノッ」

「ふっ」


 とっ捕まえようと彼女は飛び掛かる。がしかしゼーミアは水の中に一瞬で潜り、まるで魚雷の様にサパァと波も立てずに深い所へと泳ぎ去った。ノーラの身長よりも深い場所で彼女は顔を出す。


「血が薄いとはいえ私は海歌人セレイネス、水中は私の領域テリトリーなのです。さあ、捕まえられるものならば捕まえて下さいませ」

「ぐ……ッ、覚えてろよ……!」


 得意げなゼーミアに対して、ノーラはギリリと歯ぎしりした。

 そんな二人を見てタビトは笑いつつ、ある事を考える。


「汽車に帰る為には絶対に海から上がらなきゃいけないんだけどなぁ……」


 ゼーミアがお仕置きされる未来は、そう遠くないようだ。


 そして夕方。

 不届き者なメイドは砂に埋められていた。


「謂れのない罪による断罪、誠に不本意でございます」

「うるせぇ重罪人が」


 ペンとノーラが腹いせに仰向けに寝た状態で身動き不能なゼーミアの額を叩く。


「ははは」

「笑っていないでお助け下さい、タビト様」

「ノーラさんが怖いので無理です」


 残念、メイドは脱出出来なかった。

 対してノーラはくくくと笑いながら、ゼーミアの頬をツンツン突く。


「二人とも、こっち見て下さーい」


 タビトはそんな二人にタブレットを向ける。


「やんっ、タビトくん何処を撮るつもり~?」

「いや、ただの記念撮影ですよ?」

「露出の多い女性を撮影するなど、許される事ではございませんね」

「ゼーミアさん、顔以外は砂の中じゃないですか……」


 女性二人に対して男は一人、なんとも分が悪い。


 夕焼け空が少しずつ夜の黒を孕む空、その下で橙に染まる海のような湖。

 そして笑うノーラと、どうにかして顔だけこちらに向けるゼーミア。


 そんな光景を、タビトは写真に収めたのだった。

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