56・烏瓜の実とイングランドから来た妖精
56・烏瓜の実とイングランドから来た妖精
オムライスとシャインマスカットのレアチーズタルトでお腹が満たされたら、少しだけ瞼が重くなりました。
だから、駅に向かう森林公園の砂利道を歩いていて、レモンの様な紡錘形の赤い実が落ちているのを見て
「冬龍君、『烏瓜の実』が落ちてる。すっかり秋だね~」
なんてぽわ~んと口にしてから、ハッ! としました。
「今、5月だよ。烏瓜の実は10月の下旬ごろから12月だから、誰かが落としたトンボ玉とかじゃ… ないね。確かに、烏瓜の実だね」
冬龍君の言う通り、『烏瓜の実』は秋から冬にかけてなるんです。でも、冬龍君が拾ったその赤いモノは、6センチぐらいの大きさで橙赤色の紡錘形をした、確かに『烏瓜の実』でした。
「実はともかく、烏瓜のツル自体見当たらないね」
実を手の平に乗せたまま、冬龍君は周囲を見渡しました。
『烏瓜』はツル性の多年草で、林とか木々の密集した入り口当たりの樹木や荒れ地、農地周辺の生垣等に絡みついて、長く伸びるんです。葉っぱは、長さと幅が6~10cmの卵円形で、大きく3~5本の筋が入っていて、葉っぱの縁はギザギザしています。触ると、粗毛が密生しているから、フワっとした感触なんですよね。でも、ここら辺の樹には、ツルの『ツ』の字も見当たりません。
「お花が咲くのも、まだ先だよね?」
「初秋だからね」
そうなんです、お花は初秋に咲くんです。しかも、咲き始めが日没で、夜間にだけ。朝にはしぼんじゃうんです。お花は3~4cmほどの5弁の白い花で、被片の先が多くの細い糸状になりって10cm前後のレースのベールのようになります。それが一輪だけじゃなくたくさんあるから、レースのテーブルクロスを広げたようなんです。
「来る時、落ちてた?」
私は冬龍君の姿に夢中になっていて、道なんてどこを歩いたかさえ覚えていないから…
「落ちていなかったね」
「あ、あそこにもあるよ」
よく見ると、砂利道や草の上、あちらこちらに橙赤色の実が落ちていました。それらの実を二人で拾いながら、視線を低くして注意深く辺りを見ていたら…
「あ… あの子達だ」
発見! 茂みに向かって、橙赤色の実をたくさん乗せた小さな荷車を引く、小さな人達が居ました。正確には、妖精さん達です。両脇や後ろで押さえていても、コロンコロンと橙赤色の実は落ちていきます。
「落としましたよ」
少し後ろから声をかけても、妖精さん達は止まりません。
「妖精さん、烏瓜の実が落ちましたよ」
もう一度、今度はもう少し近くで声をかけました。すると、妖精さん達は小さな体を大きく震わせて、ピタっ! と止まりました。そして、ゆっくりと振り向きます。
人間と同じ姿で身長は20センチぐらいかな? 少し小さい子も痩せている子も、ポッチャリしている子もいます。肩下ぐらいの赤い髪は少し硬そうで、尖った大きなお耳に向かって大きなお口が開いています。その上についているお鼻は、上に向かってネズミさんのお鼻のように伸びています。
「「「人間だ」」」
「人間に見られた」
「「クローバーを頭に乗せたないぞ?」」
「服だ服! 服がクローバーだ」
今日の単衣、クローバーの小紋だからってこと? クローバーって、何か意味があるのかな?
妖精さん達は、お顔を見合わせてお話しを始めました。
「あの… 烏瓜の実…」
私と冬龍君がしゃがんで、拾った烏瓜の実を見せると
「「拾ってくれた!」」
「拾ってくれたの?」
「「「いい子だ、いい子だ!」」」
と、とても喜んでくれました。
小さな荷車に拾った烏瓜の実を乗せると、また喜んで、今度は小躍りを始めました。
「でも、烏瓜の実なんて、どこから拾って来たんですか? 季節的に、まだお花も咲いていないですし、そもそも、ここら辺に烏瓜はないみたいだし?」
「オレ達、ピクシー」
「イングランドから来たよ」
「シルフにお願いして、色々な所で薬になる物を探している」
シルフ… あ、風の精霊さん!
