55・空中レストラン
55・空中レストラン
私、気が付いちゃいました。
「冬龍君、私、エネルギー切れです」
館内の幾つもある展示室の絵を全部見て心は十分満たされたんですけれど、お腹は空っぽで「グーキュルルル~」て、帯の奥から大きな音が響きました。まだ館内を出ていないから周りは静かで、私のお腹の音が良く響いちゃいました。
「帯、緩くなっちゃったんじゃない? ランチにしよう」
冗談を言ってクスクス笑いながら、冬龍君は館内の出入り口とは逆に歩き始めました。お腹が空いた事に気が付いた私の足は、重いです。とっても重いです。
エネルギー切れで体が重くて、草履をするように歩く私の手を取って連れて行ってくれたのは、この美術館の最上階、3階にあるレストランでした。
「ふぁぁぁぁ~… 素敵」
お腹が空きすぎていて、変な溜息が出ちゃいました。
エレベーターのドアが開いた瞬間、空の中に浮かぶように、レストランの木製の入り口がありました。
壁は全て、天井までもドーム状のガラスで、外が良く見えます。美術館は3階建てですけれど、周りが森林公園に囲まれていて高い建物がないので、見晴らしは最高です。そのガラスの壁に溶け込むような透明感のあるスカイブルーの絨毯に、真っ白なクロスのかかったテーブルと白い皮の張ってある猫足のアンティークチェア。まさに、空のレストランです。
「和桜ちゃん、身支度に夢中で朝食食べなかったでしょう?」
二人掛けの席に向かい合って座って、空を見ながら傾けるグラスの中身は、スライスされたライムの入った炭酸水です。
「いつもはお姉ちゃん達がお手伝いしてくれるから… 全部一人でやったのは初めてで、時間配分していたつもりだったんだけれど、どんどん時間は過ぎちゃうし、襟抜きとか帯とか髪型とか、ちゃんと出来てるのか分かんなくなるしで、朝ごはん食べるの忘れちゃった」
ライムの香りと弾ける炭酸が、お口の中を爽やかにしてくれます。
「よくこの時間まで、お腹が鳴らなかったね」
「それだけ、夢中だったんだよ~」
情けない声を出して、炭酸水をもう一口。
スマートフォンの画面に表示されている時間は14時。お昼はとっくに過ぎているから、レストランも空席が目立ちます。
朝は身支度、待ち合わせ場所に着いたら冬龍君、美術館では絵… 朝起きてから今の時間まで、ご飯なんて頭から抜けていました。
「そっか」
満足そうに微笑む冬龍君。
今日の冬龍君は小学生の頃のように柔らかく、たくさん笑ってくれます。とってもご機嫌なのが分かって、私も嬉しい。
私達が注文したのは、オムライス。青空の下、クルリと裾をまいた黄色い玉子のドレスに、その縁を彩るデミグラスソースとスッとレースのラインのように入ったホワイトソース。見た目も可愛らしくって、食べるのが勿体無い『ドレス・ド・オムライス』です。食べますけどね。
「美味しい~」
食べ始める前は、着物の袖口を汚さないように… と気を付けていたんだけれど、キラキラ輝くオムライスを一口頬張ったら、そんな注意も飛んじゃいました。美味しくて美味しくて、スプーンが止まらなくって、頬が落ちちゃっているんじゃないかな? て思ったぐらい美味しくて、あっという間にお皿は空っぽになりました。
デザートは、シャインマスカットをタップリ乗せたレアチーズタルトです。ちょっと濃い目に淹れて貰ったストレートティーと一緒に頂きました。
「冬龍君、連れて来てくれて、ありがとう。」
オムライスを食べてお腹は落ち着いたので、シャインマスカットのタルトをゆっくり味わいながら、外を見る余裕も出来ました。改めて横を向くと、晴れ渡った青い空と、少し下には木々の緑が見えます。
「久しぶりに和桜ちゃんが誘ってくれて、僕も嬉しいんだよ」
そっか~。冬龍君とお出かけするの、久しぶりだったんだ。高校に進級してから、ずっとバタバタしていたから、気が付かなかったな。
「どの絵が気に入った? 姉さんの以外で」
冬龍君が、タルトの上に乗っていたシャインマスカットを「あ~ん」て、私の口元に差し出してくれました。それを遠慮なくパクン! と頬張って、ちょっと考えます。
「桜雨お姉ちゃん以外のかぁ~。… 蓮のお花の絵が良かったかな。あと、鳥… でも、やっぱりそれぞれ素敵な絵だったから、選べないな」
そうなんです。どれもこれも本当に素敵で… 一番って言ったら桜雨お姉ちゃんの絵なんですけれど。
「そっか。じゃぁ、帰りは森林公園を通って行こうか」
思い出す私を見て、また満足そうな冬龍君。
「ゆっくり歩こうね」
私はそんな冬龍君の口元に、シャインマスカットの一粒をフォークに刺して、差し出しました。




