第17話 異世界に通ずるは馬
「なっはっは、そりゃぁ大変だねぇ!」
三十歳を少し過ぎたの年齢の褐色肌で白短髪の女性は豪快に笑う。
「笑い事じゃありませんって~」
「悪い悪い。でもそんなお伽噺みたいな話されたら、笑うしか無いだろ?」
「いや本当なんですって」
真っ向から、ウケ狙いで話をしてるんだろ、と言われてタビトは眉をハの字にする。それを言っている女性は表裏の無さそうな人物であるため悪感情は抱かないが、思いっきり笑われてしまうと困ってしまう。
「ではでは、コレをご覧くださーい」
「なんだい、その板」
タブレットをノーラは大仰に掲げるが、初見の女性からはただの金属製の板にしか見えない。そもそも画面を上にして隠す様に膝に置いていたそれを、両手で持ってプラカードのように出したのだ。当然白髪女性には裏面が向いており、画面が見えていない。驚かないのは当然である。
その反応で逆向きだという事に気付いて、ノーラはクルリとタブレットを反転させる。しかしスリープ状態のそれはガラスが嵌めこまれている不思議な板でしかなく、女性をビックリさせるには至らない。
第一印象にインパクトを与えられなかった事を残念そうにしながら、ノーラはそれを机の上に置いた。
「おぉっ!?」
端末を起動させるとようやく女性が驚いてくれる。ササッとタビトが操作して異世界の人々に一番理解しやすい、これまでに撮った写真を見せた。写真は現像して紙に映すもの、そんな常識の世界で撮ったものをそのまま確認できるタブレットは驚愕の品である。
「ふーん、こりゃ凄い。取り敢えずアンタが普通の奴じゃないって事は理解した」
「そこは異世界人だと理解した、じゃないんですね……」
「そりゃあね。不思議な道具を持ってるだけじゃぁ異世界の人間かどうかは分からないさ。凄い魔導士か、それこそお伽噺の錬金術師か、って可能性もある」
日本の写真を見せても女性は肩をすくめて信用してくれない。だが口だけのホラ吹きから、よく分からないけど普通じゃない何者か、にランクアップはしている。あと一押しで、この世界の常識外の人物、に昇格出来るはずだ。
「もー。ウィラさんは豪快なのに細かい所を気にするなぁ~」
「はっはっは、そうじゃなきゃアタシの仕事は成り立たないのさ!」
不満そうなノーラにウィラと呼ばれた女性は大笑いする。
彼女が今日の旅の輩、非常に友好的で豪快に笑う女性だ。鉄の龍が走り出してからさほど時間は立っていないが、人好きされる性格である事がよく分かる。夫婦か恋人かという揶揄いから始まって違うと否定されたら、ありゃそうかい、とあっけらかんと笑う、そんな人物だ。
「お仕事は牧場持ってる馬主さんなんですよね。細かい所ってどんな所なんです?」
「そりゃ色々さ」
タビトの問いにウィラは途端に真面目な顔になる。仕事に対する矜持があるからこそ、その話題を冗談めかして話す気は起きないのだろう。
「仔馬の行動一つとっても分かる事はある。性格が穏やかなのか荒いのか、好奇心旺盛なのか臆病なのか」
競走馬に向いているのか、それとも乗馬に回した方が良い動きをするのか。競争させるにしても速さを求めるのか、または障害を飛ぶのか。それを判断して仔馬を買い、自身の所有する牧場で育てるのだ。
「あと案外顔つきでも分かるよ。何でかは知らないけど、上手に走る馬は整った顔してる」
「なんだか不公平に感じる話だぁ」
顔が良く奴は実力も高い。不細工馬に厳しい社会である。
「でも、ぶちゃいくな馬はそれはそれで好かれるのよ。愛嬌があるとかで牧場の人気者になってたりする」
「おお、救いがっ」
「まあ大多数は馬肉行きだけどねぇ」
「無かった……」
希望の光は残念ながら全ての者に与えられるほどには強くなかったようだ。そうした事情からパルトゥリーの特産品にはもう一つ、馬肉、というものがある。残念ながら馬を育てるのも商売だ、汽車が出来て馬車の需要が昔よりも減った現在では仕方の無い事なのかもしれない。
