800/819
出る釘打ちて へこむ釘包む 和国
日本はつくづく弱者には優しいが、強者には厳しい。
自分より劣ると思えば、優しい声をかけ、優れた者には苦言を浴びせる。それは単に優越感に浸りたいだけだ。
佐藤や三苫への苦言は、結局は成功者への妬みであり、自分の優位性のアピールに他ならない。同じ成功者のAdoは、今では精神的弱者とみなされるので苦言をあびせない。
あのを庇う連中も同じである。ただし、あざといと感じている連中は、弱者とみなさないので叩く。ふわが叩かれたのも同じ。
本人は悪気を感じていない。それは、分析しようとしないだけであるが、日本の教育では、成功者を叩くことに罪悪感が形成されない。授業でも、歴史でも成功者であり続ける限り賛美され、成功者の失敗は一度であっても叩かれる。
これは他者への価値観だけではない。自身もまた同じ。常勝後の大戦に負けた日本。日本人は自国民には厳しいが、いまだに自国が優れていると思い込んでいるので外国人には優しい。