「烏瓜の実と言えば、根は王瓜根、種子は王瓜子と呼ばれる生薬だね。しもやけ、催乳母乳分泌を促進させたり、利尿などに効能があるといわれているし、黄色の実の黄烏瓜の根からはさいしゅした白色のデンプンは天花粉とか天瓜粉とよばれていて、以前は汗疹の治療によく使用されていたね」
「そうそう」
「この人間、物知り」
冬龍のお話しに、ピクシーさん達はウンウンと大きく頭を上下させました。
「オレ達、住んでいるのはイングランドの南西部」
「でも、シルフと遊んでいて北部まで行っちゃった」
「お腹空いた。怪我した。寒い…」
「ある家のシルキーが助けてくれた」
ピクシーさん達が、代わる代わるお話をしてくれます。でも、シルキーって誰だろう?
「シルキー、家に住み着いている女の妖精」
「シルキー、掃除や暖炉の手入れを手伝う」
「でも、嫌いな奴が住んだら、家具とかガタガタさせたり屋根裏で暴れて追い出す」
お家の為の妖精さんなんだ。
「そのシルキー、とっても働き者」
「今年のイングランド、いつもよりとっても寒い」
「「春、まだまだ来ない」」
「シルキーの手、真っ赤っか」
あ、赤切れや霜焼け! そっか、だから烏瓜の実をこんなに…
「シルフが適当に飛ばしてくれた所にこの実が落ちていて、キノコの妖精が教えてくれた」
「けど、この国のシルフ、のんびりしすぎで飛ばしてくれない」
「所々空間がねじれているのを見つけた」
「空間から空間に移動して、帰る」
ピクシーさん達、場所と一緒に時間も移動したのかな? 去年の秋とか、今年の冬から来たのかな?
それにしても、精霊さんにも、お国柄ってあるのかな?
「時間、かからないかい? お腹空いていない?
今のところ、烏瓜には毒性はないといわれているけれど、食用にもしないから。不味くはないらしいけれど。それとも、食べるの? 烏瓜の実」
冬龍君が聞くと、ピクシーさん達は横に頭を振りました。
「一個でも多く、シルキーに渡したい」
「食べないよ」
「空間を歩いていれば、そのうち着く。風の匂いを辿るよ」
「でも、お腹は空いた」
ピクシーさん達、優しいな。でも、お腹が空いたままは辛いよね。
私は篭バックからチャック付きの小袋を取り出しました。そこには、キラキラ金色に輝く小さなキャンディが、コロンコロンと数個入っています。
「これ、マヌカのお花の妖精さんが作ったキャンディだよ。変なものは入っていないし、妖精さんが作った物だから、大丈夫だと思うんだけれど… よかったら、どうぞ」
小袋ごと差し出すと、ピクシーさん達はわっ! と群がってきました。そして、皆で仲良く分けっこ。一個のキャンディを、3~4等分にして、それぞれお口に頬張りました。
「「「「「美味い!」」」」」
皆、声を揃えて大絶賛! 大きなお口の口角をニュッと、さらに上にあげました。
「これで覆っておけば、落っこちないと思うよ」
そして、冬龍君は懐から薄紫色の風呂敷を取り出して、荷車の荷台をクルっと包み込みました。なるほど、これだと烏瓜の実は落ちにくいね。
「「「ありがとう、ありがとう」」」
「お礼、お礼をしたい」
「いい子だ、いい子だ」
ピクシーさん達、ここまで来るの、大変だったのかな? うっすら涙を浮かべて喜んでくれてる。
「… 僕達がいつかイングランドに遊びに行った時、会いに来てくれたら嬉しいよ」
冬龍君んの言葉に私も頷くと、ピクシーさん達も「約束約束」と、ウンウン頷きながら出発しました。時々、私達を振り返って、その度に手を振ってくれます。そんなピクシーさん達に私達も手を振りながら、姿が消えるまで見送っていました。
「初めての海外旅行は、イングランドだね」
小さな姿がフッ! と消えて、振っていた手で私の手を繋ぎながら、冬龍君が言いました。
「パスポート、用意しなきゃ。
イングランドて、どんな国だっけ? ピクシーさん達の棲んでいる所とシルキーさんの棲んでいる所、けっこう離れているのかな?」
そんなお話をしながら、私と冬龍君は手を繋いで、木々に囲まれた砂利道を歩き始めました。小鳥のさえずりや木漏れ日がとても気持ち良くって、幸せな気分です。




