第19話 湖の町、海の町へ
「間もなくゼーロント、ゼーロントに到着いたします。お荷物、切符等、お忘れ無きようご注意ください」
車内アナウンスが次なる町の名を車内に響かせる。鉄の龍は暮れる空の下を巨大な湖を横目に駆け抜けていく。広い広いその水溜りはまるで海の様で、タビトに日本最大の湖を思い起こさせる。
「おーい、起きてますかー」
ガンガンとタビトが三等五号五番の赤の個室のドアを叩く。やはりウィラは予想通り出て来ておらず、一応頼まれたのだからと目覚まし役を実行しているのだ。ドンドンと強めにノックしていると中から、あぁ~ぃ、という何ともへにゃへにゃな声が返ってきた。起きたのを確認して、彼は椅子に座る。
少しして、キャリーバッグを手に個室からウィラが姿を現した。
「いやぁ、ありがとう。助かったわぁ」
「寝る前の冗談は、ちゃんと起きられるからこそ成立するんですよ~?」
「いや悪かったってぇ、なはは」
じとぉとした目で見られて彼女はバツが悪そうに頭を掻く。反省していない様子だ、おそらくウィラは普段からこんな感じなのだろう。牧場で働く従業員たちが面倒臭がり呆れつつも社長の為にも頑張ろうと思える、そんな人柄である。
「じゃあお詫びにゼーロントの美味しいお店の情報をいただきましょーか!」
「うお、なんでアタシがそれを知っていると!?」
「魚が美味しい町で酒飲みウィラが美味しいトコを知らないはずがないっ」
「ぐっ、なんという名探偵……!」
ノーラにキメ顔で図星を正確に突かれたウィラは敗北を認めざるを得ない。観念した彼女はこれから龍が辿り着く町で、自身の足と舌で今まで見付けてきたお店の情報を共有する。
と、その内容でタビトが首を傾げた。
「え、鯛ですか」
「そうだよ、ココで獲れた鯛は美味しいんだ」
「あれ、湖だと思ってましたけど海だったんですね」
琵琶湖を連想していたそれの水が塩分を含んでいると知って彼は驚く。車窓から対岸は見えないため、その向こうに広大な海原が広がっているのだろう、とタビトは考える。だがしかし。
「いや湖だよ」
「え? でも鯛が獲れるんですよね?」
「そうなんだよ、なんか海と繋がってるとかナントカで」
汽水湖というものがある。湖であるが海と繋がっているために本来淡水のそれが塩分を含み、しかし海よりも淡いという特殊な環境を指す名称だ。ゼーロント湖もそうしたものなのか、だがそれにしてはタビトはある事が気になった。
「ちょっと待ってください。あのノーラさん、この国って内陸国でしたよね?」
「そだよ、海までは相当な距離があるね~」
「じゃあ何でここに海の魚が……?」
大海原とは隔絶しているはずの湖。当然ながらそれが出来たのは昨日今日の事ではなく、それ相応の時が流れているはずだ。であるにもかかわらず海の魚と同じ物がいるなど不思議だ、その場所に応じた独自の進化を遂げるのが自然ではないだろうか。
「それについちゃ、アタシじゃ分からないねぇ。誰か海に詳しい奴に聞きな」
「ああごめんなさい、話の腰を折っちゃいました」
自身の頭に生じた疑問を優先した事で、美味しいもの情報収集を停めてしまった。タビトは謝罪して、ウィラは話を続ける。鯛だけでなく、彼女が挙げる店の名物は全て海で獲れる魚介類ばかりだ。
何処からも水が流れ込んでいないにもかかわらず、決して干上がらない不思議な塩の湖。ゼーロントの特産品は内陸にありながら『湖で漁獲される海産物』なのである。
魔石という便利な物がある為、この世界には食材を保冷する術はある。しかし流石に海産物を内陸まで、新鮮なまま長距離移動させる技術は存在しない。生け簀を列車に乗せて運ぶ事も出来ないわけではないが、それをした場合の費用は推して知るべし。とてもではないが庶民が気軽に食べられるような金額にはならない。
そうした事情からゼーロントには海を求めて人がやってくる。海なし国にとって、塩分たっぷりな水溜りは大きな観光地なのだ。
「おっ」
湖に龍の嘶きが響き渡る。汽車は少しずつその速度を落としていき、観光都市へと入っていく。この辺りは湖を中心にして緩いすり鉢状の地形となっており、ゼーロントの町も坂が多い。それ故に町に入っていながらも車窓から湖が一望できている。
駅のホームに龍が体を横たえ、ゆっくりと眠りについた。
「さてと、じゃあね、お二人さん!」
「はい、さようならウィラさん」
「また何処かで~。というかそのうち取材に行きますんで、そん時ゃよろしくです!」
「おお、良いね。いつでもおいで!」
ニッと笑ってウィラは去っていった。
豪快に笑う彼女がいなくなり、日が沈んで段々と暗くなっていく世界も相まって部屋の中が随分と静かに感じる。
「よっしゃ、じゃあ街へ行こっか」
「そうですね。魚、楽しみです」
そんなちょっとした物悲しさを振り払うように、二人は町へと繰り出すために部屋から出ようと扉を開いた。
と。
「うおぁ!?」
ノーラがその場でびょんっと垂直に跳ねた。
扉を開けたそこに、目の前に人がいたのだ。
「あ、ゼーミアさん」
「どうも、こんばんは」
そこにいたのは一流風な鉄道メイドのゼーミアだった。しかし今の彼女はメイド服ではなく私服である、サボり過ぎて遂に仕事をクビになったのだろうか。
「ビックリした……え、なに、なんでココに?」
「私、九時ごろまで休憩ですので折角ならばご一緒にお食事を、と思いまして」
「お~、歓迎ですよ~」
思ってもいない申し出にタビトは笑顔で答える。ノーラもまた異論はなく、三人は揃って駅のホームへと降りた。とそんなタイミングで同僚メイドからゼーミアは呼び止められ、絶対に九時までに帰ってこい、と念押しされる。仕事ぶりが非常に優秀でちゃんと全てを片付けてからサボる、そんな清く正しく怠惰な彼女は随分と信用されている様子だ。
笑うタビトとノーラの後を追って、ゼーミアは自由へと飛び立った。