「アタシのトコは速さ重視の競走馬中心だからそっちには回せないけど、体格の良い種類の奴は馬車馬になって働く道もある。特に鉄道が通ってない場所は今でも乗合馬車が地域の足だからね~」
「なるほど、馬の力はまだまだ現役なんですね」
「おうさ。っと、異世界とやらではどうなんだい? ほれほれ話してみな」
ニヤニヤとウィラはタビトに促す。どうやら知識を通じて彼が本当に世界の常識外の存在かを確かめようとしているようだ。どちらかと言えば、ただ揶揄っているだけかもしれないが。
「僕の国では馬はもう交通手段では無いですね」
「お、そうなの。じゃあみんな汽車で移動してるのかい?」
「いえ自動車と言って……ああ、この箱みたいなのです」
タブレットに保存された写真を幾つか動かす。街中を撮ったものの端に偶然入っていた一台の自動車をタビトは指さした。ウィラは顔を近付けてそれを確認する。
「むぅ~、こんなのが動くのかい?」
彼女は腕を組んで唸る。車輪はあるが馬車のように牽く馬も、汽車のような煙突も無い。ただの箱にしか見えない物が動くなどとは思えないのも当然と言えるだろう。
「ええ勿論。そうですね……この汽車よりも速く走れますよ。ちゃんとした道路なら、ですけど」
「えぇっ!?」
ウィラはようやく驚きの声を上げた。
「こ、こんな小さいのが、この汽車よりも速く!?」
写真の中の車の近くには人間がいる。それとの対比で『自動車』なるものがそれほど大きくない、自分がいる三等客室よりもずっと小さいと判断できる。そんな物が生み出す推進力が、技術の粋たる汽車より上などとは信じられない。
タビトから自動車の原理を聞いて首を傾げ、しげしげと写真を眺めて彼女は天を仰いだ。
「ふぅーむ。そうなると馬は要らないねぇ、アンタの世界じゃアタシは失業だな」
少し寂しそうな顔でウィラは言うが、タビトは首を横に振った。
「馬は活躍してますよ、まさにウィラさんの仕事で」
「おっ!? まさか競馬、あるのかい!」
「はい。ああそうだ、たしか……」
彼は何かを思い出したようでタブレットを持ってその中に有るはずの、とあるデータを探す。少しの間の睨めっこの後にタビトは、あった、と声を発して、画面をウィラに見せた。
「おお、こりゃ綺麗な芝生だね」
「ふふ、それだけじゃありませんよ」
トンと彼は画面をタップする、と。
≪ワァァァァ!≫
「「うわっ!?」」
突然の大歓声にウィラだけでなくノーラも驚く。
画面に映し出されていたのは写真ではなく動画だった。そしてそれは馬主の彼女が携わる仕事に繋がる、異世界における競馬の姿である。過去に日本でタビトが見に行ったGⅠ競争の最終直線の光景だ。ウィラは食い入るように、遠くからゴール板を目指して駆けてくる栗毛に鹿毛に葦毛の馬たちを見る。
直線を一気に走る馬、その集団から二頭が抜け出た。猛然と駆ける姿に観客たちが熱狂する。迫る、迫る、迫る。両者は一歩も譲らず、我こそ勝者に、と鞍上の騎手と共に突き進む。
そして、一層大きな歓声が巻き起こった。
「おっしゃぁ! 勝ったぁ!」
「うわっ!?」
「あ、悪い悪い」
二頭が並んでゴール板を通り過ぎる、その瞬間にウィラは叫びと共に勢いよく立ち上がった。どうやら動画が始まった時点で勝つであろう馬を予測して、その通りの結果になったようだ。馬券を買っていたならば大勝利である。
「職業柄こういうのには熱中しちまうなぁ……っと、良いモン見せてもらったよ。ありがとね、異世界人の少年」
「いえ楽しんでもらえて何より……というか少年じゃないですって。二十五ですよ、僕」
「おや、そうだったのか。いや二十三って言ってたノーラちゃんに敬語だから年下かなぁ、と」
「そういえばタビトくん、年上だった!」
「え、ノーラさん忘れてたんですか!?」
衝撃の事実に、今度はタビトが声を上げたのだった。




