第18話 旨ウマうま馬
良い物を見せてもらったお礼に、と言う事で、お昼はウィラの奢りとなった。動画を見せただけで悪いと断るタビト、しかし彼女は引かずに半ば無理矢理に決定したのだ。元々パルトゥリーのホームでお弁当は買っておらず、昼はカフェで取ろうと決めていたので丁度良い提案だ。
展望物販車では直前の町で詰み込まれた食材で料理が作られている。
そう、馬が特産品の町の食材で。
「……」
「……」
タビトとノーラは何とも微妙な顔でそれを見ていた。
部屋で異世界の競馬に熱狂した、その後にいま二人の前にあるのはローストされた馬肉がパンにギュギュっと詰めて挟まれた豪華なサンドイッチだ。それ以外にステーキと煮込みがテーブルに並んでいる。
「ささっ、冷めないうちに食べよう」
対してウィラはニコニコ顔だ。
「あの、ウィラさんは馬を食べる事に抵抗は?」
「あん? 無いよ、無い無い」
「おおう、なんともアッサリ」
「そりゃ折角お肉になってくれたんだ、嫌がったりしたら化けて出られるからね」
そういって彼女は一口サイズの煮込みにフォークを突き立て、ポンと口の中に放り込んだ。赤ワインでしっかりと煮込まれてホロホロのそれは口の中で解けて、ぐいっと傾けたグラスの中のお酒との相性も良い。
「しかし真っ昼間からお酒ですか」
「折角の汽車旅、寝てるだけで目的地に着くんだから呑まなきゃ損でしょ!」
「そう言われると確かにそうですね、ははは」
ボーっとしていても今日の夜には次の駅に到着する、ならばダラけていても何の問題も無い。日本の電車とは異なって停車したら翌日まで動かない以上、乗り過ごしてどことも知らない地の果てへ連れていかれたりしないのだ。とはいえ停車から一時間後の夜八時までに改札を出ないと追加で料金が掛かるので、お財布の中身が遠くへ行ってしまう事はあり得る、その点は注意が必要だ。
「うん、美味しい!」
「お肉はサッパリですけどそうだからか野菜とパン、それとソースと合ってますね~」
ノーラはステーキを、タビトはサンドイッチを食べる。馬肉はそれ自体に癖が少なく油も多くなく、しかし旨味はある。それゆえに味付けと調理次第で如何様にも化ける食材だ。どうやらアイザドラク号カフェの調理担当の腕は確かなようである。
「な? これだけ旨い物を食べないなんて生産者としてダメだろぅ?」
ウィラはニッと笑う。彼女の牧場で競走馬として育った後に食肉に回った馬は何頭もいる、飼育にはお金が掛かる家畜である以上は仕方の無い事だ。しかしだからこそ命は無駄にしない、してはいけない、遠ざけてはならないと馬主であるウィラは考えているのである。
「といっても昔はアタシも嫌がってたんだけど」
「そうなんですか」
「ああ。元は騎手だからね、相棒を食ってる感覚になっちまうから避けてたのさ」
彼女は肩をすくめて笑う。騎手としての心理からというのもあるが、勝負事に対する一種のゲン担ぎでもあったのだろう。その立場から経営者に変わった事で、むしろ避ける方が良くないと考え方が切り替わったのである。
「で、今は酒と一緒に楽しんでる、と」
「そういうこった! なっはっはっは!」
大笑いしてグラスの中身を一気に飲み干して、くはぁ~、と実に気持ちよさそうに息を吐く。口の中に酒の余韻が残るうちにステーキを一切れ放り込み、実に美味しそうに咀嚼嚥下した。
彼女は本当に、馬が好き、なのだ。
昼食を終えて、三人は揃って部屋へと戻ってきた。
「あー、いい気分だ」
「そりゃあれだけ飲んでればそうなるよ」
赤ら顔のウィラにあきれた様子でノーラが言う。グラスの酒を一杯飲み干した彼女は追加を注文し、サンドイッチの中のローストをツマミにあっという間に二杯目を。それもすぐに胃の中に納めて、更に追加注文グビリグビリ。結果、昼食の間だけで五杯の酒を飲んだのだ。
「まーまー、この程度じゃアタシはどうともならないよ~」
「そうみたいですね、でも気分が悪くなったらちゃんと言ってくださいよ?」
「おお、タビトくん。気配りの出来るイイ男じゃないか~」
ふへへへへとウィラは笑う、勿論本心からの言葉ではなく揶揄いである。上機嫌な彼女は午前中よりもちょっとばかり面倒臭くなっていた。
「しかしまあ、自分の世界へ戻る方法、見つかると良いな~」
「……はい」
「アタシにゃ何にも出来ないが、ま、気が滅入ったりしたらウチを訪ねて来な。特別にタダで馬に乗せてやるよ」
「はは、ありがとうございます」
ピッと差し出された名刺を受け取って、タビトは礼を言う。動物とのふれあいで心を癒すというのは、世界が変わっても変化しない物の一つであるようだ。そしてもう一つ、人の優しさも。
「さぁて、と。アタシはひと眠りするかね~、いい気分で寝られそうだ。お、そうだ。もし到着しても寝てる様だったら叩き起こしてくれな~」
「自分でちゃんと起きて下さーい」
「なんだよぉ、タビトくんはノリが悪いなぁ」
なはは、と笑ってウィラは個室へ消えていった。実に豪快でそれでいて優しい女性がいなくなった事で、共有スペースは途端に静かになる。
「良い人ですね、ウィラさん」
「だね。あー、牧場の取材したくなってきた~」
貰った名刺に捺された馬の形の印を見て、ノーラはじたじたばたばたと足を動かす。田舎町に住んでいる者にとっては動物はそう珍しいものではないが、王都などの都会の人にはそれの情報が載った記事はとても人気である。それだけ皆が癒しを求めている、そして旅行に行きたいと考えているという事だ。
「王都では出版社に顔を出すんですよね。そこで提案したらどうですか?」
「あ、そうか。自分から企画出せばいいんだった!」
自分の仕事に直結する重要な事を忘却していたノーラは、タビトの提案にハッとする。天啓を得たりとばかりに、今度は忘れないように仕事道具のノートにメモを残したのだった。




